Ep.9
犯人は暴けた。
だが、この事件が反乱前の不祥事として広まれば、ウィンザー公爵は必ず計画の中止を命じる。
それでは断罪イベントに間に合わなくなる。
そんなこと、絶対に許されない。
(……流れを変える)
私は一歩、セシルに近づいた。
焦りを押し殺し、あくまで優雅に微笑む。
「――ほほほ……! あぁ……おかしい!」
思わず吹き出す。
張り詰めた空気が、一瞬だけ軋んだように揺れた。
「何がおかしい?」
セシルが低く問いかける。
私はくすくすと笑いながら、息を整えて言った。
「いえ……あなた、今なんとおっしゃいました?
“か弱い女性”? “フェアじゃない”?」
ゆっくりと、腰の細剣に手をかける。
鞘から抜ける瞬間、金属音が静寂を裂いた。
「私が? “あなたごときより”弱いですって?」
セシルの表情が変わった。
その僅かな歪みに、私は確信を得る。
アニメで見たあのシーンが脳裏をよぎる。
「女みたいな顔しやがって」と笑われた敵を、
血の海に沈めた、あの場面。
「……あら、ごめんなさい。うっかりしていましたわ」
わざとらしく口元に手を当て、嘲るように微笑む。
(これは賭け。でも――流れを変えるには、これしかない)
「剣よりも、“ダンス”でお相手したほうがよかったかしら――お嬢さん?」
空気が、一瞬で凍りついた。
セシルの瞳がゆっくりと細まり、深く冷たい光を帯びる。
まるで氷の下で雷が鳴るような、静かな怒り。
「……言ったね」
その声は低く、震えるほどに冷たい。
底には、押し殺した怒りが確かにあった。
私は唇の端をつり上げた。――狙い通り。
◇
――現在。
「リリアナ、その“お嬢さん”って煽り……とんでもない地雷だよ」
モブロックが呆れたように言った。
彼は少し真面目な顔をして続ける。
「セシルにはね、誰よりも“男らしさ”に執着する理由があるんだ」
私は静かに耳を傾けた。
「彼、幼いころさ。家の政略の都合で女装を強いられてた時期があったんだよ。
細い体に整った顔立ち、声まで高くて、周囲からは“セシリアお嬢様”って呼ばれていたらしい」
(……セシリアお嬢様、ね)
想像してみたら、思わず苦笑が漏れた。
あのセシルが、そんな屈辱を味わってきたなんて。
「それが、彼の中で深い傷になったんだ。
だからこそ、“男らしく”“正々堂々と”が彼の口癖になった。
戦う時も絶対にフェアプレイ。
――あれは単なる気取りじゃなくて、信念なんだよ」
モブロックの言葉に、私は小さく頷く。
なるほど、あの時あれほど怒った理由がようやくわかった。
唇に指を当て、ふっと笑みを漏らす。
あの時のセシルの目――氷のように冷たく、けれど確かに“人間らしい怒り”が宿っていた。
今思えば、あれは彼なりの“誇り”だったのだ。
「効果はてきめんでしたわ」
私は不敵に笑った。
「いや、それ完全に喧嘩売ってるでしょ……」
モブロックが額を押さえる。
「セシルを排除するには、どうしても“決闘”という正当な形が必要でしたの。
毒も密約も、これ以上は泥沼ですわ。――だから、挑発したのです」
カップの中で、紅茶がゆらりと揺れる。
琥珀色の液面に、自分の笑みが歪んで映った。
「彼の誇りを、真正面から踏みにじってでも」
◇
セシルはわずかに目を伏せ、静かに息を吐いた。
次の瞬間、鞘から閃光が走る。
「ぐっ……!」
鋭い音。
双剣が抜かれ、空気が震える。
魔法双剣。
淡く光を放ちながら、雷を纏う細身の刃。
その光が床を照らし、壁を照らし――私の瞳にも映り込んだ。
「リリアナ、僕は君に――決闘を申し込む」




