Ep.6
「これが戦争ならば、策を弄するのも良いでしょう。
ですが――個と個の戦いにおいては、『この一撃で必ず倒す』という気迫がなければ、剣が死ぬ」
沈黙。
言葉を返せなかった。
「結果、どちらも身についておらず、全てが半端なのです」
私は唇を噛んだ。
「……それでも、私は勝たなければならないのです」
「であれば――答えは一つ」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。
「魔法など覚えなくてよろしい。あなたには才能がない」
「……!」
「剣以外の全てをお捨てなさい」
「剣以外の、全て……?」
「そうです。無駄を削ぎ落とし、ただ剣を極めなさい。
策を弄するのをやめ、剣だけを見据えるのです」
セドリックは一歩近づき、私の木剣を指差した。
「無駄を削いで、削いで、削ぎ抜いたその先に
――あなたにとっての剣の頂が現れるはずです」
私は深く息を吐き、木剣を見つめた。
(剣の頂……)
胸の奥に、小さな灯がともる。
「……わかりました。ご指導、感謝いたします」
その瞬間、迷いが消えた。
◇
それからも、戦いの日々は続いた。
セドリックのもとでの一ヶ月の修行。
アレクシスとの決闘。
敗北。
そしてまた――一月前に戻る。
五十回を超えるころ、セドリックの表情が明らかに変わった。
「……驚きましたね」
構えた私の動きを見て、セドリックが目を細める。
「なにか?」
「いえ……リリアナ様の剣、もはや熟練の域にあります。
まるで、何年も鍛錬を積んだ剣士のようだ」
私は微笑んだ。
「前に教えてくださった方の指導が良かったのでしょう」
「ほう……学院にはそれほどの教師が?」
(……まあ、あなたなんですけど)
心の中で苦笑しながら、私は木剣を構え直した。
――帰省期間の最終日。
「リリアナ様」
セドリックは静かに木剣を差し出した。
「私と立ち合っていただけませんか。
――ひとりの剣士として」
木剣を構え、息を合わせる。
一太刀目――。
鋭い音と共に、セドリックの剣が弾かれた。
驚愕が、その目に浮かぶ。
私の剣筋は流れるように、しなやかに、的確に。
何十度も死線をくぐってきた身体が、勝手に動く。
迷いのない攻撃。洗練された動き。
無駄がなく、研ぎ澄まされた技。
(最近剣を握ったばかりの少女のそれではない)
(考えるより早く、反射で次の技を繰り出す
――身体が覚えているのだ。しかし、この剣筋は……)
(まるで自分と打ち合っているようだ……!)
一合、二合、三合――。
鏡合わせのように打ち合う、もはや試し合いではない。
セドリックの表情はいつの間にか、真剣そのものになっていた。
木剣での模擬戦とはいえ、一瞬でも気を抜けば命を失う。そう感じさせる打ち合いだった。
十合目、セドリックは木剣を下ろし、静かに息を吐いた。
「……信じられません」
(この少女は、何かが違う……
この剣は、ただの訓練では身につかない)
(肉体的には歳相応の成長しかしておらず、むしろ技に身体が振り回されているようにも見える。
にもかかわらずその動きは、何十回、何百回と実戦を積み重ねた者のそれだ)
(……まるで、何度も死線をくぐり抜けてきたような剣)
私は木剣を収め、彼の言葉を待った。
「リリアナ様……技量だけなら、すでに私を超えているのでは?」
「まあ、嫌ですわ。まだまだです、セドリック先生?」
私がそう微笑むと、セドリックの口元もわずかに緩んだ。
「……もう一戦、お付き合い願えますか?」
「ええ、喜んで」
◇
幾度となく繰り返してきた修練と決闘の中で、私はひとつの事実に気づいていた。
剣を振るう経験や感覚は確かに持ち越せる。
けれど――肉体の成長は、毎回リセットされるのだ。
どれほど筋肉を鍛えても、次に目覚めるとまた最初の状態に戻っている。
それはまるで、努力そのものを嘲笑うかのようだった。
(これでは、肉体的な鍛錬の蓄積が意味をなさない……)
そうして、私は思考を切り替えた。
“身体を鍛える”のではなく、“今の身体に合う武器を選ぶ”。
何度も試した。
両手剣、片手剣、短剣、槍――時には斧まで。
けれどどれも、私の身体にはしっくりこなかった。
何十回目かの挑戦の末、ようやく気づく。
――私に最も合うのは、細剣。レイピアだ。
軽く、扱いやすく、素早い動きに適している。
華奢な私の腕でも、確実に力を伝えられる。
筋力が足りないなら、速度と精度で補えばいい。
アレクシスの剣を正面から受け止めることなど不可能。
ならば、受け流し、躱し、そして――一点を突く。
突きは小さな動作で放てる。
相手の剣を捌き、ほんの一瞬の隙を突くには、それが最適だ。
そして、気づいた。
セドリックが修行で使っていた剣もまた、細身のものだった。
(やはり、あの方は……お見通しですのね)
セドリックも、最初からわかっていたのだろう。
私に向いている戦い方を。
◇
その日、最後の修練が終わったときだった。
セドリックは一本の剣を手にしていた。
それは私の目を奪うほど美しい細剣――細身で鋭いシルエット、少女の腕にも馴染む絶妙な長さ。
鞘には白い花の装飾が施されており、まるでルミエールの花を思わせた。
「先生、それは……?」
問いかけると、セドリックは静かに笑んだ。
「あなたの腕に合うよう、馴染みの鍛冶師に作らせました。
私の地元に住む、知る人ぞ知る名工の一品です」
そう言って、彼はその剣――レイピアを、私に差し出した。
「……この剣を、私に?」
「ええ」
ゆっくりと頷く。
その瞳には、師としての誇りと、どこか名残惜しさが混じっていた。
「免許皆伝の証、とでも言いましょうか。
私が教えられることはすべて教えました。
もっとも……あなたの剣は、すでに完成の域にあるようでしたが」
彼は言葉を区切り、ふっと柔らかく表情を緩めた。
「この剣は、そんな出来の良すぎる弟子への、ささやかな贈り物です。受け取ってください」
その瞬間、胸の奥が熱くなった。
(……弟子。私が、この人の弟子……)
たったひとりで幾度も死を繰り返し、誰にも理解されずに戦ってきた。
そんな私に、初めて“弟子”という言葉をくれた人。
それだけで、心のどこかが報われた気がした。
たとえまた時間が巻き戻り、この瞬間を失ってしまうとしても――
この記憶だけは、私の中で消えることはない。
「……ありがとう、ございます」
静かに礼を述べ、私はその剣を両手で受け取った。
そして、ゆっくりと鞘から抜き放つ。
金属の擦れる音が響いた瞬間、手の中にぴたりと馴染む感触が走った。
まるで、この剣が最初から私を選んでいたかのように。
「よくお似合いです」
セドリックの穏やかな声が、静かな庭に落ちる。
私は小さく息を整え、剣を軽く振った。
軽やかで、速い。
力を入れずとも、刃が空を裂く。
(この剣で――必ず)
アレクシスを倒す。
運命を変える。
私は新たな決意を胸に、一閃を放った。
その軌跡は、光を切り裂くように真っ直ぐで、美しかった。
そして――さらに幾周回を経て――学院の卒業式、決闘の日。
幾度もの死を越えて辿り着いたその瞬間、
ついに私の剣は、アレクシスの命へと届いたのだった。




