0003 タフネス・メンタル
それがどんな意味を持つのか。最初はよく分からなかった。嫌な事をされている、と言う意識だけはあった。気持ち悪い、なんでこんな事するの。これはなにかのお仕置きなのか。
ママは何も答えてくれなかった。パパに見つかった瞬間、いや、見つけてくれた瞬間、自分にされていた事の意味がわかった。
僕は食われていたんだ。そこにあるべき「同意」も「愛」もお構いなしに、自分の欲望のままにママは僕を食っていたんだ。
クラスメイトは同情してくれた。ご近所さんも慰めてくれた。パパはひたすら僕に謝った。もっと早く気がついてやれなくて。そう言って、何度も頭を下げてきた。
でも、もう遅い。例えママが法的に裁かれて、刑務所に居るとは言え、僕はもう誰かを信じる事も愛する事も出来ないんだ。いつしか、僕は部屋から出られなくなり、典型的な引きこもりになっていた。
パパは何度か部屋から僕を出そうとした。別に、外に出たくないわけじゃない、でも、一生ここに居たい訳じゃない。ただ、暫くの間は放っておいてほしいだけだ。また動けるようになるまで、放っておいてほしいだけだなんだ。
「そんな事を言っていたら、一生ここから出られないわよ」
不意にそんな声が聞こえてくる。聞こえてきた方向へと顔を向けると、子供の頃に買ってもらって作った模型が並んでいる棚の前に、美しい女性が立っていた。この地球の何処に住んでいる男でも、この美しさは分かると言う外見である。
「あなたは、こんな所で一生を終える人間ではないわ。私は、あなたを異世界へと送り込んであげる。其の為にここまで来たのよ」
異世界。なんか、聞いた事がある。でも、ここよりマシな土地なのか。あるいは、同じ土地なのか。
「男しか居ない世界よ。あなたを汚した女は1人も居ない」
……駄目だ。僕が望んでいるのは、そんな世界じゃない。僕は、女が嫌いなわけじゃないんだ。ママのケースをそのまま全ての女性にはあてはめない。
「なら、希望を言ってご覧なさい。好きな世界を選ばせてあげる」
「もういい! 放っておいてくれ!」
僕の叫びが、そんなに広くはない部屋に響き、それで切り裂かれた様に、美しい女性、女神と呼べそうな女性が消え去る。
「もういい、放っておいてくれ」
今度は、小声で呟く。そこへ、またもや声が聞こえてくる。
「よく魔天使の誘いを断ったな。思っていた以上にタフな男だ」
目を向けると、そこには何もない。では、誰が喋っているのか。
「何とでも思え、でも、周りは俺を「神様」と呼んでくる。だから、「神様」とでも呼んでくれ」
魔天使の次は神様か。それで、神様が僕に何の用だ。
「お前は強い。自分で思っている以上に、力を持っている。どんな人間だろうと、人間である以上、メンタルでもフィジカルでも限界がある。それでも、お前はとびっきり強い」
だったら、なんだ。
「お前がこの世で一番憎んでいる女は、魔天使の誘いを断らなかった。あの女は異世界で散々遊んでいるが、そろそろお前に会いに来る頃合いだ。あの女は、魔王を殺して、竜王を殺して、魔剣士を殺して、そして数え切れないほどの子供を食ってきた」
なんで、誰も咎めない。
「そういう世界を求めたからだ。女勇者となって、世界中を駆け回り、あらゆる少年を食い物にしたい」
最低だな。
「次の標的は、またお前だ。お前に、力をやる。こいつは、すげぇぞ。お前のタフな心の為に、お前にこいつを託す。お前を傷つけた女に、死弾をぶち込んでやれ」
すると、天井から銃が落ちてくる。
「S&W M500 ハンターモデル。お前の心の様に、デカくて、強くて、当たれば、いや、掠めれば、そこから焼け爛れて死ぬ。命中すれば、大穴が開く。そいつをどう使うのか、お前に任せる」
「お、お前、どうしてここにいる」
「あら、私はあなたの妻で、あの子の母親よ。無碍に扱わないでほしいわ」
「お前は刑務所に居るべきなんだ。それが当然の報いだ。出ていけ」
「やっぱり、異世界は最高だけど、現世はクソね。あんたはこの魔剣で真っ二つにしてやるわ」
もはや我が子を食らう化物の様な顔で、魔剣を振りかぶる女勇者の後ろで、銃のハンマーを起こす音が聞こえてくる。振り返ると、そこには息子が立っていた。バカでかい拳銃だ。いや、こんなの拳銃じゃない、と言っていいレベルのデカさだ。レベル5000の女勇者の肉体も、これには勝てそうにない。
でも、こいつに一体何が出来る。この拳銃も、モデルガンかエアガンだ。日本では銃は使っちゃいけないし持ってもいけないのだ。
「さぁて、どうしてあげましょうか。達磨にして便所にでもしてあげましょうかしら!」
「死ね」
トリガーがひかれて、ハンマーが弾丸の雷管を打ち、銃弾が空気を引き裂いて飛んでいく。そしてこれを防ごうとした魔剣を粉々に砕き、その先にある豊満な胸に命中、ゴルフボール程の穴が開く。
それで終わりではない。そこから急速に身体が焼け爛れていく。
「そ、そんな、私が、ここで死ぬの? この私が、死ぬっていうの!?」
その言葉に答えるように、僕は更に4回、デカい銃のデカい弾丸を撃ち込んでやった。あっと言う間に全身の肉と骨が焼け爛れて、床に染みだけ残して、この世から消え去っていった。
パパは、唖然としながら僕を見る。あの化物は退治した。さて、これからどうしようか。
「……ありがとう、パパ、僕はもうここには戻らない。これからは、異世界からの侵略から、この世界を守りたい」
パパは、矢張り唖然としたまま僕を見る。もうそれに僕は答えない。それでも、この一言だけは残していく。
「今までありがとうございました」
「僕」の戦いは、ここから始まった。




