0006 強い女
私は無力を知った。
親が幾ら金持ちでも、政界にコネがあっても、財界に顔が利いても、そんなものが「力」には結びつかない。
こういう時は、「正義の力」が動いてくれる筈だが、「正義の力」は「法律」の方が大事であって、いや、そもそも「正義」なんてこの世にはなかったのだ。
「男性至上主義」「ルッキズム」「ミソジニー」、幾らでも敵は思いつくが、そもそもこれらの存在は「仮想敵」に過ぎない。顔がブサイク、そばかすが酷い頬、猫背で太っちょ、着ている服は全部オーダーメイドで、別名「全身特注女」。一番で、最大の「悪」は他でもない。自分のルックスを理由にして楽な道を選ぼうとする自分自身だ。森羅万象、全ての問題を他責感情で推し量れば、行き着く先はテロリズムである。
自分の醜悪なルックスを理由にして、全ての努力を放棄するつもりはない。ルックスは、人の一面を現しているだけだ。ビジュアルが美しくても、性格が最悪だったら、それ相応の人生しかおくれない。
そうだ、絶対にそうだ。私は異世界になんかいかなくても、生きていける。だから、だから、お願いだから、神様、あの悪魔の誘いを黙らせて下さい。私は異世界には行きません。この現世で、精一杯生きていきたいのです。一度しかない人生を、悔いなく生きていきたいのです。美人に生まれ変わって逆ハーレムなんて望んでいません。今の生活は、辛くないと言えば嘘になります。でも、現世から逃げる理由にはなりません。
「これでは、いつまで経っても異世界に送るのは無理ね。仕方がない、男を誘おうかしら。男ってバカで欲望に正直だから、話が早いわ。中学生なんて、特に猿並みだからね」
「ああ、いるわいるわ。身体だけが大人になって、頭は動物並の、思春期真っ盛りの連中が」
夜、自分の部屋で眠っていると、彼女は悪夢を見ていた。眩しい。とてつもなく眩しい光が、彼女の前に居る。
「お前は、強い女だ。魔天使の誘いを退け続ける、強い女だ。お前はまさしく、「聖女」と呼ばれるに相応しい」
眩しくて目が焼かれそうな光が、「聖女」に残酷な事実を宣告する。
「残念だけど、もうお前はあの学校で生きていく事は出来ないんだ。あの魔天使を倒せるのは、恐らく、お前だけだ」
何が言いたいんだ。とどのつまりを言え。
「明日、お前の学校に2年C組の少年が、使い魔と共に降りてくる。目的は、自分を虐げ続けた鳴門中学校の生徒と教師を殺し尽くすこと」
駄目。そんなの、絶対にやらせてはいけない。恐らく、あの「男」だろう。2年C組でいじめられっこと言えば、中谷和也であろう。私が説得して思いとどまらせる。
「思いとどまらせて、どうしようと言うのだ」
友達にでも、相談相手にでも、何でもなってあげる。
「強いな。だが、もう後戻りは出来ない。お前がそのいじめられつ子を救いたいと思うのは勝手だ。お前には、力が必要だ」
そんなもの、要らない。話せば分かりあえる。
「駄目だ。はっきり言って、今からお前が助けに入っても、事態を悪化させるだけだ。「聖女」らしく、頭を撃ち抜くか、あるいは勇者の剣で斬り裂かれるか。どちらかにしろ。お前の自由だ」
眩しい光は消えた。その代わり枕の隣に、リボルバー拳銃が置かれていた。S&W M29。好きな映画に出てきた拳銃だから、見分けがついた。
「持っていけ。この銃は特別製だ。弾が掠めただけでも、皮膚と肉は焼け爛れて、命中でもすれば骨まで溶ける」
要らない。私は暴力になんか頼らない。
「「聖女」よ、お前は優しい。だが、だからこそ、お前も分かっているだろう。この世界には、いや、この世界の人間は、理不尽で不条理な環境で生きている。それでも泣き言や弱音を言い訳にしないお前の強さは「聖女」そのものだが、誰もがお前の様には考えられない。その拳銃を手にした時から、お前の運命が決まる。殺さずに自分が死ぬのもの良い、逆に結局殺してしまうのも良い。では、明日また、学校で会おう」
それっきり、声は聞こえなくなる。どうしよう。この拳銃。銃口は塞がっていない。全金属製。リオルバー弾倉の中の44マグナムは、本物だ。
玩具じゃない。本物の拳銃だ。どうしよう、こんなものを持っていたら、逮捕されてしまう。でも、あの声だけの眩しい光の言う事が、まるっきり嘘だとも思えない。
「珍しいわね、麻莉亜。あなたが朝寝坊なんて。お父さん、もう会社行っちゃったわよ。私もそろそろ出ないと間に合わないから、朝ごはんは適当に食べて」
「……お母さん」
「?」
「ありがとう」
珍しいね。あなたが遅刻なんて。
なんだぁ、「全身特注女」、今日も学校に来たのかよ。
確かに、珍しいな、お前、まぁいいから席につけ。
そう言って、皆が暖かく迎えてくれるはずだった。でも、皆もう動かない。話してもくれない。笑っても、泣いても、優しくもしてくれない。怒ったり、悲しんだりも出来なくなってしまった。
眼の前に居るのは、タキシードを着てバカでかい剣についた血と脂を拭き取っている、美少年だった。
「本当は俺の家族も含めて、ここに来るつもりだったんだけどな。まぁいいさ、もう頭の中で妄想で殺すのも飽きたから、異世界でレベルを1万まで上げたうえで、絶対に負けない環境を整えてきたんだ」
駄目だ。「聖女」はすぐに、この勇者の人生と人間性に見切りをつけていた。もう異世界で骨の髄まで自己承認欲求モンスターとなって、楽な環境で欲望の赴くままにして、今度は現世に戻ってきたのだ。
もう、自分の知っているいじめられっ子の少年ではない。バッグの中から、S&W M29に酷似した6連発リボルバー拳銃を取り出すと、暴君と化した勇者へと銃口を向ける。
「おいおい、俺のレベルは1万だぜ。そんな豆鉄砲の弾丸で、貫けるのか?」
「ごめんね」
「聖女」は、引き金を引く。トリガーを引いて、ハンマーが雷管を叩き、ライフリングの中を突き進み、回転の加えられながら、暴君のレベル1万の胸をえぐる。
「……はっ?」
何が起きたのか分からないままの暴君は、撃たれた箇所から急速に焼け爛れて、腫れ上がり、腐っていく。髪の毛も抜け落ちていく。
残る5発も、続けざまに暴君へと撃ち込む。その時には、既に半分身体が溶けていた。やがて全ての肉と骨が溶けて、校庭の染みになっていた。
さようなら、私の幸せな時間。さようなら、私の学び舎。さようなら、私の大切な人々。
「聖女」は、その日を境に表社会から姿を消した。惜しむものは居なかった。みんな死んでしまったからだ。
「異世界」からの侵略者。絶対に許さない。以前は「無力」だったけど、今はもう「力」がある。




