0004 過去を撃て
H&K Mk23 SOCOM。
今、彼女の目の前にあるブローバック拳銃の名前である。評判は宜しくはなかったが、この際、使えさえすれば良い。女が使うのには、かなりデカい拳銃だが、あの畜生を殺すのには充分だ。あいつは、あいつだけは絶対に許せない。
こんな目に合うと分かっていたら、異世界転生なんてするんじゃなかった。辛い思いをした現世から抜け出して、異世界にて幸せになるつもりだったのに、あの魔天使は、とんでもないペテン師だった。
「私」がどうして現世での生活を捨てて、異世界に転生したのか。答えは単純、現世にて頑張っても幸せになれないと確信したからだ。別に外見はあんまり悪くない、交友関係もそこそこあり、家族関係も悪くはない。その「私」の人生を大きく狂わせたのは、小学校4年生の頃から暖めていた恋心であった。このまま何もないままに卒業式を迎えるなんて、とてもではないけど出来ない。そう思って、玉砕覚悟で告白してみたら、あっさりと言われた。
「良いよ」
なんでこんなにあっさりと告白を受け入れたのか。疑うべきであった。後々になって、家に来るように言われて来てみれば、待っていたのはボードゲームでもなければテレビゲームでも無かった。奴隷とその主が、ハーレムを作って遊び狂っていたのだ。
この一員に、自分も入れと? 冗談じゃない。帰ろうとした「私」を、奴隷が2人がとっ捕まえてベッドに倒してきた。後は骨の髄まで食い荒らされた。そして、実っちゃいけない胤が実り、男に詰め寄ったら、あっさりこの一言である。
「身に覚えがない。俺の子供じゃない」
どうしよう。誰にどう言えば良い。悩んでいる内にも、身体はどんどんと整っていく。やがて全部悟った母親が、「私」のお腹の子どもの父親の名を聞いて、真っ青になる。
「ああ、なんて事、あの人の息子と、そんな関係になるなんて」
それっきり、母は何もしなくなっていた。お弁当作りも、洗濯も、掃除も、炊事も、何も手を出さなくなった。
「私」にも、もう何がなんだか、何処から手を付ければ良いのか分からない状況の中で、私はお腹の子どもと一緒に、河に入っていった。水の流れが、身体の中を満たしていき、もう何も感じなくなり、何も考えられなくなったその時、声が聞こえてきた。
「あなた、ここで終わりにしていいの? ここで死んで、このままあの「男」のした事を許してもいいの?」
いや、私の事はどうでもいい。可哀想なのは、お腹の子供だ。この子をどうすればいい。
「じゃあ、親子2人揃って、居心地の良い異世界に転生させてあげる。あんな醜い人間の居ない、そうね、エルフとして生まれ変わりなさい」
転生先で、「私」は息子と共に、美人エルフとして、美しいものだけがある、美しい世界で、美しい姿で生きる事が出来た。息子は、エルフとして大きくなっていった。
幸せだった。美しいものしかない世界。そこには、何も困難も無ければ、何も不幸な事がない。そんな日々を送っている中で、息子は叫んだ。
「こんなところ、嫌だ! こんな世界、俺は望んでいない!」
そう叫んで、エルフの里から逃げ出したまま、戻ってこなかった。何が嫌なのか。何がそんなに不満なのか。聞いてみたかったが、その前に息子は姿を消していた。矢張り、理不尽で不条理な人生を歩まなければ、この異世界の居心地の良さは分からないらしい。
そう思って、息子の事は半分忘れていた頃に、新しく転生してきた男から言われた。
「お前を孕ませたあいつ、もう結婚して家業を継いで、3人の子供も出来て幸せだったんだけど、2年前に癌で死んだぜ。まだこの異世界に転生していないのか?」
どうする。どうしよう。今更出会った所で、どうすれば良いのだ。復縁? 冗談じゃない。なるべく会わないようにしなければならないと、この時は軽く考えていたが、あいつは「私」の息子を連れて、現世に転移する方法を探っているらしい。そして、息子を腹心として軍団を創り上げて、現世へと攻め込むつもりらしい。
どうして? 何の為に現世へと攻め込むのだ。第一、あいつは地域社会の豪族としてやりたい放題やった末に、ここへ転生してきたのだ。自分がこれまで女に産ませてきた子供達を引き連れて、現世に攻め込むというのだ。
「グレート・クルセイド」。そう名乗る軍団が、これから現世に攻め込むと言うのだ。この世界に誘った魔天使とやらが、それを手伝っているらしい。
なんで? どうして? お前、現世でも幸せだったのに。思い悩む「私」に、とんでもない噂が耳に届く。
「もっと長生きしたかったのに、途中で理不尽に殺されたから、もう一度現世に戻ってやり直したい」
何の反省もない。何の思慮も無い。自分勝手の生き証人みたいな言葉である。あんな奴らを許しても良いのか。良い訳がない。このままにはしておけない。例えもう一度、あの意地汚い現世にもどらなければならないとしても、誰かがあいつらの勘違いを正さなければならない。
だからこそ、「神様」に事情を全部話した上で頼んだのだ。
「現世に戻してほしい」
二つ返事で、「神様」は答えた。
「良いぞ。あんたの話から察するに、お前さんには武器が居る。形こそ拳銃だが、こいつに撃たれたら、例え掠めただけだとしても、そこから焼け爛れて死ぬ。今のお前さんに丁度いい武器だ」
それが、このH&K Mk23 SOCOMの姿を借りている武器である。これさえあれば、あの男を殺して、自分も死ぬ事が出来る。そんな事をしたら、次は無間地獄に落とされるかもしれないだろうが、もうあの男が誰かを傷つける所を見たくはなかった。
暗い部屋の中で、禅を組む「私」は、いつかこいつを使う場面を伺い続けている。「私」の目の前にあるのは、あの拳銃と一緒に、スマートフォンも置かれている。別に他の転生者や転移者はどうでもいい。好きにすれば良い。ただ、あの男だけは許せない。「グレート・クルセイド」なんて子供が考えたような名前を名乗る組織と、その親玉を撃ち抜く時が来るまで、この万屋と言う名前を変えた「支部」にて、スマートフォンからの「依頼」を待つ「私」は、拳銃を前に禅を組んで待ち続ける。




