表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

EP14:一人と一人と:現在

温度を下げながら太陽が落ちてくる。温められた空気が逃げ出すようにすこし足を速める。


 


リセは静かに、腰の短剣を鞘ごと外し、地面へ置いた。


刃は鳴らなかった。ただ、土にかすかに触れた音だけが、風に溶けて消えていった。


――短剣は、最後の武器。


それを捨てるということは、過去を、戦いを、そして「自分」すら晒すということだった。


「これはわたしの牙」


一歩前に出るリセ。




対面するカアレの肩が、ふっと揺れた。


彼の目に宿っていた赤い光が、わずかに色を和らげていく。


呼吸が、浅く静かになっていく。


にじるように下がるカアレ。


先ほどまで咆哮に満ちていたその身体が、まるで内側に沈んでいくように、ひとつ圧をさげる。




互いの息が、ひとつの波のように、ゆっくりと揃っていった。




リセは立ったまま、両手を背中へ回し、ガーターの留め具を外した。


金属の小さな音がひとつ。細いベルトが、するりと彼女の太ももを伝い落ちる。


獣の前で防具を捨てるのは、本来―― 速やかな死を意味する。


「これはわたしの守られたい弱さ」


また一歩すすむリセ。


 


見つめるのは、カアレ。最恐と呼ばれた存在。


そして、十年前、ただ彼女を「守りたい」と願った存在。


カアレは何かをこらえるように、ひとつ深く、鼻で息を吸った。


その胸の奥で、何かを噛み殺すように沈黙する。


皮膚の裏側に潜んでいた圧がまた下がる。


怒りの核だった炎が、輪郭をなくしていく。


カアレは下がらなかった。


 


しばしの沈黙が、二人をつなぐ。


必要なことは言葉の外側にあった。


 


リセは片腕のこてを外し、それを自分の足元に落とした。


草をかすかに揺らす鈍い音。土に沈んだ鉄。


 「……わたしは、もう……誰かに守られるばかりの子供じゃない。」


彼女はそう言ったが、声には力を込めなかった。


ただまっすぐに伝わるように。


わずかに進むリセ。


 


カアレの瞳の奥に、何かがふっと灯った。


今度は視線をそらさず話せる。


あの時に彼がなるべきだった「声を聴ける自分」が、今ここにいた。


カアレはとどまった。


 


リセは胸当てに手をかけた。


鉄の留め金が外れ、ゆっくりと手前に滑り落ちる。 心臓を守る防具。


その下にあった布地が風に撫でられ、わずかに震えた。


ハンターは今、一人のひととしてそこに立っている。


きざむように進むリセ。もう獣の間合いだ。


 


カアレは眉をひそめた。


まるでその仕草が、彼にとって苦しみのように見えた。


だがそれは、怒りではなかった。


その瞳に浮かぶのは、悔いにも似た、けれど赦しに満ちた――まなざし。


彼の内側で、獣が完全に声を失っていた。


もはや咆哮はない。牙も、爪も、闇も。


ただひとりの男が、ただ彼女を見つめていた。


 


 「……ありがとう」とリセはつぶやく。


そして心の中で祈るように――ありがとう。もう、あなたが苦しまなくてすむことに。


リセは真っすぐに見つめる。あの日のように。


 


カアレの膝が、かすかに折れ輪郭の炎がうすれた。


一度目を伏せるが、覚悟をもってリセを見つめる。


「目を閉じても、そこにずっと僕のあやまちがある。」


その胸の奥、嫌悪、驚愕、焦燥、深い傷跡としてそれは刻まれている。


 


リセの最後のベルトは弓。弓は獣を退ける道具。なくしてはいけないと言われた使命。


そっと横に置いた。ありがとうを添えて。


「それでも…わたしも一緒に生きたい。」


すっとリセのほほを涙がつたう。はにかむようなほほえみを添えて。




風が吹いた。草が鳴いた。


 何も持たぬ彼女が、ただそこにいた。


 そしてそれで、すべてが満ちていた。


 


リセの後ろに戦う道具が並び落ちている。


真紅の獣もいなかった。




リセがそっと手を伸ばす。


 カアレも、握っていた拳を解く。


 ふたりの指先が、ようやく触れたとき――


  世界が、そっと息をとめた。




 


──遠く、鳥が鳴いた。


 夕焼けの空は穏やかに晴れていて、


 風はただ静かに、なにかを寿ぐように吹いていた。


ーーーー


闇にうまれし もののこえ


やさしき獣も すくいたい


月のひとみが それを見た


ちいさな勇気に光を祝した


……


夜のおわりに弓を持ち


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