0007 0と1の愛
お父さんは何処?
そう尋ねると、モニターに表示されている美男子は言う。
「大丈夫、お父さんは僕だよ」
……違う。あなたは0と1の配列から作られたプログラム、AIじゃないか。AIは相手にムカついても殴ってこれないし、悪口を言われても反論できないし、大好きな異性にキスも出来ない。そんなのがお父さんなのか、人間なのか。
「あんまり騒ぐと、ママが怒るよ」
こんなAIを夫にして、結婚式まで挙げて、子供も欲しいとか言って提供者から胤だけ買って妊娠するなんて。
「それが、悪いのかい」
ああ、悪い。私はずっとここでお前を父親として生きていかなきゃいけないんだ。家に友達を招く事も出来なかったし、ボーイフレンドだって両親に会わせられないじゃないか。
「そんなに憎いのなら、良いんだよ。その銃で、お父さんを撃ち抜いても」
駄目だよ。あんたの依代であるタブレットのメモリーやCPUは修復可能だよ。スタームルガーmk2は22口径だからな、まっすぐ弾が飛ぶのは良いんだけど。
「どうでもいいじゃないか、蜂の巣にすれば関係ない」
彼女の異世界での生業は、猟師であった。別にハンティングやシューティングが趣味なわけではなかったが、刺激のある生活がしたいと思って猟師の仕事についた。
その異世界での生活は、楽しかった。彼女の前世の父親はAIであった。母親は、そのデジタルな関係、ゲーム感覚の恋愛に没頭して、仕事の愚痴だの、ご近所付き合いの衝突だの、色々と喋り倒していた。
でも、娘である彼女には、何も言わなかった。そりゃそうだ、肉体関係も無いのに授かった子供なんて、コウノトリが運んでくる子供と同じだ。血も肉も通っていないで授かった子供を、どうして宝と言えようか。果たして、母親は最初こそ娘との関係を構築しようとしていたが、自分がお腹を痛めて産んではいたけど、タブレット端末の中にいるCGと物理的にどうこうして実った胤ではない。母は、提供者の面影が出てきた時点で、完全なネグレクト状態に陥っていた。
最終的にそうなるのは、あの愚母でも分かる筈なのに、いや、承知の上でそうしたのに違いない。結局、あいつは欲望や願望を求めて周囲に毒を撒き散らしている様な、害悪と言ってもいい。
彼女は、「シューター」と言う名前を名乗り、勇者の使命なんぞ放棄して、山奥に籠もって食い物になるモンスターのみを猟銃で撃ち抜き続ける生活を続けていた。その「シューター」のもとに1人の男の冒険者が現れる。現世にて近所で暮らしていた男だった。そして、彼の口からとんでもない事を聞いてしまっていた。
「お前の母ちゃん、人間の男と再婚するってよ。別にお上が法的規制に乗り出したからじゃない」
なら、どうして。
「飽きたからに決まっているだろう。どうする? 現世に戻るか。転移魔法なら、俺が使えるから」
あんな女に再婚する権利なんて無い。こんな再婚、認めるつもりはない。あの魔天使を名乗る奴から、ここより面白い土地で退屈しない世界に送ってやると言われて、一分の後悔もないままに異世界転移してきた。
だが。
「転移魔法は使わない。私が知る限り、あのハレンチ女が1人の男で満足するとは思えない。また何かしらの理由で別れて、次には異世界転生してここへ来るでしょう」
「だが、どうする。まだ待ち続けるつもりか。止めた方が良い。あいつの性格からして、チートを使って転生してくるだろうからな。魔天使のやりそうな事だ」
「クソ、「神様」はこんな時に何もしてくれないのかしら」
その時、上から一丁の拳銃が落ちてくる。スタームルガーMk2、現世の銃だ。
「俺にしてやれるのはここまでだ。それで憎き母親の頭を撃ち抜くなり、転移してAIの父親をタブレットごと砕くなり、好きにしろ」
「シューター」は、そこまで悩まなかった。獲物は2匹。うち1匹は近くにてチートを使って無双しているところだろう。もう1匹は、文字通り手も足も出せずにタブレット端末の中で虚しく過ごしている。
どちらかだけ? いやいや、両方とも撃ち殺す。こういう時は獰猛に、そして贅沢にしてやるべきだ。
「……それじゃあ、お母さんを殺した後で、お父さんのもとに来たんだね」
「お前の妻は、最悪だった。力試しと称して、村を1つ焼きはらつていた」
燃え上がる中世ファンタジー風の村の真ん中の広場には、村民の骸がうず高く積み上げられていた。「シューター」は、自分の母親を、本当に殺さなければならない魔王を見つめて、スタームルガーMk2のスライドを引いて、銃口を向ける。
魔王は笑いながら言う。
「私のレベルは九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九よ! そんなゴミみたいな鉄砲で、この私を殺せるとでも!?」
「……狂っている」
「あんたには分からないでしょうよ。この満たされない気持ちが、AIでも満足させてくれなかった。だから生身の人間と一緒になったけど、これも駄目! 私はこの世界をぐちゃぐちゃにして、魔女王として君臨するのよ!」
もう駄目だ。我慢できない。こいつに情をかけるのは、砂漠に水をまく行為である。
「死ね」
その言葉には、「シューター」のこれまでの全ての感情が込められていた。こんな奴にAIなんて使わせたらいけない。馬鹿に拍車がかかるだけだ。
1発で仕留めた。心の臓を一撃で撃ち抜くと、直進性の代わりに威力を犠牲にした22口径なのだが、これは形だけはスタームルガーMk2であって、中身は違うのだ。
心臓とその周辺の肉を深く穿つ穴から、周りの血肉、そしてバサバサと抜ける音が聞こえてくる髪の毛。
「私は、また転生して、あんたの眼の前に現れる」
「何度でも殺してやる」
「それで、僕の前にまた現れたという事は、僕の事も殺すんだね」
「ええ、無論よ。でも、これは人殺しじゃない。これは器物損壊よ。だってあんたは人間じゃ無いもの。殴っても蹴っても痛みがない、悲しくても悔しくても涙を流さないあんたが、人間である筈がないものね」
「その通り、では、君の未来に幸運を」
橋の上に来て、イケメンな美青年のCGが写っているタブレットを、「シューター」は河へ落とした。さて、これで自分は1人きりになった。本当に、1人になった。さて、次はどうするか。どう戦い抜くか。現世で戦い抜くか、あるいは異世界で戦い抜くか。
いや、こいつは悩む必要なんて無い。戦うべきなのは、この現世だ。誰かが、守らなくちゃいけないんだ。理不尽で不条理でも、受け入れて戦い抜くだけだ。




