第四十四話 重荷を分かつ
一
一行が門前に集まり、辞去の挨拶を交わす段になった時、竹千代は少し進み出て、新之丞に声をかけた。「新之丞殿。……本日は、遠いところを、わざわざお越しいただき、まことにかたじけのう存じます」
新之丞は少し驚いたように、竹千代へ向き直った。「いえ、こちらこそ、突然の申し出をお受けいただき」
竹千代はしばし言葉を選び、それから続けた。「新之丞殿は、これから多くのことを学ばれるお立場かと存じます。……律儀さというものは、一朝一夕に身につくものではございませぬ。日々の些細な積み重ねの中にこそ、宿るものにございましょう」
新之丞は、竹千代の言葉に、しばし黙って耳を傾けていた。その目には、緊張とはまた違う、真剣な光が浮かんでいた。「……阿久居様の若様は、それがしよりお若いというに、まことに落ち着いておられますな」
「それがしは、まだまだ未熟者にございます」竹千代は率直に答えた。「されど、周りの多くの方々に支えられ、少しずつ、物事の按配というものを、学ばせていただいております」
新之丞はその言葉に、何かを噛み締めるように頷いた。「……その言葉、心に留めておきまする」佐平次が横で、その様子を見守っていた。
二
新之丞は一礼し、それから少しためらうように、もう一言を付け加えた。「阿久居様。……それがし、伯父上より、この役目を継ぐに足るかどうか、常々試されるような心地でおりました。……本日、こちらの家の在り様を拝見し、律儀に日々を積み重ねることの重みを、あらためて知った心地にございます」
竹千代はその言葉に、内心わずかな驚きを覚えた。新之丞もまた、蔵田重蔵という伯父の影の下で、佐平次とはまた違う形の重荷を背負っているのかもしれなかった。「新之丞殿。……重荷を感じておられるならば、それを一人で抱え込まれませぬよう。周りに支えてくれる方が、必ずやおられましょう」
新之丞は、はっとしたように竹千代を見つめ、それから深く頭を下げた。「……お心遣い、まことにかたじけのう存じます」
一行は再び一礼を交わし、夕暮れの道を帰っていった。竹千代はその背が小さくなっていくのを、しばし見送った。新之丞という若者もまた、竹千代自身と同じように、大きな力の影の下で、己の道を探しているのかもしれなかった。松丸が竹千代の傍らに歩み寄った。「良い一言をかけたな」
「兄上」竹千代は答えた。「新之丞殿もまた、蔵田殿の影に、己が思うより重い荷を背負うておられるのやもしれませぬ。……この一件は、これまでとは違う目で、見つめ直す必要があると思いませぬか」
松丸は少し眉を寄せて考え込むように唸り、問いには答えなかった。夕陽が二人の影を長く伸ばす中、竹千代は佐平次、新之丞、そして蔵田重蔵という三者の力学に、また新たな一面が加わったことを、じっと噛み締めていた。
三
その夜、竹千代は松丸と共に、今日の訪問について語り合った。「新之丞殿の言葉、兄上はいかにお聞きになりましたか」竹千代が問うと、松丸はしばし考え込んだ。「新之丞殿、蔵田様の甥という立場だけで測るには、いささか重すぎる荷を負うておられるようじゃな。……竹千代、そなたの申した『見つめ直す必要がある』というのは、いかなる意にて申したのだ」
竹千代は答えた。「これまでそれがしは、新之丞殿を、佐平次殿の立場を脅かす者として見ておりました。……されど、新之丞殿もまた、伯父の意に沿えるかどうか、常に試される立場にある。……敵か味方かという見方そのものが、いささか浅かったのやもしれませぬ」
松丸は頷いた。「うむ。……じゃが、だからというて、蔵田様の企みそのものが消えるわけではあるまい」
「はい」竹千代は同意した。「新之丞殿への同情と、蔵田殿への警戒は、また別のことにございます。……この按配、いま少し時をかけて見定めねばなりますまい」
行灯の灯りが、二人の顔をほのかに照らしていた。名簿の一件、佐平次の一件、そして今日新たに見えた新之丞の重荷。絡み合う糸は、まだ解けたわけではない。だが、少なくとも見誤っていた一面を正せたことに、竹千代は確かな手応えを覚えていた。




