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Ep.5

その声に、私は息を呑んだ。


あの“断罪イベント”が、まさにその日に行われる。

運命を変える日を、私たちは戦の起点に定めたのだ。


「お前の話を聞いて決めた。これ以上、時を失うべきではない」


公爵は低く言いながら、すでに筆を取っていた。

あの落ち着いた筆遣いで、密書を書き上げる姿を、私は息を殺して見つめる。


「西方とは話がついている。すぐに密書を送ろう」


「西方……ウィンザー公爵家、ですね?」


「そうだ。西と北が同時に蜂起すれば、王都を挟み撃ちできる。

東は王家に忠誠を誓っているが、動きは間に合わぬ。初撃で決める」


公爵の瞳には、明確な光――戦略家としての炎が宿っていた。

その光を見た瞬間、私は確信した。


この人こそが、この国を変える力を持つ唯一の存在だと。

そして、その傍に私がいる。


「アレクシスの始末は――お前に任せる、リリアナ」


公爵の声が静かに響いた。

その言葉に、血が騒ぐのを感じた。


娘としての情ではなく、一人の戦士として託された“使命”。

それを背負う覚悟が、今なら確かにある。


「承知しました。必ず、仕留めてみせます」


そう告げたとき、私の声は震えていなかった。

幾度もの死を経て、ようやくこの瞬間に辿り着いたのだ。


公爵は一度だけ頷き、視線を再び地図へと戻された。

夜の帳がゆっくりと降りる。

蝋燭の灯が、二人の影を壁に映し出していた。


――希望と決意に満ちたその一夜から、悲劇の幕が上がるとも知らずに。



数日後。


朝の冷たい風が、北方を揺らした。

執務室の扉が乱暴に開かれ、息を切らした伝令が飛び込んできた。


「王都より急報! 討伐軍が編成されたとのこと!

我らエーデルハルト家に対し――謀反の疑いにて討伐を命ずる勅が下りました!」


「……なに?」


公爵の声が低く響いた。

私は思わず息を呑む。


「まだ挙兵もしていないというのに……!」


机の上の書類が、拳の衝撃で跳ね上がる。

怒りのこもった声が、部屋中に響き渡った。

けれど、伝令の報せはそれで終わらなかった。


「討伐軍には、中央軍に加えて東方軍……さらに……!」


公爵の目が鋭く光る。

伝令は青ざめながら、震える声で続けた。


「……さらに、討伐軍の中に、西方ウィンザー家の旗がございました!」


「――なんだと……?」


その瞬間、空気が凍りついた。

鼓動の音が、やけに大きく耳の奥で響く。


「西が……裏切った……?」


公爵の手にしていた地図が、握りしめられたまま音を立てて潰れた。



戦いは、一方的だった。


圧倒的な兵力により、北方領は三方から包囲され、蹂躙された。

セドリックが駆けつけてくれたものの、状況は絶望的だった。


どれほど兵たちが勇敢でも、数の差は埋められない。

空は赤く燃え、地は裂けるように揺れていた。


矢の雨が降り注ぎ、砦が崩れ、絶叫が夜を覆い尽くす。

その最中――私は見た。


炎の向こうに、父の姿を。

公爵は指揮を執りながら、最後まで退かなかった。


けれど、矢が胸を貫いた瞬間、その巨躯が崩れ落ちた。

遠くで、誰かが「公爵が――!」と叫ぶ声。


世界が、音を失った。


(あ……)


