Ep.6
床に魔法陣が浮かび、雷の紋が奔る。
次の瞬間、閃光が彼の剣を包み込んだ。
「雷よ、剣に宿れ――!」
バチバチッという音とともに、光が弾ける。
稲妻の熱が肌を焼き、呼吸すら奪われる。
(……この魔法、アニメで見た《ルミナス・フェンサー》。
雷と光の二属性を融合させた高位剣術魔法)
逃げ場はない。
正面から受けるしか――!
「行きますわ!」
叫びとともに踏み込み、細剣を閃かせた。
だが――
バチィィッ!!
電撃が走った。視界が真っ白に弾ける。
腕から力が抜け、指先が焼けるように痺れる。
「く……ぁっ!」
剣が手から滑り落ち、床に転がる音が響いた。
「しまっ――」
言葉を言い切る前に、セシルの姿が消えた。
次の瞬間、雷光が私の目の前に迫る。
光の刃が、胸を正確に貫いた。
「――っ」
息が喉で詰まり、視界が揺れる。
熱と痛みの中、身体が後ろへと崩れ落ちる。
冷たい石床が頬に触れ、遠くで炎の音がくぐもって聞こえた。
(……次は……負けませんわ……)
それだけを心に刻みながら――
私は、再び闇の底へ沈んでいった。
◇
「……また想定外ですわね」
静かに目を開けると、視界に広がったのは見慣れた天蓋だった。
柔らかなシーツの感触。
窓の隙間から差し込む朝の光が、白く私の頬を照らす。
――また、ここに戻ってきたのね。
息を吐くように呟く。
すでに数え切れないほど繰り返してきた“朝”のはずなのに、
胸の奥に広がるこの虚脱感は、いまだに慣れない。
「……ふふっ。なかなか思い通りにはいかないものね」
唇に笑みを浮かべてみせた。
けれど、胸の内側にあるのは苦い悔しさだけ。
燃え盛る屋敷、焼け焦げた空気、血と雷の匂い。
あの夜の光景は、今でも鮮明に焼きついている。
――セシル。
ウィンザー家。
密約を交わしたはずなのに、彼らは私たちを裏切った。
(いったい、何が起こっているの……?)
私の知らない何かがある。
単なる誤解や偶然ではない。
この世界の“運命”そのものが、私の行動を阻んでいるような――そんな気配。
「……こうなったら、自分の目で確かめるしかありませんわ」
カーテンを開くと、朝の光が一気に部屋を満たした。
冷たい床に素足を下ろし、ベッドから身を起こす。
指先にまだ微かな震えが残っている。
けれど、それでも立ち止まるつもりはなかった。
「西方で……いったい何が起こっているのかを」
鏡の中の自分が、静かに私を見返している。
恐れも迷いも、もう必要ない。
私は再び、運命に抗う剣を取る。
何度でも。何周でも。
たとえ、この世界そのものが私の存在を拒もうとも――。
◇
「密約が……反故にされた?」
再びこの時間に戻った私は、前回の記憶を整理しながら、父――エーデルハルト公爵のもとへ向かった。
破滅の未来を回避するため、前の周回で起こった出来事を包み隠さず話す。
「……前回、密約を交わしたはずのウィンザー家が討伐軍として現れました。
そして、その旗を掲げ、最前線に立っていたのは――セシル・ヴァン・ウィンザー」
父の目が細められる。怒りではなく、深い警戒の色。
「……裏で何かがあったのか」
「ええ。理由はまだ見えません。
けれど――西を敵に回したままでは、国取りは叶いませんわ」
私の言葉に、父は重々しく頷いた。
「その通りだ。だが、どうする?」
答えは、もう決まっている。
考えるまでもない。
「私が行きますわ。西方へ。
直接、ウィンザー公爵とお話をして、真意を確かめます」
沈黙が流れた。
父はじっと私を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……いいだろう。お前の覚悟は、見せてもらった。
エーデルハルト家の代表として見極めてきてほしい」
私は深く頭を下げた。
胸の奥で、静かな炎が再び燃え始める。
(あの“裏切り”が、どんな思惑の上で起きたのか――
そして……セシル。あなたの真意を、私がこの目で確かめますわ)
次こそ、この手で真実を掴む。
再び悲劇を繰り返させないために。
ウィンザー家を真の共闘者とし、運命を変えるために。
――私の“運命への挑戦”は、次なる舞台へと進んでいく。
◇
「きゃああああああっ!!」
耳をつんざく悲鳴が、夜会の広間に響き渡った。
倒れ伏したのは――私。
絨毯の上に崩れ落ち、唇の端から血がこぼれる。
吐き出された赤が、倒れたワインカップの中身と混ざり合っていくのが見えた。
(……あら? どうして、こんなことになったんでしたっけ?)
頭がぼんやりと霞んでいく。遠ざかる意識の中で、人々の叫び声が断片的に聞こえた。
「リリアナ嬢!?」「誰か、医師を――!」
駆け寄ろうとする侍女たちを、ウィンザー公爵が手で制した。
彼の表情には驚愕と混乱が入り混じる。
――そして、その傍らにただ一人、黙したまま立つ青年の姿があった。
双剣を腰に帯び、ゴーグル型の眼鏡をかけた細身の青年。
セシル・ヴァン・ウィンザー。
その瞳が、冷たくも苦しげに私を見下ろしていた。
◇
数時間前。西方領都、港町リグニス。
入り組んだ運河と街路が交錯する、水の都。
私は、ウィンザー家の居城――風楼館の応接間で、公爵と対面していた。
「ふむ……これはまた驚いたな」
ウィンザー公爵、ヘルマン・ヴァン・ウィンザー。
銀の縁眼鏡を指先で押し上げながら、私の手紙を何度も読み返している。
「“不敗の銀狼”セドリック・モルデンが、我らの味方につくと……?」
「ええ。セドリック様は、私たちの覇業を支えると約束してくださいましたわ」
私は穏やかに微笑み、まっすぐに彼の瞳を見返した。
王室の圧政を正し、新たな秩序を築く――そのための協力を求めて、ここまで来たのだ。
「私たちは、無秩序な革命ではなく、秩序ある改革を望んでいます。
そのためにも、西方のお力添えをお願いしたく」
「……ふむ」
公爵は目を閉じ、椅子の背に深く体を預けた。
「十年ほど前、私はあの男と戦場で刃を交えたことがある。
陣形の綻びを即座に突かれ、我が軍は瓦解した……厄介な敵だったよ」
敵将を評するその声には、憎悪ではなく、かすかな敬意が滲んでいた。
「そんな手強い男が味方になるならば……勝利は約束されたも同然だ」
「では――」
「エーデルハルト公に伝えなさい。“時期の件、承知した”と。
西方は、北方に同調する」
私は深く頭を下げた。
(これで、第一関門突破ですわね……)
しかし、公爵の隣に立つ青年――セシル・ヴァン・ウィンザー――だけは、違った。
その表情には、わずかに陰が差していた。
「……父上。本当に良いのですか。
今この決断を下せば、無用の血が流れることになります」
「承知の上だ、セシル」
ウィンザー公爵は笑みを浮かべた。
「我らの立場を示すためにも、客人をもてなさねばならぬ。
貴族社会では、それが礼儀というものだ」
「リリアナ嬢も、今宵の宴にご出席を」
「光栄ですわ、公爵閣下」
私が微笑むと、セシルのこめかみがぴくりと動いたのを見逃さなかった。
――あの表情。
まるで、私がここにいることそのものを拒絶するかのように。
そして、夜が訪れた。




