EP13:一人の想像:現在
リセの矢が、獣のすぐ横をすり抜けていく。
獣はその場から動かなかった。
獣は、彼女の顔をただ見つめていた。
まるで、何かを……焼き付けようとするように。
リセの目に戸惑いが浮かぶ。
「……なぜ、避けないの?」
獣が唸る。
小さく、呻くように震えながら、地を爪で掻きむしった。
「ーーーどうして…っ!」
その声は、たしかに人間のものだった。
けれど、吐き出された瞬間には、獣の唸りに飲まれて砕けていく。
真紅の獣が、吼えた。
「見るな!!」
その声は、怒りでも威嚇でもない。
あまりにも、あまりにも哀しい拒絶だった。
地面が、崩れる。
周囲の瓦礫が、赤い炎に巻かれて黒煙をあげる。
獣の影が、焼かれた世界の中でひとつに凝縮されていく。
それはまるで、自分自身を炎で包み込んで焼き尽くそうとするようだった。
「見るな……」
獣の目から、赤くもなく、黒くもなく、
色を持たない涙が流れた。
リセが、なぜか足を止めた。
震える矢筒に、手を伸ばしかけたまま、思い至った。
それは最悪の想像。
その恐ろしい思いつきにリセの体は動けなかった。
ーーー
真紅の獣が駆け抜ける
足音はなく、切り裂かれた空気の波
揺らめく真紅の輝きだけが観察者の目に焼き付けられる
温度は後からくるのだ
焼かれ
吹き散らされた後に…
ーーー
積み重なる瓦礫の山が、真紅の獣を覆い隠す。
それは残酷なことに、いつかの隠れ家のように殻となって。
カアレの意識は、途切れ途切れにつぎはぎされていった。
暗闇、風、炎、金色の輝き、後悔、懺悔、身を切るような熱、そして甘い香り――。
いくつもの場面と思いが、際限なく重ね合わされる。
そのほとんどが、嫌悪と、罪深い怒り。
それらが幾重にも重なって、カアレを刺し貫いていく。
「……ちがう……」
うずくまる真紅の炎が、かすかに低い唸りを漏らす。
「ちがうんだ、僕はただ……」
埋め尽くされる痛みの連続。
その合間に、ほんのわずかな、金色の光――。
リセの記憶だ。
なぜかいつも浮かんでくるのは――怒った顔だった。
・・・正面から見てくれる瞳だった。




