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死弾  作者: 北村タマオ
第一章 開戦篇
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0005 至高の言葉

 ごめんなさい。

 この世で一番言いづらくて、一番大事な言葉である。素直にこれが言えないのは、別に責められる必要は無い。

 ごめんなさい。

 何で誰もこれが言えないのか。立場、プライド、生活、利害関係、理由は幾らでもある。でも、それを全部呑み下して、それが言える人間は褒められる。

 「ママ」には、それを息子に言う事が出来なかった。「ママ」としての立場以前に、人間としてのプライドがそれを邪魔した。なんで母親が息子に頭を下げなければならないのか。確かに、息子の約束を破ったのは悪いとは思っている。でも、だからと言って謝る必要はない。普段からどれだけ自分が息子に尽くしているのか。そこをすっ飛ばして、「ごめんなさい」なんて言わされる覚えはない。

 なんて、考えていたら、息子は消えていた。もう息子は居ない。少なくとも、この世界には。


 2階にある一番広い部屋が、息子の部屋である。床に描かれているのは、魔法陣だろうか、ゲームかアニメか漫画か、何かに出てきそうな魔法陣が、部屋の床いっぱいに描かれていた。

 「ママ」は、その中心部に足を踏み入れた。するか、眩い光が視界に満ちて、何処かの平原に、少なくとも日本にはない平原に立っていた。

「ちょっと、困るなぁ。使い終わったら消すように言っておいたんだがな」

 誰かの声が、声だけが聞こえる。声色からして、こいつは男だ。

「こうなったら、仕方がないか。息子が今どうなっているのかも、見せてやらんといかんからな」

 声がそう言うと、空から銃が1つ、落ちてくる。

「44オートマグ。見た目はそうなっているが、あんたに与えた銃は特別だ。撃たれたら皮膚は焼け爛れ、肉は腐り、骨は溶けて、あとには染みだけが残る。分かったら、もう一度魔法陣の中に入って、現世にもどれ。そして、息子の新しい姿を見てくるんだ」

 新しい姿。醜く歪んでいるのか。あるいは、大きく成長した姿なのだろうか。この声だけの存在を聞く限りでは、あまり前向きな成長は出来なかったみたいだ。


 それでも、これは酷い。酷すぎる。自分の愛する息子、愛した息子が、巨大なオオカミの化物になって、男は食い殺して、女は辱めている。

「オキツグ、ねぇ、オキツグ」

 「ママ」は頑張って声を出そうとした。眼の前に居る、巨大なオオカミの化物は、蹂躙していた女から、こちらに興味を移す。

「約束、果たせなくて、ごめんね。また、再婚相手に逃げられちゃって、ごめんね」

 息子は、味わい尽くした女を頭からかぶりつくと、胃の中に女だった「もの」を飲み込んでいく。

「オキツグ、ごめんね、私が悪いのよね。こんなに何度も再婚相手に逃げられて、毎回喧嘩しちゃって逃げられるなんて、私が悪いのよね」

 44オートマグの銃口を、息子に向ける。それに対して、化け物となった息子はただこう答える。

「俺に母親は居ない。居たとしても、俺は絶対に許さない。お前から逃げた再婚相手は、俺を犯した事がバレる前に逃げたんだよ」

 息子は、オオカミの姿となって、「ママ」に顔を近づける。

「お前、俺を産んだのは間違いだったんだよ。お前は俺を不幸にする為に産んだんだ。俺があいつらに受けた仕打ちを、これからお前にも味あわせてやる」

 オオカミの化物となった元息子は、「ママ」に近づいてくる。44オートマグの銃口は、まっすぐ元息子の顔を捉えて話さない。これから引き金を引く前に、言っておかなければならない。

「ごめんなさい、オキツグ。「ママ」が悪かったわ。だから、もう楽になりなさい」

 実銃では、故障ばかり起こして「オートジャム」と呼ばれていた欠陥品だったのだが、この銃は外見だけが44オートマグなだけで、弾づまりは起きない。弾が出なくなるまで引き金を引き続けた。

 身体が大きく抉られて、焼け爛れて、毛がバサバサと音を立てて抜けていく。皮膚が、肉が、焼け爛れていき、骨が溶けて、アスファルトの上に染みになって消えてしまった。


 大好きな息子だった。目に入れても痛くはなかった。お腹の中で大きくなり続けたその時から、ずっと愛していた。幸せな痛みと苦しみに耐え抜いて、産まれてきたその顔を見たその時から、死んだ夫の分まで愛してあげようと誓った。

 それが、たったの一言、「ごめんなさい」が言えなかったばっかりに、こんな結末になろうとは。

 許さない。こんな形で、息子の人生を終わらせた、あの「異世界」とやらを作り出した存在が。

 ……違う。自分が本当に許せないのは、自分自身ではないのか。だらしがない自分の性格を棚に上げて、息子をこんな目に遭わせた、自分が一番許せないのではないのか。

 もう良い。もうこれまでの自分の人生は終わったのだ。これからは、この銃を使って、息子みたいな奴らと戦うのだ。


 「ママ」は、亡き夫がローンと一緒に残した家に火をつけて、その日の内に失踪した。もうこれまでの生きがいは何一つなくなった。これからの人生、全部奴らを撃ち殺す為に使うのだ。

 「ママ」の決意は固く、そして強い。これが、始まりの合図だ。


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