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三河の片隅で、家族を守る――その名はまだ誰も知らない  作者: 可可多


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第五十話 腰に馴染む刃、成る

一


数日後、竹千代は甚助に声をかけた。「甚助殿、猪皮を太郎兵衛殿へお届けする段、それがしも共に参りとうござる。……仲立ちいただいたお礼も兼ねて、直に顔を合わせておきたく存じます」


甚助は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。「それは、太郎兵衛も喜びましょう。……ようございます、共に参りましょう」


翌朝、竹千代は鞣し上がった猪皮を丁寧に包み、甚助と連れ立って隣郷へと向かった。道中、甚助は太郎兵衛の人となりについて語った。「太郎兵衛は、無口なところもございますが、仕事にはまこと丁寧な男にございます。……阿久居様の図面を見せた折も、あれこれと思案を巡らせておりました」


隣郷に着くと、皮革の匂いが漂う小屋の前で、太郎兵衛が作業をしていた。がっしりとした体躯の、四十がらみの男であった。甚助が声をかけると、太郎兵衛は手を止め、竹千代の姿を認めて軽く一礼した。「阿久居様にございますな。……甚助から、話は伺っております」


竹千代は包みを差し出しながら、丁重に頭を下げた。「太郎兵衛殿、此度は難しき仕立てをお願いすること、まことにかたじけのう存じます。……こちらが、鞣し上がった猪の皮にございます」


太郎兵衛は包みを受け取り、皮の質を確かめるように広げた。「……これは、良き鞣しにございますな。厚みも、しなやかさも、ちょうど良い塩梅にございます」その目には、職人としての確かな見立てが宿っていた。


二


太郎兵衛は懐から先だっての図面を取り出し、あらためて竹千代に見せた。「阿久居様、この図面について、いくつか伺いたきことがございます」


竹千代は身を乗り出した。「何なりと」


「この鞘を通す環の幅にございますが、双短剣の鞘の太さは、いかほどでございましょう」太郎兵衛は具体的な寸法を確かめながら問うた。竹千代は懐から双短剣を取り出し、鞘の太さを示した。太郎兵衛はそれを確かめ、細かく数値を書き留めていった。


「留め具は、革紐で結ぶ形か、それとも金具を用いるか、いずれがよろしゅうございましょう」太郎兵衛はさらに問うた。竹千代は少し考え、答えた。「稽古の折に、素早く着脱できる方が良いかと存じます。……金具があれば、それに越したことはございませぬが」


太郎兵衛は頷いた。「ならば、簡素な留め金を拵えましょう。……仕上がりまで、ひと月ほど頂戴したく存じます」


竹千代は深く頭を下げた。「よろしくお願い申し上げます。……値の方は、いかほどになりましょうか」


太郎兵衛はしばし思案し、手頃な額を口にした。竹千代はそれに頷き、手付けとしていくばくかを支払った。甚助が横から、満足げに二人のやり取りを見守っていた。「これで、話がまとまりましたな」


竹千代は太郎兵衛の丁寧な仕事ぶりに、確かな信頼を覚えた。ひと月後、腰に馴染む新たな携帯の形が、いよいよ現実のものとなろうとしていた。帰り道、竹千代は甚助と共に、冬支度の始まった里の道を、満ち足りた心持ちで歩いていった。


三


猪皮を太郎兵衛に託してから、ひと月が過ぎようとしていた。その間、屋敷にはまた穏やかな日々が流れた。実の世話は竹千代の日課としてすっかり根付き、老爺の見立て通り、馬は竹千代に懐き、朝な夕なに鼻先を寄せてくるようになっていた。平蔵との稽古では、殺意を込める技における震えがほとんど消え、槍の穂先は的の同じ場所を、幾度も正確に貫くようになっていた。


猪肉の商いは順調に続き、松丸のもとには、佐平次からの文が変わらず届いていた。蔵田重蔵は予定通り隣郡へ発ち、新之丞は佐平次のもとで、実務の基礎を学びながら過ごしているとのことだった。「近頃は、新之丞殿も、幾分か肩の力が抜けてきた様子にございます」という一文が、佐平次の文に添えられていた。


そうして迎えた、ひと月目の朝。甚助から「太郎兵衛の仕事が仕上がった」との報せが届いた。竹千代は逸る心を抑えながら、甚助と共に隣郷へと向かった。


太郎兵衛の小屋に着くと、彼は完成した腰帯を、丁寧に竹千代の前に差し出した。艶やかに鞣された猪革が、しっかりとした帯状に仕立てられ、双短剣の鞘を通す環が、左右対称に配されていた。留め具の金具も、簡素ながら確かな造りであった。「阿久居様、こちらにございます。……試しに、締めてみてくださいませぬか」


竹千代は腰帯を受け取り、慎重に腰に締めた。双短剣を鞘ごと環に通すと、これまで懐にあった時とは比べ物にならぬほど、体に馴染む感触があった。「……これは、まことに見事な仕立てにございます」竹千代は思わず声を上げた。


四


その場で軽く体を動かしてみると、鞘は腰にしっかりと固定され、屈んでも跨いでも、これまでのような煩わしさは感じられなかった。太郎兵衛は竹千代の様子を注意深く見守り、「いかがでございましょう、動きに支障はございませぬか」と尋ねた。


竹千代は何度か腰を捻り、双短剣を抜く仕草を試してみた。「抜きも、思うたよりずっと滑らかにございます。……太郎兵衛殿、まことに良き仕事をしていただきました」


太郎兵衛は初めて、控えめながらも満足げな笑みを見せた。「阿久居様のお役に立てたのであれば、何よりにございます」


甚助も傍らで頷いた。「これは、良き出来にございますな。……阿久居様、これで稽古も、いっそう捗りましょう」


竹千代は太郎兵衛に代金の残りを支払い、深く礼を述べた。「太郎兵衛殿、此度の仕立て、まことにかたじけのう存じます。……これからも、何ぞ折があれば、お頼み申し上げたく存じます」


太郎兵衛は深く一礼した。「いつでも、お申し付けくだされ」


帰り道、竹千代は腰に馴染んだ双短剣の重みを確かめながら、甚助と共に、初冬の澄んだ空気の中を歩いた。厩、馬、猪の恵み、そしてこの腰帯。これまでの地ならしの一つひとつが、確かな形となって、竹千代の日々を支えていた。屋敷に戻れば、平蔵にこの仕上がりを見せ、実際に動いてみせる番であった。竹千代は懐ではなく、今は腰にある双短剣にそっと手を触れながら、静かな充実感と共に、帰路を急いだ。

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