Ep.5
使用人や町の人々に、それとなく尋ねて回った。
「若くして王国軍で数々の武功を立て、ついには軍師の地位にまで上り詰めた男」
――それが、セドリック・モルデンという人物だった。
今から十五年ほど昔。
西方領がまだ王国に併合される前、当時は公国だった西方ウィンザー家との戦争が起こったという。
そのとき、敵の急襲を受けて将を失った部隊をまとめ上げ、
反撃の指揮を執り、見事勝利に導いた
――それが、彼の軍功の始まりだと聞いた。
けれど、それ以前の彼の出自や生い立ちとなると、誰も詳しくは知らなかった。
(アニメでも、確かそこまでは描かれていませんでしたわね……)
断片的にわかったのは、「北方の小貴族の家に生まれた子弟」という程度のこと。
◇
「彼は、王国北方の出身だったの?」
モブロックが疑問を挟む。
「ええ、ですがそれ以上の情報はわかりませんでした。
行き詰まったところで、私は前回の彼の言葉を思い出したのです」
「彼の言葉って……あっ」
――“あの白い花の名前を教えてほしい”。
あの言葉がずっと心に引っかかっていた。
だから私は、庭師を呼んで尋ねてみた。
「この木に咲いている白い花の名を、ご存じ?」
老いた庭師はしばらく考え込み、やがて答えた。
「「――“ルミエール”」」
同時に発せられたモブロックの言葉に私は目を丸くした。
「あなたも知っていたのね。
そう、あのルミエールの花はもともと、リリアナを産んですぐ亡くなった母の故郷の木。
母がエーデルハルト家に嫁いできた際に植えられたものだったのです」
「つまり、セドリックがその花を見ていた理由って……」
「ええ。セドリックも私の母と同郷の出身、それも幼馴染のような間柄だったそうです。
きっと故郷の花を見て、昔を懐かしんでいたのでしょう」
(その情報は、僕が思い出したものとも少し違う)
(セドリック・モルデンと悪役令嬢リリアナの母親にそんな関係があったなんて、僕にとっても初耳だ)
(僕が知っているのは、セドリック・モルデンを「攻略」する隠しルート。
主人公クリスより歳上の彼が過去の悲恋を匂わせるシーンで、
さりげなくその白い花の名が語られていたのだ)
(……初恋の女性が好きだった花だ、と)
◇
次の周回――
私は、あらためて彼のもとを訪ねた。
あの白い花――ルミエールについて、もう一度話してみようと思ったのだ。
「セドリック・モルデン様」
「これは、リリアナ様」
彼はいつも通り穏やかに頭を下げた。
けれどその視線は、やはり木の枝に咲く白い花に向けられている。
「随分とその花にご執心ですのね」
私がそう言うと、セドリックは一瞬だけ動きを止め、何も答えなかった。
風が吹き、白い花びらがひとひら彼の肩に舞い落ちる。
「その花は、母がエーデルハルト家に嫁いできたときに植えたものだそうです。
母にとって、とても大切な花だったと聞いておりますわ」
彼の表情がわずかに変わった。
遠い記憶を懐かしむように、穏やかな声で呟く。
「……そうですか」
その声音に、微かな痛みのような響きがあった。
私は、思い切ってさらに言葉を重ねた。
「モルデン様。ルミエールの花言葉をご存じですか?」
「いえ、存じ上げません」
「“愛するものへの帰郷の願い”――そう聞いております」
その言葉を口にした瞬間、彼の肩が小さく震えた。
私は黙って彼を見つめる。
これは、ある種の賭けだった。
(やはり……この方と母の間には、何かあったのですね)
セドリックは静かに胸元へ手を伸ばし、服の下から銀のペンダントを取り出した。
それを握りしめたまま、しばしの沈黙。
やがて、かすかな息を吐き、私に向き直った。
「……ありがとうございます、リリアナ様」
彼の声は低く、けれどどこか晴れやかだった。
何か、長い年月の中で封じ込めていた思いに、ようやく答えが出たような――そんな声音。
私はただ、静かに頷いた。
理由はわからない。けれど確かに、彼の中で何かが変わったと感じた。
そして、セドリックは表情を引き締め、私を見据えた。
「ところで……リリアナ様。私になにか御用でしょうか」
その言葉に、私は背筋を伸ばした。
「折り入って、剣の達人であるモルデン様にお願いがございます」
「……伺いましょう」
「私に、剣を教えていただきたいのです」
「理由をお聞きしても?」
少しの間、風の音だけが響く。
私はまっすぐに彼を見つめた。
「どうしても、倒さなければならない敵がいるのです」
長い沈黙が流れた。
セドリックは目を閉じ、何かを思案するように息を整えた。
そして、やがて静かに目を開く。
「……わかりました」
穏やかだが、力のある声だった。
「どこまでお役に立てるかわかりませんが――力をお貸しいたしましょう」
◇
「そうして私は、セドリックから“剣を教えてもらう”というルート確立に成功したわけですわ」
あのときの感覚を思い出しながら、私は口にした。
けれど、剣を磨けば磨くほど、皮肉なことにアレクシスの強さが骨の髄まで理解できてしまった。
どれほど剣を振るっても、その背中は遠い。
「そこで私は、保険として別の手段も併用してみようと考えました」
「保険って?」
私は右手を掲げる。
掌の上に、小さな火の玉がふっと浮かび上がった。
赤い光が瞬き、周囲の空気が熱を帯びる。
火の紋晶魔法――私が独学で身につけた魔法だった。
学院は休暇中で、教師の指導は受けられなかった。
だから、魔法はすべて独学。
書庫にある古文書を読み漁り、試行錯誤の末にようやく成功した。
どうやら、このリリアナの身体にはもともと火の魔法の才能が眠っていたらしい。
出せるのは、せいぜい小さな火球ひとつ。
アレクシスのような相手に通じるほどの威力はない。
けれど、魔法という“選択肢”を突きつけることができるなら、それだけで意味がある。
「……最初はそう考えていました」
◇
昼はセドリックのもとで剣の訓練。
夜は独学で魔法の研究。
気づけば、魔法を剣と組み合わせる戦法を考えるようになっていた。
剣を振るいながら魔法を放つ。
炎の勢いを剣に纏わせる――そんな応用も試した。
そして一月が過ぎるたびに、私はまたアレクシスと対峙した。
まるで、訓練の成果を確かめる試験のように。
だが――何をどう組み合わせても、勝てなかった。
周回を重ねるほどに技は洗練されているはずなのに、
それでも届かない。
(どうして……? どこで間違えているの……?)
焦燥が、少しずつ胸の奥を侵食していった。
そんなある日のこと。
稽古の合間、私の内心を見透かしたように、セドリックが言った。
「――お捨てなさい」
「……捨てる、ですか?」
「あなたには、誰か倒したい相手がいるのでしょう。
その理由を詮索するつもりはありません。
ですが――今のあなたは、手段に囚われすぎている」
言葉が胸に突き刺さる。
「剣も魔法も、どちらも使える状態ではない。
あなたには少々剣の才があるようですが、それも凡人の域を出ません。
その程度の魔法を添えたところで、一流の武芸者には通じない」
そう言って、セドリックは私の火球を一閃。
木剣の軌跡が空気を裂き、炎は瞬時に掻き消えた。




