クランガルド
リレイラから帰国した翌日の事だった。
朝議でリレイラの報告を済ませ、執務室に戻り、山のように積まれた書類の確認と決裁をしていたリオンの元へ、騎士団員が飛び込んできた。
「ご無礼、お許しください。只今、城門前に、急に1人の男が現れまして、帝国貴族クランガルド当主であると話し、宰相様へ火急の要件で参ったと申しております。」
「早かったな。1人、と言ったか?」
帝国から何らかの動きがあるだろうと思っていたが、タイミングを見図られたような迅速さ。
一体、どのような思惑を持っての接触か。
「はっ。門前に急に現れたもので、従者も何もなく、1人でございます。」
タリスも、転移する際には1人でふらりと現れる。
同時に他人も連れて移動できるのは近場かよく知った場所だと言っていたな。
本物か。帝国から転移できるというのか。
そう考えると、寒気がするな。
「今はどこで?」
「装束から非常に目立ちますれば、城門横の兵士詰め所にて待っております。」
「そこに行こう。カイウスも呼べ。」
王城内には結界が張ってある。
わざわざ、目的のわからぬ者を結界内へ通すわけにはならない。
詰め所の前で、騎士団副団長カイウスと合流する。
詰め所には、数人の騎士が重苦しい雰囲気で帝国からの客人をもてなしていた。
「お待たせした。」
部屋に入り、リオンが声をかける。
スッと立ち上がった男は、グレイにやや緑が入った不思議な髪色をしている。
帝国の長衣の衣装。両手に嵌められた数本の腕輪や魔力を帯びた指輪が目に入る。
いかにも、魔術師という出で立ちだ。
「先ぶれも無く、面会を求めた無礼を許されよ。クランガルド当主ダクロスだ。今日、私は帝国としての来訪では無く、私人として参った。」
「ほう。では、ご用件を伺いたい。」
「ああ。わかっている。が、ここでは幾分、風通しが良すぎる。ここには防音の結界が無いようだ。大勢の前で話せる内容でも無くてな。室内に結界を展開する許可をいただきたい。それから、人払いを。」
周囲に居合わせている騎士達の緊張が高まる。
「貴殿の結界の中に入れと申されるか。」
リオンの言葉に、頷くダクロス。
「貴殿の魔術師を呼んでいただいても構わない。私の目的はそちらにある。」
「なるほど。では、そうしよう。騎士団員。カイウスを残して下がれ。心配は要らぬ。」
騎士団員が部屋を退出するのを待って、タリスを呼ぶ。
「タリス。聞こえているだろう。君に客だ。」
いつもはすぐに現れるタリスが来ない。
「警戒されても仕方あるまい。私とて、すぐに会えるとは思っていない。何しろ、こちらは一方的にお願いに来た立場だからな。」
「お願い?」
カイウスが尋ねる。
「そうだな。だが、詳しい話は、人が聞く所では出来ないのだが・・・。」
そう言って、言葉を濁すダクロス。
「タリス。見ているんだろう。来い。」
もう一度、リオンが呟く。
室内に、フッとタリスが現れる。
「・・・。」
いつになく、無言だ。
「タリス。結界を。」
リオンの言葉に、黙ったまま、タリスが結界を展開する。
「感謝する。東の守護者殿。」
「・・・タリスだ。」
「よろしく、タリス殿。」
ダクロスが話す。リレイラに同行しておらず、理由のわからないカイウスが眉をひそめる。
「座って話を聞こう。」
リオンが促し、4人が詰め所の席に着く。
「話しを始めるにあたって、彼はこの場で秘密を共有するに値するか?」
そう言ってカイウスの事を尋ねるダクロス。
「ああ。大丈夫だ。」
リオンが頷く。
「では、単刀直入にお願いしよう。東の守護者殿。我が末の妹サクヤを娶ってもらいたい。」
ダクロスの言葉に、固まったままのタリス。
「理由を聞かせてもらっても?」
タリスの代わりにリオンが問い、ダクロスが話し始める。
「これは我が一族の伝承であり、東の守護者タリス殿にも本来伝承されるべき事柄。それから、元々、古来の人々は当たり前の事として知っていた事であり、今の人間には忘れ去られたと言っても過言ではない伝承。」
そう言って、言葉を一旦切り、考えるダクロス。
「ラトル神の神話の中の序章。その中の1節に、混沌の中、世界を回り、神に世界を報告する小鳥が出てくる。小鳥は報告と同時に、世界を飛び回ることで、世界を安定に導く。小鳥に比喩されたのが、我々クランガルド、そして、東大陸に渡ったクランチャード。」
「クランチャード?」
呟いたカイウスに、仕方なくという様子でタリスが口を開く。
「ごめん、カイウス。君にもいつか言わなければと思っていたんだ。僕はクランチャードの血を引く生き残りだ。リオンには、とっくにバレていたんだけどね。それで、クランガルドの当主殿。確かに、僕はちゃんと受け継いだわけではない。僕の父も、まともに伝承なんて聞いていないからだ。だが、どうしてそれが貴女の妹を娶るという話になる?」
初めて、タリスがダクロスを正面から見て言う。
「ああ。伝承を知らずとも、最低限のクランチャードの使命は解っているのだろう。だから、東大陸がなんとか保っている。妹を娶ってもらいたい、というのは、私の我儘なのだよ。本人が望んだ訳では無い。それに、そんなに活発な娘ではないからね。私の妹が夢見であることは知っておられるかな?」
そう言って、少し、ダクロスは寂し気に微笑んだ。
「夢見?異能を持ち、過去や未来を見ると聞いた。」
