第四十八話 腰に描く工夫
一
その夜、稽古を終えて自室に戻った竹千代は、懐から双短剣を取り出しながら、ふと眉をひそめた。稽古のたびに懐に忍ばせるこの二振りは、動くたびに衣の合わせからずれ、時に肌に当たって痛む。これまでは気にも留めていなかったが、殺意を込める技の稽古で激しく動くようになってからというもの、この不便さが日に日に気にかかるようになっていた。
前世の記憶の中に、腰に巻いて刃物を提げる道具の作りが、ぼんやりと浮かんでいた。革を帯状に仕立て、そこに鞘を通す環をいくつか設け、腰に締めて固定する。そういえば、と竹千代は思い出した。先だっての大猪の皮を、鞣して使うという話があったはずだった。
「これは、良き思いつきやもしれぬ」竹千代は紙を広げ、頭の中にある形を、覚えている限り描き起こしていった。帯の幅、鞘を通す輪の位置、留め具の仕組み。井堰の間取りを描いた時と同じように、細部まで丁寧に書き込んでいく。
二
翌朝、竹千代は書き上げた図面を手に、老爺のもとを訪ねた。「老爺、猪の皮は、今、いかなる様子か」
「鞣しにかけておりますよ」老爺は答えた。「もうしばらくすれば、使えるようになりましょう」
竹千代は図面を広げて見せた。「この皮を使い、腰に締めて双短剣を提げられる帯を、拵えとうござる。……このような形にできぬものか」
老爺は図面を覗き込み、しばし首をひねった。「若様、これは……刀の下緒とも、違うものにございますな。革を帯のように仕立て、そこに鞘を通す、と」
「うむ。懐に入れるより、腰に締めた方が、動きの折に邪魔にならぬと思うたのじゃ」竹千代は説明した。
老爺は感心したように図面を眺めた後、申し訳なさそうに首を振った。「儂には、革細工の心得はございませぬ。……されど、隣郷に、皮革を扱う職人がおったはずにございます。甚助殿が、その者を知っておるやもしれませぬ」
竹千代は頷いた。「ならば、甚助殿に尋ねてみとうござる。……この図面を、そのまま職人殿にお見せしても構わぬであろうか」
「ようございましょう」老爺は頷いた。「珍しき形にございますから、職人殿も、あれこれと工夫のしがいがございましょうな」
三
竹千代は図面を手に、その足で平蔵の小屋を訪ねた。「平蔵殿、少々ご意見を伺いたきものがございます」戸口から声をかけると、稽古の道具を整えていた平蔵が振り返った。
「何じゃ」平蔵は竹千代の手にある紙を見て、興味深げに眉を上げた。
竹千代は図面を広げて見せた。「双短剣を、懐ではなく、腰に締めて提げられるようにしたく、このようなものを考えましてございます。……武芸の観点から見て、いかがでございましょうか」
平蔵は図面をじっと見つめ、しばし黙考した。「なるほどな。……懐から抜く時と、腰から抜く時とでは、間合いも、抜きの速さも、まるで違うてこよう」
竹千代は頷いた。「はい。……されど、いずれが優れておるかは、それがしにも判じかねております」
平蔵は図面の、鞘を通す環の位置を指で示した。「この位置では、双短剣を抜く時、腕が交差する形になろう。……双燕の型において、それが果たして都合が良いかどうか、そこが肝要じゃ」
竹千代ははっとした。「確かに……双燕は、左右の刃を同時に、あるいは交互に用いる型にございます。抜き方一つで、型の始まりの形が変わりましょう」
平蔵は続けた。「加えて、腰に提げるとなれば、跨いだり、屈んだりする折に、鞘が邪魔になることもあろう。……特に、そなたの独り稽古のような、激しく動く型では、これが仇となることもあり得る」
四
竹千代はしばし思案し、それから答えた。「ならば、鞘の位置を、もう少し体の後ろ寄りに配してはいかがでございましょう。屈む折の邪魔にならぬよう、また抜く際は、両手が交差せぬよう、左右それぞれ同じ側の腰から、淀みなく抜く形に」
平蔵は図面を見ながら、竹千代の言葉に頷いた。「うむ、それならば、抜きの動きも、双燕の型にすんなりと繋がろう。……良き思案よ」
竹千代は図面に手を加えながら、あらためて平蔵に問うた。「平蔵殿は、武芸において、懐と腰、いずれが良いとお考えにございますか」
平蔵は少し考え、それから答えた。「一概には言えぬ。懐は、不意を突く折に強い。……されど腰は、いつでも構えを崩さず、迷いなく抜けるという利がある。そなたが此度目指しておるのは、後者のように見えるが」
「はい」竹千代は頷いた。「殺意を込める技、双燕、いずれも、いざという時に迷いなく構えられることが肝要かと存じます。……懐に忍ばせるのではなく、腰に据えることで、それがし自身の心構えも、また変わるやもしれませぬ」
平蔵は図面を竹千代に返しながら、言った。「良い工夫よ。……仕上がった折には、儂にも見せよ。実際に動いてみて、また直すべきところが出てこよう」
竹千代は深く頭を下げた。「かたじけのう存じます」懐から出て、腰に構える新たな携帯の形。それはただの道具の工夫であると同時に、竹千代自身の心構えを新たにする、一つの節目になるようにも思えた。




