0012 答え
デカい。音もデカい。そして、重たそうだ。プフェイファー・ツェリスカ。インターネットで調べてみれば、最初から実用性なんてそっちのけで、出鱈目な拳銃が作りたいという発想の銃だと言う。
しかし、この女は、その拳銃を身体の一部であるかの様に使いこなしている。こいつは、人間じゃない。使われている弾丸は、口紅と見紛う程にデカい。こんな銃を軽々と扱っている。
そして、その顔を見て、また吃驚する。やっぱり、そうだったか。こんなデカい拳銃を軽々と扱える人間なんて居る筈がない。その顔は、オオカミと人間の女を足して二で割った顔をしていた。近くには、ベビーカーがあって、そこには赤ん坊がすやすやと眠っている。慣れているんだ、この状況に。
遡ること、4,5分前だ。1日8時間労働を済ませて、ボロボロに疲れた身体を駅に向かわせていた中で、以前から女性が立っている道として問題になっている辺りで、悲鳴が聞こえてきた。また喧嘩か、あるいは今度こそ警察の手が入ったのか。と思っていたら、こちらにベビーカーを押しながら全力で走っている、季節外れのレインコートを着ている女が、馬鹿でかい哺乳類の怪物においかけられていた。
生成AIの作ったCG映像ではない。自分も、唖然とする前に逃げなければ、この哺乳類と辛うじて言える外見の怪物に踏み殺される。いや、口の様な器官には、人間の手の様なものと、血が出ている。まさか、食っているのか。人間を。このサイズであれば、人間を餌にしていたとしても不思議ではない。
広い空間に出てくると、ベビーカーを止めて、後ろを振り返ると、あのデカいリボルバー拳銃を取り出して、シングルアクションで5発、数秒で哺乳類の怪物に撃ち込む。熊と象と鰐を掛け算した様な怪物の身体に、5つのデカい穴が穿ち、そこから血肉が焼けただれて、骨をも溶かして、コンクリートの上に染みとなって消えていく。
その狼女は、プフェイファー・ツェリスカを懐にしまうと、自分の顔が露出してしまった事に気がついて、自分の顔を見た彼に気がついた。
「見たな」
月並みな台詞であったが、この場面で言われると閻魔大王の一言よりも恐ろしく聞こえる。
そして、今はこの狼女と、絶対に血が繋がっていない赤ん坊を、自分の安アパートに連れて行って、飯を用意していた。見なかった事にする為の条件として、暫く守ってやる、と言うのだ。
カイム。そう名乗った狼女が言うところには、後しばらくしたら、異世界からの大規模な侵略行為が行われる、と言うのだ。そのカタストロフィから守ってやる。と言うのだが、異世界なんてアニメや娯楽小説にしか出てこないものが、現実へと攻めてくるなんて、本当なのだろうか。
でも、数分前の出来事を振り返ると、異世界の存在は信じられそうである。あんな怪物が、大量に現れたら、あのデカい拳銃1つでどうにか出来るレベルではない。
カイムは、その現状をどうにかしてくれるのか。と言うと、実はそうでもないらしい。人間社会を守るのが、カイムのゴールではないと言うのだ。この赤ん坊、オウと名付けられた男の子を守るのが、ゴールらしい。その為に、ベビーシッターが欲しい。と言うのが、カイムの要望であった。
そう言われて、はい、分かりました。とは言えない。聞きたい事が山の様にある。真っ先に聞いたのが、そして大半の人間が最初に聞きたがるだろう事を、1つ確認してみる。
「なんで異世界が攻めてくる」
と言われて、カイムは器用に箸を使って夕飯を食べつつ答える。
「今のままでは勝てないからに決まっているじゃない。今のまま各個撃破を繰り返していたら、何時までも同じ事の繰り返しになる。異世界が現世に攻め込んできた理由は、ただ1つ、飽きたからよ」
「飽きたって、異世界に行けば、好き放題出来るってイメージだけどな」
「それが一番の不幸なのかもしれないわね。現世は理不尽で不条理だからこそ、戦う価値がある。私はそう思う」
「それってな、羨ましい考え方だぞ。ある意味、最高の贅沢だぜ。お前の言う理不尽で不条理な現実は、戦っても戦っても崩せない城に竹槍で突っ込まさせられているようなもんだぞ」
「じゃあ逃げれば良い」
「そんな単純な事も許されないんだよ。いや、逃げられない様なしくみで雁字搦めにしているんだよ。ここにはもう、逃げ場なんて無いんだよ」
「人間、そんなに強くないって、そういうのね。じゃあ、あんたは何の為に生きているのよ」
「その台詞、そっくりそのままお前に返すぜ。現世が辛くて異世界に逃げて、その異世界も嫌になって現世に戻ったお前こそ、何の為に生きてんだよ」
「その答えはもうあんたが言った」
「……人間、そんなに強くないってか」
食事を終えて、ぐずり始めたオウに乳を与えるカイムに、彼は肩を落とす。
「……そうだな、人間、そんなに強くないよな。愛している女を食わせるだけの金も、勇気も無いんだからな」
「オウは、この子は捨て子よ。私が今生きている理由は、オウを守る為よ。あなたと同じ様に、金も勇気もない人間に捨てられた赤ん坊よ」
「だから、お前はそこまで強くなれるのか。赤ん坊が強くしてくれるって言うのか」
「さぁ、どうかしら。むしろ、弱くなったのかもしれないわね」
「そんな後ろ向きな事言うなよ。折角、明るい方向に話を持っていきたかったのに」
「御免なさいね、転移前の私だったら、そういう方向に話を持っていけたんだと思うけど」
「余程酷い目に遭ったんだな。まぁ、そこら辺の不幸自慢合戦はやらないでおこうぜ。不健康だし、無意味で、無価値だ」
話を一旦、区切らせると、彼はもう一つの質問をぶつける。
「で、異世界からの侵略に、勝算はあるのか」
「それ以前に、異世界同士の連携が上手くいくかどうか。元々現世でも上手くいかなかった連中の集まりだからね。困難と多大な犠牲が伴うだろうけど、負けはしないでしょう」
「自衛隊や在日米軍はアテになるのか?」
「無理ね。ドラゴンの餌にはなるでしょうけど」
腹を満たして、眠たくなったオウを寝かせると、カイムは言う。
「人間は、自分達が思っているほど、強くはない。分かっているわ、そのくらい」




