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死弾  作者: 北村タマオ
第二章 混沌篇
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0018(第2章 完) サバンナの掟

 泣いていた。8年連れ添った妻であり母が泣いていた。別に喧嘩をしたわけではない。口論もしていない。夜、眠っていただけだ。床について、1時間程度したところで、お互いに寝息が聞こえてきたところで、母が泣いていた。

 父は起き上がって、母に声をかける。すると、掠れた声が聞こえてくる。

「もう、殺したくない。こんなの、一生続けるなんて、出来ない」

 どうしたのか。聞く前に、その理由が聞こえてくる。

「あの叫びが、耳から消えないの。頭から離れないの。私の手が血で汚れてしまったのよ」

 あの叫び、と言うと、昨晩に撃ち殺したクズ勇者の事だ。次々と通行人を殺し続ける女勇者を前にして、父と母でコルト・パイソンの姿になった娘、「死弾」を向けて2人で12発を撃ち込んだ。身体が焼け爛れて、腐り、溶けて消えてなくなる。その途中で、母は見てしまったのだ。

 身体が溶け切る前に、女勇者の胎児が、焼け爛れていくところを。皮膚が焼けて、肉が腐り、骨が溶ける。母は、手からパイソンを落として、その場に膝を落とし、自失呆然となる。

 ここで、ようやく気がついたのだ。自分達が殺していたのは、クズだろうと勇者だろうと、人間なのだ。人間を殺していたのだ。現世を守る為に戦うという事は、その為に人を殺すと言う事なのだ。

 母はそれから、ずっとうわの空だ。自分達のしていた事が、侵略戦争に対する防衛戦争であると言うだけで、単なる人殺しである事を知らされていたのである。しかも、相手が男であろうと女であろうと、相手が子供であろうと大人であろうと、問答無用で撃ち殺してきた。単なる殺生に過ぎない。正義も悪もない。

 父は、母の気持ちが分かる。母にとって、あの殺生がどれだけ彼女のトラウマを抉り出したのか。母は、実父からの辱めにより胤が実り、これを堕胎する際の事故で子供が産めない体になったのだ。

 自分のしてきた事は、あの実父と同じ。欲望に任せた殺生。それを受け入れるのには、母の心は強くはない。父は、どうすれば良いのか分からない。こんなに思い詰めた母を見た事が無い。

「もう嫌だ、誰も殺したくない。何で皆、そんな簡単に殺せるのよ。教えてよ。私一体、どうすればいいのよ」

 コルト・パイソンとなった娘が、どんな事を言うのか。今は何も言っていないのだろう。言葉では、救われないのだ。どうすれば良いのか。父にも全く分からない。1度も、こんな事はなかった。

 ……いや、あったではないか。自分に嘘を言ってはいけない。父は、自分の殻の中に閉じこもってしまった母の為に、自分の中に仕舞い込んでいた過去を出すしか無い。

「ごめん、君に黙っていた事がある」


 父がまだ息子だった頃、うっかり自分の両親の情事を見てしまった事がある。もう思春期に入るかどうかと言う身体と心には、この光景は息子の精神に混乱をきたしていた。それまでは、別にモテるリア充でもなければ、非モテの陰キャ男と言う程でもない。それでも、息子の精神を捻じ曲げるのに充分であった。

 以前から、息子に色目を使っていた担任の女教師の誘いを受けたのは、それから数日後であった。女教師は、仲間を集めだしていた。ライオンの群れに貪られるシマウマの様に食われ続けていく内に、息子を救い出したのは、クラスメートの女子生徒であった。メディアにタレコミをしたのである。そうなると、あらゆるメディアが一面で取り上げて、週刊誌も大見出しで取り扱う。

 しかし、女子生徒は息子のお姫様にはならなかった。息子が振ったのか? 違う。女の活動家に攻撃されたのだ。それは正に、「裏切り者」への制裁であった。息子は、それを守らなかった。何で守らないといけないのか、よく分からなかった。最初は「正義の女騎士」であった女子生徒は、いつの間にか「男性至上主義の犬」として指弾される立場になっていた。

 それから数ヶ月して、女子生徒は自分の命を絶ちかけて、家族と共に別の街に引っ越していった。その時、残された息子は、大人になり、そこそこの企業に就職して、数年して両親からの勧めで、この女性、母を紹介されていた。


「同じなんだ、俺も、君も。だから、自分の殻に閉じこもらないでくれ。娘も居るんだ。良いんだよ、助けを求めても」

 母は、潜り込んでいた布団から出てくると、父を見つめる。父は、満面の笑みを浮かべて言う。

「君だけじゃないんだよ、俺も撃ってきた。君の隣で、一緒に撃ち続けたんだ。それに」

 1度、区切った上で告げる。

「俺もまた、殺し続けたんだ。同じなんだよ、俺も君も」

 母は父の頬に手を添える。お互いに、隠し続けていた過去の在庫はすっからかんになった。もう何もない。お互いに、何もない。もう、この世界にて出来る事は、何もない。

 異世界だ。今こそ、行くべきなのだ。お互いに何もない今だからこそ、あそこに行く理由がある。あそこに行って、今まで殺してきた人間が、どんな思いで生きてきたのか、知らなければならない。

 今が、その時だ。


 月にて物事を眺めていた魔天使と神様は、同じ言葉を、同じタイミングにて呟く。

「無茶苦茶だ」

 状況は既にコントロール出来ない所にまで来ている。このカオスの中で、実際に状況を理解している人間は、あの12人の中でも1人も居ない。

 異世界へも戦火が及ぶとは。この戦いに銃後はないらしい。創造主は、一体何を考えているのか。それとも、矢張りあなたは滅亡をお望みなのでしょうか。


第2部 完


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