0015 「私」の人生
もう失うものは何一つ無いと思っていた。
「命」を失い、「息子」を失い、「愛」を失い、そして全てに対して、未練なんてこれっぽっちも感じてはいないと思っていた。ところがどうだ。蓋を開けてみれば、「私」はこれら全部に未練があったのだ。未練たらたらで、抜け出せなくて、早い話が「地獄」へ堕ちていたのだ。
人間、そう言う時、現実に置いてどうやって自分を慰めるのだろうか。神様にでも縋るか? 悪魔に魂を売るか? どちらも同じだ。であれば、生きていかねばなるまい。傷ついた人間同士で、愛し合いながら、憎しみ合いながらも、生きていくしか無い。「男」だけでは、「女」だけでは、生きてはいけない。ここは「妄想」ではない。
「グレート・クルセイド」の情報を聞いたのは、今から12時間前にまで遡る。場所は、あの「男」の考えているところでは、何処か離島から狙うんじゃないかと思っていたら、首都の中心地のスクランブル交差点にて、大規模に、そして一気にやるという話だ。
しかし、何でそんな話が、大事な情報がばらまかれているのか。そして、その話を聞いて、どうしてこんなにハチ公前広場におっかなそうな女勇者が集まっているのか。理由は分かった。分かるだけにムカつく。あの「男」にではない。そこまで分かっているのに裏切られて捨てられた「私」自身にムカついていた。
H&K Mk23 SOCOM。この拳銃、見た目はただの拳銃だが、撃ち出す弾丸はあたった場所から焼け爛れて、腐り落ちて、溶けて消えてなくなる「死弾」が使える銃だ。周りの女勇者達には、あんまり見せないようにさせる。元々私的な動機づけや理由で、忠犬のモニュメントが建っている広場の前にて屯しているのだから、最初から信頼無しである。もしあの「男」に恨みあって斬りかかるのであれば、誰もが同じ発想にたどり着くはずだ。
……しかし、遅い。数時間は待たされているのに、一向に情報も更新されなければ、警官や自衛隊、在日米軍も姿を見せない。扱いが難しい後者2つはともかく、警官くらいは出張っても良いと思うのだが、ここに集まっているのは異世界でチートでレベルを上げまくり、伝説の武器で身を固めている、「一人国崩し」とも言える化物どもである。しかも、人生で一番駄目な理由でしくじった過去を呪った上での出戻りである。
「私」も、ご多分に漏れずにストレスで頭の神経が焼ききれそうになっている。でも、人生あの瞬間に、どう言う事をしてはいけないのか、最大の学びを得た筈なのに。やっぱり「待つ」と言うのは、一番大事で、そして難しい行いである。そもそも、禅の精神を理解できていない、ムカつくやつはチート能力で解決させる様な短絡的な性格の女ばかりだ。空気がピリピリして、耳鳴りすら起こしそうな空気の中で、この場に場違いな子供が、男児が1人、この中に入って来ていた。
何で、どうして、男児がここに。いや、こいつの顔、何処かで見たような……いや、まさか、そこまで馬鹿な事実があるだろうか……あんな男の胤なんて実らせる阿呆が居るのか……いや、数撃ちゃ当たる形式で、アニメや漫画に出てきそうな男である……有り得ない話ではない。
「おいこら、おめぇ来る所間違えてんじゃねぇの? あの男、お前には興味ないと思うんだけど」
「て言うか、お前のママ、馬鹿すぎじゃねぇ? ガード緩すぎだろう。最低限の避妊もしないのかよ。安全日の確認、アフターピルとか、色々あるだろう。頭おかしいだろ」
「だぁかぁらぁ、はい、回れ右、そして駆け足。出てけ、阿呆」
字面で並べてもガラの悪い台詞しか言えない女勇者に絡まれている。助けなきゃ。だって、あれは「私」の息子だ。
「ちょっと待って。「私」の息子です。止めて下さい」
この一言が、全ての引き金となっていた。
「てめぇ私の男になに手ぇ出してんだよ!」
次のこの叫びで、粉塵爆発宜しく、その場の空気に染み込んだ塵に火がついていた。
何が、どうなっているんだ。「グレート・クルセイド」は、ドラマや映画、それに漫画やアニメのワンシーンの如く、いい塩梅で破壊された渋谷スクランブル交差点を眺めていた。
