忠誠
「リオンーもう無理っ。ごめん。レイちゃんも来て。」
そう言ってタリスがやってきたのは、翌日の昼だった。
どうやら、眠っていた子供が目を醒ましたらしいのだが、暴れて手が付けられないらしい。
「ローズは行かなくてもいいだろう?」
「んーでも、属性が一番近いから。レイちゃんお願いー。絶対、けがはさせないから。」
タリスのお願いに、仕方なく頷くリオン。
「私、何をすればいいんですの?」
「別に何も。レイちゃんがいてくれたら大人しくなるかなあって思って。」
子供が保護されているタリスの部屋に行く。
扉を開けられたら、そこは、大変な惨状だった。
家具が壊れ、ベッドらしい残骸の布が飛散している。
これを私、どうしろと?
室内には、ルークスタッドが何をするでもなく、壁によりかかって立っていた。
「元気なようだな。」
リオンが言う。
え?そういう問題??
「結界張ってるから、これ以上の被害は出ないけど。近寄るととても興奮するんだ。」
「まあ、そんなもんだろ。」
平然としているこの人たち、何なの?
「女の子だし。奴隷船の中にいた奴らが男ばかりだったから、女性で同じ属性のレイちゃんなら、落ち着けるかなあって思ったんだけど。」
2人に続いて部屋に入ったら、子供が顔を上げ、目が合う。5歳ぐらいかな?
そのまま、子供と見つめあう。
正直、どうしたらいいのかわからない。何て声をかけたらいいの?
普通の子供と違う。
きっと、心に深い傷を負った子供。
見下ろされるのは、怖いのではないだろうかと思い浮かんで、床に膝をつく。
誰も、何も話さずに、私と子供を見ている。
どれだけ時間が経っただろう。5分以上はそのまま固まっている。
このままでは、だめか。
思い切って、呼んでみよう。
ゆっくり手を広げて言った。
「おいで。」
子供が目を見開いて私を見る。
戸惑いが伝わる。
それからまた、長い沈黙。
何も出来ないのかなあ。と思った時、子供が急に立って私の元へ走って来た。皆に緊張が走る。
子供は、私にしがみついて大声をあげて泣き出した。
「もう、大丈夫ですわ。ここにはあなたを傷つける者はいませんから。」
そう言って、背中を撫でる。
子供は30分ほど泣いただろうか。
皆、私と子供を黙って見守る。
力尽きて眠ってしまった子供を見て、
「なついてしまったか。ローズ。すまないが、この子供は君がある程度見てくれると助かる。」
と、リオン。
「ええ。よろしいですわ。と、言っても子育ての経験なんてありませんわよ?」
「それは知っている。」
苦笑するリオン。
「レイちゃん、この子は無理やりつけられた枷の影響を受けて魔力が安定していないんだ。だから、枷の影響が無くなれば、泣いても暴れてもそんなに魔力を暴走させることはないと思う。心の安定が一番だから、しばらく、この子と過ごしてもらったらいいなあと。」
「それだけでいんですの?」
「そんなもんだな。」
と、リオン。
「大丈夫。ルークより、症状は軽いよ。」
ルークスタッドを見て、タリスが言う。
昨日と違い、ルークスタッドは笑わない。そのまま、黙って部屋を出て行ってしまった。
「私が連れて行こう。」
私の膝から、リオンが子供を受け取る。
女の子なのに、髪は短い。上腕に鈍く金に光る腕輪。
「髪は魔術の媒体として売られたのだろうな。タリス。これは魔防のリングだな?」
「そうだよ。」
「変な媒体に使用されないといいが。ラナスに言って、ホバルで水色の髪と目の貴族家の子供が誘拐されていないか調べてくれ。君の力でも構わない。」
「了解。」
「髪が取り返せるならいいのだが。」
私達の部屋に戻り、絶対に目を醒まさないから、寝ている間に風呂に入れろとリオンに言われて、護衛でついているリンゼイと一緒にお風呂に入れる。
そう汚れてはいなかったけれど、子供と言えど、寝ているのにお風呂に入れるのは難しかった。リンゼイが支えて私が洗ってあげたのだが。直後は腰が痛かった。前かがみの姿勢って辛い。
リオンは今後の方針を決めるとかで、昼食後はずっと会議している。
夕方になって、フラリとルークスタッドが子供を見に来た。
「ゆっくり休まれている所を申し訳ありません。」と、低姿勢だ。
午前中と違い、笑顔も見られる。
「あれから、ずっと目を醒ましませんの。」
私がそう言うと、
「そういうものだと思います。私は7日は目を醒まさなかったそうですから。」
静かに言われる。
「そう、なの?」
7日・・・。
「枷の影響で魔力が狂います。枷が外れて覚醒したら、暴れるのが常だそうです。精神が安定したら、身体を休めるために無意識の状態が続くのだと聞いています。」
「食事や水分補給はどうしたらいいのでしょう。」
なぜか、ふと思いついてルークスタッドに尋ねてしまった。
「何も。」
「ええっ?身体が弱ってしまうわ。」
驚く私に説明される。