その瞬間、何かが胸の奥で静かに――確かに、壊れた。



「正門を突破されました!」


誰かの悲鳴のような声が、焼け焦げた空気の中を突き抜けた。

もう――逃げ場はない。


屋敷の外では火が爆ぜ、窓の外の空は血のように赤く染まっている。

焦げた鉄と灰の匂いが鼻を刺し、息をするたびに胸が焼けるようだった。


私は大広間の中央に立っていた。

かつては晩餐と笑いが満ちていたこの場所に、今は焼け焦げた絨毯と倒れた兵の影しかない。


足音が響いた。


「……終業式以来だね、リリアナ」


低く、乾いた声。

姿を現したのは、セシル・ヴァン・ウィンザー。


ゴーグル越しの瞳には、あのアニメで見たような優しさも、貴族然とした気品もなかった。

そこにあるのは、任務を遂行する者の冷たい決意。


「あなたが一番乗りですのね」


私は皮肉めいた笑みを浮かべた。

笑うしかなかった。――すべてが崩れ去ったこの状況で、気丈に立つために。


「一応、昔なじみとして忠告しておくよ。降伏してくれないかな?」


その声音の端に、かつての彼の面影がかすかに滲んでいた。

それでも、私は首を振る。


「答えは――」


細剣の柄を握り、静かに抜く。

月光を反射した刃が、薄暗い大広間の中で一瞬きらめいた。


「抵抗するってこと? 意地かい? 君、剣なんて使えないだろ?」


セシルの声が、わずかに侮蔑を含んで響く。

私は何も言わず、ただ構えを取った。

その一動作に、私のすべての答えを込めて。


「……ま、いいけどね。どうせ反逆罪は縛り首だ」


そう言って、彼――セシルは腰の二本の剣に手をかけた。

金属が擦れる乾いた音とともに、刃が引き抜かれる。


《ルミナス・フェンサー》


詠唱が響いた瞬間、空気が震えた。

光が走り、セシルの両手の剣に白い輝きが宿る。


――あのゲームの中で、何度も見た魔法剣。

画面越しでは美しくて、まるで幻想のようだった。


けれど、今は違う。

その光の中に、確かな“死”があった。


「……やはり、こうなりますのね」


唇を噛み、私は細剣を構え直す。

燃え盛る屋敷の中、光と炎が交錯した。



――そして現在。


「え、ちょっと待って。君、セシルともやりあったの!?」

モブロックが目を見開き、呆れ半分、恐れ半分といった声を上げた。


「ええ、まあ」

私は軽く肩をすくめる。できるだけ淡々と、何でもないことのように。


「“まあ”って……! あのセシル・ヴァン・ウィンザーだよ!?

原作じゃアレクに次ぐ人気キャラで、アレクに対抗心燃やしてるし、実力も作中トップクラスだよ!?

そんな彼と本気で戦うとか、どうかしてるって!」


興奮気味のモブロックの言葉を、私はそっけなく聞き流した。


「そうですの。……で?」


「で、じゃないよ! もうちょっとリアクションしてくれない!?」


私はわざとらしく髪を整え、涼しい声で言った。


「興味ありませんわ」



金属が打ち合う音が、屋敷中に響いていた。

剣と剣が擦れ、火花が散るたびに、焦げた空気が肌に刺さる。


「――はぁっ!」


思考より先に、身体が動いていた。

セドリックに教わった構え。


アレクシスとの死闘で掴んだ間合い。

すべてを重ね合わせて、私は目の前の敵を追い詰めていく。


セシルの瞳がわずかに見開かれた。

驚きと――ほんの少しの焦りが混じる。


「……鋭い!」


彼の双剣が交差し、火花が散る。

けれど、その防御はぎりぎり。

剣筋を読めていない。完全に、私の速度に遅れを取っている。


「君……本当に、あのリリアナなのか?」


その問いに、私は答えなかった。

言葉よりも、刃で語る方が早い。


突き、薙ぎ、返し――

金属の軋む音が、鼓動と重なる。


(悪くありませんわ。でも、まだ足りない)


セシルの額に汗が滲み、呼吸が荒くなる。

彼の視線が泳いだ、その瞬間。


「……いいね」

彼は笑った。


「そう来なくちゃ」


双剣が淡く輝き始める。

嫌な気配――魔力が空気を圧迫していく。


「じゃあ、僕も本気を出そうか」

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