別にハーレムではなく、女2人、男2人、ドラゴン1匹の健康的な組み合わせだ。「彼」は、チーター同士が殺し合って出来上がった地獄の中で、何かを探していた。
「おい、何を探しているんだ」
「そうよ、もうここには誰も居ないのに」
そうだ。あれが、あの落し胤がもし自分の息子ならば、待ち合わせの場所はハチ公前広場であると言えば、ちゃんと来る筈だ。そして、そこには、あの女が居る筈だ。
だが、おかしい。だとすれば、遺体がこんなにたくさん残っている筈がない。どんな肉体だろうと「死弾」を撃ち込まれたら、血も肉も骨も焼け爛れて腐って溶けて消える。なのに、ここは女勇者の骸が大量に転がっているだけだ。
まさか。あの女、使わなかったのか。死弾を。いや、もっと違う事情があるのだ。
「あなた、やっと会えた」
もう駄目だ、これ以上は血を見ずには居られない。胸の内で謝罪しながら、「私」は拳銃を取り出して、引き金を引く。
……反応しない。何度もトリガーを引くが、ハンマーは薬室に込められた「死弾」の雷管を叩き続けている。なのに、1発も撃ち出されない。
まさか、私はまだ、あの「男」に未練があるのか。もうこの銃を使う資格が自分にはないと言うのか。気づいたときには、拳銃を持った右手を切られて、銃と右手を失い、あとは息子を庇いながらの逃避行となっていたが、その前に溜まりに溜まっていたストレスを、周囲にぶつけ始める。
地獄。これが地獄でなくて、何だ。人間の所業には見えない。勇者の剣が血をぶち撒いて、究極の魔法が建物ごと勇者を燃やし尽くすか、あるいは砕いていく。理由は唯一つ。「先を越されたから」。こんな理不尽で地獄に変えられる渋谷スクランブル交差点とハチ公前広場。
そして、今現在に至る。
馬鹿だ。自分が一番の馬鹿だ。死んでも再会したくなかった男なのに、息子を見た途端、また思い出したのだ。彼の事を。背中に剣を振るわれても、魔法で焼かれても、「私」は息子を守り抜いた。
「もう何も失うものなんて無い、と、思っていたのに」
「私」はそう言うと、急速に身体から「力」が抜けていくのを感じていた。片腕で、レベルにして25程度のフィジカルにて、この現世に転移してきた息子を守り抜いたのだ。
「まだ、こんなに、「未練」がある」
「……ごめん」
男はそう言うと、何処から拾ってきたのか、あのSOCOMをこちらに差し出す。
「撃ちたければ、撃てよ。もう疲れたよ。異世界で、理不尽も不条理もない世界で、やりたい様に生きてきて」
「良いじゃない、それの何処が悪いのよ」
「だから、他人に理不尽を強いるのが、どんなに酷いか、分かったんだ」
ズルいじゃない。そんなの、卑怯だ。有り得ないくらいに腰抜けだ。これなら、最初から最期までクズ男のままで居てくれた方が、余程気持ちがいいのか。
「絶対許さない」
最期の力を振り絞って、「私」は遺言を残す。今度は、誰も来ない。魔天使も、神様も、誰も来ない。静かだ。とても静かだ。何故か。もう「悔い」がないからだ。見つけたのだ、自分の中で現実との落とし所を。
「まだ死ねんなぁ」
誰かが、そういうのを聞いて、文字通りの地獄絵図となっているハチ公の前で目を覚ますと、「私」は自分の身体を見る。右手と銃を失ったと思っていたのに、SOCOMと一緒に戻っている。
息子は何処だ。あの男は何処だ。これから、どうすればいい。そして、次は誰を標的にすればいい。
……そいつを見つける為に、もう少し生きてみる必要があるらしい。そして、それはここには無いのかもしれない。自分ももう一度、あの異世界に向かう必要がある。もう「現世」には未練がない。居場所もない。であれば、ここから抜け出すしか無い。答えを見つけ出すのには、ここではない所に行くしか無い。ここで見つけられる答えは皆出し尽くした。
「クソ勇者、これで良かったのかな?」
「俺もお前も、今は彼女の隣に居ない方が良い。何なら、一生再会しない方が良い。あいつの人生だからな」
「……で、何処へ行くの」
「……山にでも行くか。あるいは、海をわたっても良いな。これ以上、誰かの迷惑にならない場所で、静かに暮らすさ」