「この無意識間に本人が体調を戻すのです。他からの介入があれば、意識が戻らないこともあるようです。体力が無く、耐えられないと判断されれば、奴隷の隷属状態で食事を与え、体力がついてから枷を外します。どうしても魔力に耐えうる体力が無く枷を外せない者は、枷をはめたまま生きていく事になるのです。この子の場合は、リオン様、タリス様が枷を外す判断をされました。体力的に耐えうると判断されたのでしょう。」
そう言って、ルークスタッドがそっと子供の頭を撫でた。
「・・・早く、目を醒ましてほしいわ。」
「やはり、お優しいんですね。」
不意に振られた話に戸惑う。
「リオン様が選ばれたあなたは、どんな方だろうと思っていました。」
「えっ?学院でも一緒でしたわ?」
「でも、貴女は他家の令嬢と違って、王子に寄って来なかった。だから、あまり貴女の事は知りません。任務中にあなたと話す事は禁止されましたから。」
「そうですの。」
だって。あの頃は破滅フラグから全力で逃げたかったですもの。あなたとこうして話しているだけでも驚きだわ。
「ええ。でも、何かあったら王子より貴女を優先的に保護するようにと言われていたんですよ。」
クスリと笑って教えられる真実。
「知らなかったわ。」
「リオン様はそういう事は言われませんから。」
「そうね。無理しすぎないか心配なの。忙しすぎだと思うのよ。」
そう。リオンは多忙を極める。
「それでも、貴女と一緒にいるようになって、ずいぶん休まれるようになったように思います。」
「今の状況で?」
「ええ。食事もしっかり召し上がるようになりましたし、以前より睡眠もとってらっしゃいます。」
そう話してルークスタッドは優しく笑う。
「もうちょっと休んでもらいたいのだけれど。」
「ありがとうございます。レイローズ様。本当に感謝しております。」
「感謝されるような事はしていないわ。」
「貴女がリオン様を支えていらっしゃるのが、ずっと仕えていた者達にはわかるのです。私は一生、リオン様に仕えると決めております。」
「そう。ありがとう。」
「同時に、リオン様の奥様である貴女にも忠誠を誓います。」
私の足元に跪くルークスタッド。
「そんな。」
「リオン様の命ではなく、自分で決めた事でございます。どうか、許可を。」
「待って、そんな急に言われても・・・。」
陰からの忠誠は、どらかが死ぬまで一生なのだとリオンに聞いたような気がする。そんな。忠誠など重すぎる。
迷っていると、リオンが帰ってくる。
「おや。ローズ。いつの間にルークを手なづけてしまったんです?」
そう言うリオンは・・・怒ってはいないよね。
「あの・・・。突然の事で、私・・・。」
「嫌なら断ればいい。受けるなら、受けてあげなさい。ルークがなつくなんて、珍しいんだよ。それに、きっと、許可を出すまでずっと粘られるよ。今日、このまま部屋を出て行かないかもしれないね。」
いたずらっぽく笑うリオン。
「嘘でしょう?」
懐かれたって、何よ?
「ルークは頑固だよ。頑固だから、ずっと私の命令しか聞かない。王子にも膝を折ったりしなかったんじゃないかい?懐かしいな。私に忠誠を誓った時もこうだったから。」
「貴方と私では重みが違いますわ。私、命をかけてまで人に仕えてもらう事は苦手ですの。貴方の命令を聞くのでしたら、貴方からも言ってくださいませ。」
そう言いながら、第3王子に、付き添っていても、必ず後ろに立っていたなと思い出す。
「だ、そうだよルーク。諦めたら?」
「嫌です。」
即答??しかも、嫌ですって、子供じゃあるまいし。
ククッと笑うリオン。
「これはこれは。本当に昔を思い出すね。二人で根競べをしてもいいけれど。ローズ。参考までに教えてあげよう。私もルークに忠誠は不要だと言ったんだが、3日間、私の部屋の前でこの姿勢のまま粘られてね。終いには屋敷の皆に、許可してやってくれと言われてしまって、結局許可してしまったんだ。」
「何ですの?それ。」
「ええ、ですから。君が許可するまで、きっと、ルークは動かないよって話。」
面白そうなものを見るように笑うリオン。
はあぁ。
大きくため息が出る。
「・・・。許可します。お願いしますわ。」
ルークスタッドが顔をあげ、満面の笑みで
「身命にかけましても」
と言われる。
ものの数分で許可してしまったので、
「仕事がとても厳しいのはわかるけれど、絶対にリオンや私より先に死なないようにしてくださいませ。あと、けがも極力しないようにしてくださいませ。」
と、注文をつけておいた。
「僕より厳しい条件だねえ。」
と、リオンがまた、楽しそうに笑った。
「貴方が出した条件って、何ですの?」
尋ねると、リオンではなくルークスタッドから返事が返って来た。
「返り血を浴びない事です。」
いや、絶対、そっちの方が難易度高いでしょう!!!
「語弊があるような言い方をしてはいけないよ。血を浴びるような場には行かなくて良いと言ったんだ。」
ちょっと待って。
私、もう、どう突っ込んでいいものか、わからないわ。




