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三河の片隅で、家族を守る――その名はまだ誰も知らない  作者: 可可多


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第四十二話 三様の肚

一


竹千代は文を手に、松丸と共に弥左衛門の居室へと向かった。「父上、佐平次殿より文が届きましてございます」竹千代は文の内容を伝え、新之丞同伴の訪問の申し出について、これまでの三通りの読みを、一つひとつ丁寧に説明した。


弥左衛門は文を検め、しばし黙考した。「して、竹千代。そなたの存念はいかに」


竹千代は少し考えてから、はっきりと答えた。「拙者は、この訪問、歓迎する方向で受け入れるべきかと存じます」


弥左衛門は眉を上げた。「その心は」


「当家には、特段、隠し立てせねばならぬことはございませぬ」竹千代は続けた。「厩の普請も、猪肉の商いも、すべては村の者たちと共に、律儀に積み重ねてきたものにございます。……新之丞殿が、真にこの家の在り様を学びたいと仰るならば、それを拒む理由はございませぬ。むしろ、ありのままの阿久居の家をお見せすることこそが、これまでの検分の折と同じく、堅い構えとなりましょう」


松丸も頷いた。「竹千代の申す通りかと存じます。……もし蔵田様の探りであったとしても、こちらに疚しきことがなければ、恐れる要はございますまい」


弥左衛門はしばし目を閉じ、考えを巡らせていたが、やがて頷いた。「……蔵田殿の真意は、まだ計りかねる。じゃが、竹千代の申す道理も、もっともよ。……よかろう。この訪問、快く受け入れよう。じゃが」父の声に、いくぶんの慎重さが混じった。「歓迎するとて、警戒を解くわけではない。新之丞殿の言動、そして佐平次殿の様子、竹千代、そなたの目で、よくよく見定めよ」


「承知いたしました」竹千代は深く頭を垂れた。


二


弥左衛門は続けて、松丸に向き直った。「松丸、佐平次殿への返信、いつ頃、いかなる形で訪問を迎えるか、日取りの相談を進めよ。……あまり仰々しくせず、されど疎かにもせぬ、この家らしい迎え方でな」


松丸は頷いた。「承知いたしました。……厩や猪肉の商いなど、日頃の様子をお見せするのが、良い迎え方となりましょう」


竹千代は父と兄の言葉を聞きながら、思いを巡らせた。新之丞という若者が、いかなる人物であるか。蔵田重蔵の意図がどこにあるのか。まだ何一つ、確かなことは分からない。だが、これまでの検分や書状の折と同じく、ありのままの姿を見せることこそが、最も堅実な道であるという確信だけは、竹千代の中で揺るがなかった。


「父上」竹千代はふと口にした。「新之丞殿が、いかなるお方か。……佐平次殿の文からは、その人となりまでは、まだ窺い知れませぬ。されど、もし新之丞殿が、まことに学びたいという気持ちをお持ちであれば、この訪問が、佐平次殿との縁をさらに深める機会にもなり得ましょう。……あまり構えすぎず、されど油断もせず、迎えとうございます」


弥左衛門は竹千代の言葉に、静かに頷いた。「うむ。……そなたのその按配、近頃はまこと、板についてきたな」


竹千代は照れくささを覚えながらも、深く一礼した。新之丞という新たな人物との対面に向けて、静かに気を引き締めていった。


三


その夜の夕餉の折、松丸は訪問の一件を、お蘭とお妙にも伝えた。「蔵田様の甥御が、佐平次殿と共にお越しになる、と」お蘭は箸を止め、しばし思案顔になった。「それは……どのようなお方なのでしょう」


「まだ、それがしも直に会うたことはございませぬ」竹千代は答えた。「されど、佐平次殿の文の様子から察するに、悪しき気性のお方ではないように思われます」


お妙は少し不安げな表情を浮かべた。「若様、その、蔵田様とやらの甥御様というのは……以前、若様が佐平次様のことを、ひどく案じておいでだったのを、ふと思い出しまして。あまり良からぬ関わりのお方だったのではございませぬか」


竹千代はお妙の察しの良さに、内心驚きながら頷いた。「その通りだ、お妙。……されど、今は敵か味方かを決めつけるより、まずは偽らぬ当家の姿をお見せするのが良かろうという、父上のご判断にございます」


お蘭は頷き、それから少し明るい声で続けた。「ならば、母もお持てなしの支度をいたしましょう。……塩漬けの猪肉を、少しばかり振る舞うのも良いかもしれませんね」


「それは良き思いつきにございます、母上」竹千代は笑みを浮かべた。厩、猪、そして家族の日々の営み。この家にあるものをそのまま見せることこそが、何よりの備えになるのだと、竹千代はあらためて思った。


四


数日のうちに、松丸は佐平次への返信をしたため、訪問の日取りを取り決めた。竹千代はその間、老爺と共に厩の掃除をいつもより念入りに行い、平蔵にも訪問の件を伝えた。「新之丞殿が、武芸にも興味をお持ちやもしれませぬ。……そのような話になった折や、あるいは万一の折のためにも、平蔵殿にも稽古の合間、それとなく立ち会うていただきたく存じます」


「新之丞という若者、いかなる者か知らぬが」平蔵は槍の手入れをしながら言った。「そなたの見立てなら、大きく外れはすまい。……じゃが、油断だけはするな」


「肝に銘じまする」竹千代は頭を垂れた。


支度が整っていくにつれ、竹千代の中には、緊張と共に、ある種の落ち着きも生まれていた。隠し立てすることなく、ありのままの阿久居の家を見せる。それは、これまでの検分や書状の折に培ってきた構えの、自然な延長線上にあるものだった。窓の外では、晩秋の風が枯れ葉を舞わせ、訪問の日が近づいていることを、そっと告げていた。

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