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三河の片隅で、家族を守る――その名はまだ誰も知らない  作者: 可可多


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第四十三話 新之丞、来たる

一


数日が過ぎ、佐平次と新之丞が阿久居家を訪れる日となった。晩秋の乾いた風が、庭先の木々をさらさらと揺らし、色づいた葉が時折、門前の地面に舞い落ちていた。竹千代は松丸と共に、朝のうちから門前に立ち、二人の到着を待った。


やがて、街道の向こうに二つの人影が見えてきた。先を歩む佐平次は、以前見た時よりも足取りが軽く、その後ろに続く新之丞は、慣れぬ道のりに幾分か気を張っているのか、背筋を必要以上に伸ばしていた。


「本日は、お招きいただき、まことにかたじけのう存じます」佐平次は門前に着くなり、丁重に一礼した。以前会った時よりも、心なしか表情が和らいでいるように、竹千代には見えた。


その傍らに控える新之丞は、緊張した面持ちで、しきりに屋敷の様子を見回していた。歳の頃は二十歳そこそこ、身なりは質素ながらも折り目正しく、腰の物一つにも手入れの行き届いた様子が窺えた。「新之丞にございます。……このたびは、突然の申し出にもかかわらず、お受けいただき、感謝申し上げます」その声には、まだあどけなさの残る若さと、それを隠そうとする硬さが同居していた。


竹千代は柔らかく応じた。「よくぞお越しくださいました。……何もない田舎の家にございますが、ご覧いただければ幸いにございます」


弥左衛門も母屋から出迎え、一同は連れ立って屋敷を巡ることとなった。まず案内したのは、裏の休耕地に建つ厩であった。新之丞は真新しい萱葺きの屋根を見上げ、驚いたように目を見張った。「これは……ご立派な厩にございますな」


「つい先だって、仕上がったばかりにございます」竹千代は答えた。「大工の甚助殿、村の老爺の力添えあってのことにございます」


厩の脇では、平蔵が槍の手入れをする体で控えていた。新之丞がその姿に気づき、丁重に一礼すると、平蔵も隻眼を細めて会釈を返した。「郷田平蔵にござる。……新之丞殿は、武芸にもご興味がおありか」新之丞は少し驚いたように、「いえ、それがしは、算勘の方が性に合うており申す」と答え、平蔵は「ふむ、それも良かろう」とだけ返し、それ以上は深追いしなかった。竹千代はその様子を横目に、平蔵が油断なく新之丞の様子を見定めていることを、じっと感じ取っていた。


二


厩を一巡りした後、一同は土間へと案内され、塩漬けの猪肉が並べられた棚を目にした。お蘭が進み出て、丁寧に説明を加えた。「これは、先日仕留めた大物の猪でございます。塩漬けにして、少しずつ商いに回しておりますのよ」


新之丞は感心したように棚を眺めていたが、ふと竹千代の方を振り返った。「阿久居様の若様は、武芸だけでなく、このような商いの才もお持ちなのですね。……佐平次殿より、算勘に長けておられると伺っておりましたが」


竹千代は謙遜して答えた。「才と申すほどのものではございませぬ。……ただ、目の前のことを、一つひとつ丁寧に積み重ねておるだけにございます」


新之丞はその言葉に、何か思うところがあるような表情を浮かべたが、それ以上は口にしなかった。佐平次が横から、静かに言葉を継いだ。「新之丞殿、この阿久居家の律儀さは、それがしも常々、感服しておるところにございます。……見て学ぶべきものが、多うございましょう」


その一言に、新之丞の表情が、わずかに引き締まった。「はい。……肝に銘じまする」


竹千代はその様子を、注意深く見つめていた。新之丞の態度には、蔵田の意を受けた探りのような色は感じられず、むしろ何かを純粋に学ぼうとする、生真面目な若者の姿があった。だが、その生真面目さの奥に、まだ竹千代には見えぬ何かが潜んでいるのかもしれなかった。


一行は日が傾き始めるまで屋敷を巡り、穏やかな空気のうちに、この日の訪問は終わりを迎えようとしていた。西日が土間の棚を橙色に染める頃、竹千代は門前へ二人を見送るべく、そっと腰を上げた。

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