「その通りだ。クランガルドの者には、まれに夢見が現れる。ただ、夢見は夢を見るのと引き換えに、視力を失う。」
「・・・病気だと話されていたが。」
「そうか。帝国内では、サクヤの夢見の力は知れ渡っている。病弱を理由に守ってきたが、どうしてもその力を欲する者達がいる。一昨日、帝国の公爵家から縁談の話が来た。わざわざ、帝王に根回しをしてな。これ以上は、断れないだろう。私は妹を逃したいのだ。」
「どうしてそこまでして縁談を断りたいのかわからない。」
「このまま何もしなければ、帝国で嫁げば5年以内に自分は死ぬと、サクヤ自身が言うのだよ。」
沈黙が支配する。
「・・・なぜ、僕なんですか。」
やっとのことで紡がれた言葉。
「なぜだかは私も知らない。ただ、あの子は小さい時から夢を見ると、父や私に報告していた。夢が外れたことは無い。選択し得るような、似たような夢を見た時は最良の方を取るように、我々も動いて来た。あの子が夢見でなければと、何度思ったか。私にとっては年の離れた可愛い妹でね。一族総出で守ってきたし、これからもそうするつもりだったのだよ。」
「娶ってほしいというのは、兄としての勝手な願いだ。あの子が見た夢は。君といて笑っていたという事だけ。もしも、それであの子の命が救われるのならば、我々は、そこに賭けてみる事にした。妹が気に入らないというならば、娶らなくてもいい。お願いする。あの子を傍に置いてくれないか。」
「僕はただの平民ですよ。」
ぽつりと、タリスが呟く。
「妹が救われるかもしれない、ただ一つの可能性を、貴族や平民などというくくりでは気にしないな。実際、クランガルドは一度、隠遁して貴族籍を剥奪されたような家だ。」
そう言ったダクロスを見て、リオンがフッと笑う。
「クランガルド卿、私はあなたの正直なところは嫌いではないな。タリス。君の事だ。こんな話を聞いたらどうせ断れないだろう。娶る、娶らないは置いておいて。とりあえず、預かったらどうだ。」
「・・・わかった。」
ぽつりとタリスが言う。
「感謝する。タリス殿。妹は、魔力が少なく、魔術をほとんど行使できないため、魔石を使って生活させてきた。目は見えないが、常に光の精霊が共に寄り添い、精霊の視界を通して世界を見ている。だから、目が見えなくて困ることは無いはずだ。だが、視力を保つために、必要以上に夢を見ないように、教育はかなり制限した。常識を知らない事も多かろう。・・・それから、クランガルドの伝承は、私と直系のサクヤは全て知っている。君は、うまく力を使えていないだろう。クランガルドの伝承を、ひとつづつ妹から聞くといい。元は同じ使命を持っている。君が上手く力を使えるようになれば、東大陸の魔素も安定し、もっと力のある精霊が具現化できるようになる。水の精霊が君に助力しろとわざわざ言いに来たぞ。」
ああ。リレイラの水精霊か。だが、光の精霊は見なかったのはどういう事か。ぼんやりと考えるタリスに追い打ちをかけるようにダクロスが言う。
「さすがに、妹をここに転移で連れてくるのはつらいのでな。私の弟2人が中継となるリレイラまですでにサクヤを逃しているはずだ。数日中には2人が航路で、サクヤを連れてくるだろう。一方的な願いを受け入れてくれて感謝する。それでは、私は帝国に戻るとしよう。欲にまみれたもの達の相手をしないといけなくてね。」
「クランガルド卿、しかし、妹君をこのまま預かるとしても、目立ちすぎるからな。今後、亡命の形をとるのか、婚約の形をとるのか等、早急に決めねばなるまい。」
ダクロスが頷く。
1つの魔石を取り出し、リオンに渡す。
「この魔石を通して思念で連絡を取ろう。さすがに、ここまでは簡単に転移できる距離ではなくてね。もう少し、魔素が安定すれば楽なのだがね。それでは。タリス殿、妹を頼んだよ。」
そう言うと、ダクロスが立ち上がり、結界内から姿を消した。
驚きに目を瞠るタリス。
「すげえな。結界すり抜けて帝国まで転移かよ。」
カイウスが言う。
「抜けられた感覚も無かったよ。力の差がありすぎる。全くかなう気がしない。」
カイウスに同意して、タリスが頷く。
「なあ。お前がクランチャードでも俺は気にしないけどよ。お前、今、平民なのに、なんでお前が政略結婚みたいな事態に陥ってんの?お前、それでほんとにいいのかよ?」
「まだ、決まったわけでは・・・。」
「いや。絶対、お前は断れないね。あー。どんな女なんだよ、その妹とか言うの。大丈夫なのかよ?」
「うーん、よく、わからない。」
ふって湧いた話に、タリスは茫然としていた。
思い出すのは流れるような銀色。やさしい微笑み。明るく話す中に感じた違和感。
そうか。
死へ向かう絶望が彼女を支配していたのか。
僕に何ができるのかわからない。
愛している訳ではない。
同情かもしれない。
でも。
僕も、もう一度会いたいと。
それだけは、偽らざる、本当の気持ちで。
会ったら、何かわかるだろうか。
何かが変わるだろうか。
「迎えに、行ってくるよ。」
そう言うと、タリスは立ち上がって結界を解いた。
「ハア?」
と、呆れ顔のカイウスを見て苦笑いするタリス。その瞬間、タリスが消える。
「私は、会ったことはありませんが、タリスの話しぶりを聞くと、きっと、2人はお似合いなんだと思うんですよ。タリスは自覚してないみたいですが。あれは、もう、惚れてるんだと思いますよ。」
リオンの言葉に
「マジかよ。」
そう言って、カイウスは机に突っ伏した。




