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Ep.6

「これが戦争ならば、策を弄するのも良いでしょう。

ですが――個と個の戦いにおいては、『この一撃で必ず倒す』という気迫がなければ、剣が死ぬ」


沈黙。

言葉を返せなかった。


「結果、どちらも身についておらず、全てが半端なのです」


私は唇を噛んだ。


「……それでも、私は勝たなければならないのです」


「であれば――答えは一つ」


その言葉に、私は思わず顔を上げた。


「魔法など覚えなくてよろしい。あなたには才能がない」


「……!」


「剣以外の全てをお捨てなさい」


「剣以外の、全て……?」


「そうです。無駄を削ぎ落とし、ただ剣を極めなさい。

策を弄するのをやめ、剣だけを見据えるのです」


セドリックは一歩近づき、私の木剣を指差した。


「無駄を削いで、削いで、削ぎ抜いたその先に

――あなたにとっての剣の頂が現れるはずです」


私は深く息を吐き、木剣を見つめた。


(剣の頂……)


胸の奥に、小さな灯がともる。


「……わかりました。ご指導、感謝いたします」


その瞬間、迷いが消えた。



それからも、戦いの日々は続いた。

セドリックのもとでの一ヶ月の修行。


アレクシスとの決闘。

敗北。

そしてまた――一月前に戻る。


五十回を超えるころ、セドリックの表情が明らかに変わった。


「……驚きましたね」


構えた私の動きを見て、セドリックが目を細める。


「なにか?」


「いえ……リリアナ様の剣、もはや熟練の域にあります。

まるで、何年も鍛錬を積んだ剣士のようだ」


私は微笑んだ。


「前に教えてくださった方の指導が良かったのでしょう」


「ほう……学院にはそれほどの教師が?」


(……まあ、あなたなんですけど)


心の中で苦笑しながら、私は木剣を構え直した。


――帰省期間の最終日。


「リリアナ様」


セドリックは静かに木剣を差し出した。


「私と立ち合っていただけませんか。

――ひとりの剣士として」


木剣を構え、息を合わせる。


一太刀目――。

鋭い音と共に、セドリックの剣が弾かれた。


驚愕が、その目に浮かぶ。


私の剣筋は流れるように、しなやかに、的確に。

何十度も死線をくぐってきた身体が、勝手に動く。


迷いのない攻撃。洗練された動き。

無駄がなく、研ぎ澄まされた技。


(最近剣を握ったばかりの少女のそれではない)


(考えるより早く、反射で次の技を繰り出す

――身体が覚えているのだ。しかし、この剣筋は……)


(まるで自分と打ち合っているようだ……!)


一合、二合、三合――。


鏡合わせのように打ち合う、もはや試し合いではない。

セドリックの表情はいつの間にか、真剣そのものになっていた。


木剣での模擬戦とはいえ、一瞬でも気を抜けば命を失う。そう感じさせる打ち合いだった。

十合目、セドリックは木剣を下ろし、静かに息を吐いた。


「……信じられません」


(この少女は、何かが違う……

この剣は、ただの訓練では身につかない)


(肉体的には歳相応の成長しかしておらず、むしろ技に身体が振り回されているようにも見える。

にもかかわらずその動きは、何十回、何百回と実戦を積み重ねた者のそれだ)


(……まるで、何度も死線をくぐり抜けてきたような剣)


私は木剣を収め、彼の言葉を待った。


「リリアナ様……技量だけなら、すでに私を超えているのでは?」


「まあ、嫌ですわ。まだまだです、セドリック先生?」


私がそう微笑むと、セドリックの口元もわずかに緩んだ。


「……もう一戦、お付き合い願えますか?」


「ええ、喜んで」



幾度となく繰り返してきた修練と決闘の中で、私はひとつの事実に気づいていた。


剣を振るう経験や感覚は確かに持ち越せる。

けれど――肉体の成長は、毎回リセットされるのだ。


どれほど筋肉を鍛えても、次に目覚めるとまた最初の状態に戻っている。

それはまるで、努力そのものを嘲笑うかのようだった。


(これでは、肉体的な鍛錬の蓄積が意味をなさない……)


そうして、私は思考を切り替えた。

“身体を鍛える”のではなく、“今の身体に合う武器を選ぶ”。


何度も試した。

両手剣、片手剣、短剣、槍――時には斧まで。

けれどどれも、私の身体にはしっくりこなかった。


何十回目かの挑戦の末、ようやく気づく。


――私に最も合うのは、細剣。レイピアだ。


軽く、扱いやすく、素早い動きに適している。

華奢な私の腕でも、確実に力を伝えられる。

筋力が足りないなら、速度と精度で補えばいい。


アレクシスの剣を正面から受け止めることなど不可能。

ならば、受け流し、躱し、そして――一点を突く。


突きは小さな動作で放てる。

相手の剣を捌き、ほんの一瞬の隙を突くには、それが最適だ。


そして、気づいた。

セドリックが修行で使っていた剣もまた、細身のものだった。


(やはり、あの方は……お見通しですのね)


セドリックも、最初からわかっていたのだろう。

私に向いている戦い方を。



その日、最後の修練が終わったときだった。


セドリックは一本の剣を手にしていた。

それは私の目を奪うほど美しい細剣――細身で鋭いシルエット、少女の腕にも馴染む絶妙な長さ。

鞘には白い花の装飾が施されており、まるでルミエールの花を思わせた。


「先生、それは……?」


問いかけると、セドリックは静かに笑んだ。


「あなたの腕に合うよう、馴染みの鍛冶師に作らせました。

私の地元に住む、知る人ぞ知る名工の一品です」


そう言って、彼はその剣――レイピアを、私に差し出した。


「……この剣を、私に?」


「ええ」


ゆっくりと頷く。

その瞳には、師としての誇りと、どこか名残惜しさが混じっていた。


「免許皆伝の証、とでも言いましょうか。

私が教えられることはすべて教えました。

もっとも……あなたの剣は、すでに完成の域にあるようでしたが」


彼は言葉を区切り、ふっと柔らかく表情を緩めた。


「この剣は、そんな出来の良すぎる弟子への、ささやかな贈り物です。受け取ってください」


その瞬間、胸の奥が熱くなった。


(……弟子。私が、この人の弟子……)


たったひとりで幾度も死を繰り返し、誰にも理解されずに戦ってきた。

そんな私に、初めて“弟子”という言葉をくれた人。

それだけで、心のどこかが報われた気がした。


たとえまた時間が巻き戻り、この瞬間を失ってしまうとしても――

この記憶だけは、私の中で消えることはない。


「……ありがとう、ございます」


静かに礼を述べ、私はその剣を両手で受け取った。

そして、ゆっくりと鞘から抜き放つ。


金属の擦れる音が響いた瞬間、手の中にぴたりと馴染む感触が走った。

まるで、この剣が最初から私を選んでいたかのように。


「よくお似合いです」


セドリックの穏やかな声が、静かな庭に落ちる。


私は小さく息を整え、剣を軽く振った。

軽やかで、速い。

力を入れずとも、刃が空を裂く。


(この剣で――必ず)


アレクシスを倒す。

運命を変える。


私は新たな決意を胸に、一閃を放った。

その軌跡は、光を切り裂くように真っ直ぐで、美しかった。


そして――さらに幾周回を経て――学院の卒業式、決闘の日。


幾度もの死を越えて辿り着いたその瞬間、

ついに私の剣は、アレクシスの命へと届いたのだった。

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