帝国貴族
そのまま、子供は眠り続けた。
翌早朝、リレイラへ到着するが、予定時間より早く着きすぎたらしく、接岸が出来ずに数時間の湾内待機となった。
洋上の船首で、タリスはリレイラを見ていた。
何だかなあ。落ち着かない。
なぜか、リオンに同行しないといけない気がしたのは何だったのだろう。
船から見るリレイラは少し大きいだけの島だ。
中央部に白亜の王城があるが、所詮は小島の王族だ。
「行ってみるか。」
そうつぶやくと、タリスの姿は海に溶けるように消えた。
精霊の力を借り、リレイラの路地に降り立つ。
何の目的もなく、うろつく。1時間ほど歩いただろうか。
たどり着いた小さな広場には朝市が出ていて、中心にある噴水の周りで人々がくつろいでいる。
その中で、目を奪われたのは、噴水に座る小柄な女性。
珍しい銀色の髪。服は帝国か。
ここに帝国の女性。
ただの観光にしては遠すぎる。
一体、何の目的で。
そう思いながら歩いていると、果物を持った少年とぶつかった。
果実は2つ。運が悪いことに、落としてしまった果実の一つが、往来の人に踏まれてしまう。
「すまない。落とした分を買ってあげるね。」
そう言ったら、少年が驚いた顔をして、僕の手をつかんだまま歩き出す。
噴水前まで手を引かれていくと、さっき見ていた女性の前だった。
『ごめん、この人にぶつかっちゃった。で、何て話してあるのかわかんない。』
帝国語か。
そうか。言ってくれたら話せたのに。動転していたのか。
「この子が失礼をしてしまったようで、申し訳ありません。お怪我はございませんか?」
流暢に話される王国語。
「ええ。こちらこそ、よそ見をしていたのです。彼に気が付きませんでした。落とした果物を買って返すと、彼に話したんですよ。」
「それはそれは、ご丁寧に。」
『レト。落とした果物を買ってくださると話されているわ。果物で、こちらの方の衣服を汚したりしていないかしら。』
ふわりと笑う女性。
目の前にいるのに、衣類の状況を尋ねる?
『服は、大丈夫だよ。ポーンって、飛んで行っちゃったんだ。でも、僕の方が走ってて、悪かったんだ。』
『そう、いい子ね。じゃあ、もう2個買ってきてくれる?今度は走らないように。』
『わかった。』
子供はまだお金を持っていたのだろう、再び 市場の露店の方に歩いていく。
「うちの者が失礼を致しました。どうか、お気になさらないでください。」
「・・・わかりました。失礼ですが、目が?」
「ええ。年々、視力が失われる病気ですの。帝国語がおわかりになるのですね?私、あなた様の体つきや髪の色ぐらいまでは判別できますけれど。それ以上の細かいものになると、もう見えませんの。」
「不躾なことをお尋ねしました。」
「いいえ。子供の頃からわかっていたことですから。」
この女性、この子供と歩いて来たという事か?
服の仕立てもいい。明らかに平民ではないとわかる服装で。
「護衛の方は?」
「宿ですわ。」
何だと?いくら何でも不用心だ。
何だこれ。
女性に悪意は感じない。だが、こんなに偶然に帝国と接するなど、何か罠があるのかもしれない。
「不用心では?」
「うふふ。そうですわよねえ。でも、彼らと一緒だと余計目立ってしまって。無理を言って、あの子に連れてきてもらったんです。」
いたずらを楽しむかのような女性。
『買ってきたよ。サク姉。』
『ありがとう。こちらの方にも1つ。』
『わかった。はい。』
そう言って、赤い果実を差し出される。
『ありがとう。』
そう言うと、少年は驚いた顔をする。
『ちゃんと帝国語もお分かりになるのよ。あわてて、何も言わずにつれてきてしまったのでしょう。』
そう女性が言うと、少年は慌てて謝って来た。
『ごっ。ごめんなさい。王国の言葉がわからなくて。びっくりして。』
『いいんですよ。それより、陽が上って、人通りが多くなってきました。もう、帰った方がいいのではありませんか?』
僕の言葉にはっとしたように少年があたりを見回す。
『サク姉、帰ろう。怒られちゃうよ。』
少年は涙目だ。
『ありがとう。レトが叱られることはないわ。私が言い出したのですもの。ありがとう。親切な方。楽しかったですわ。』
優しく微笑んで、女性は少年と歩き出した。
女性は20代前半だろうか。
もらった果実を手に、後姿を見送る。
と、行く先で唐突に男性に声をかけられて少年が困っている様子が見える。
だから、言わんこっちゃない。
僕はとんだお人よしだなと思いながら、また、彼らに近づく。
「なあ。いいだろう。ちょっとお茶を飲むぐらい。こんな美人さんに初めて会ったよ。1杯おごらせてくれよ。」
そう話す男の間に入り込む。
「失礼。連れが何か致しましたか?」
『あっ。兄ちゃん。』
少年が驚いた顔をする。
「何だ、男連れかよ。残念だ。またな、美人さん。」
男は大人しく去って行く。
『ありがとう、兄ちゃん。』
少年が笑顔でお礼を言う。
こうなったら、仕方がない。宿まで送るしかないだろうな。
「宿はお近くですか。」
「ええ。5分も歩きませんもの。」
「送りましょう。」
「まぁ。ありがとうございます。」
ニコリと笑う女性。
この人は、こんなに危機感がなくて本当に大丈夫なのだろうか。
「私、もう後1年ぐらいで、多分、何も見えなくなりますの。だから、無理を言って、兄にここに来る事を許して頂いたんです。気候も暖かくて、海が綺麗だと聞いていましたから。」
そう、穏やかに話す女性。
少年に手を引かれているが、石畳みの通りは歩きにくいだろう。
少年は、安全に女性を連れて帰るのに苦心しているようで、足元ばかり見ている。
兄弟ではなさそうだが。
微笑ましくて、悪い気はしない。
だが、小さな段差でも、時折、引っかかりそうになるので、結局、少年と反対側から手を引いてやる事にした。
南国と言えど、朝は少し冷え込む。朝の冷気に冷やされた冷たい小さな手。
「身体を冷やされたのではありませんか?」
「そうかもしれません。でも、大丈夫ですわ。」
『レト、もうすぐかしら?』
『はい。あと、門を曲がったらすぐです。』
「ね。とても親切にしていただいて、助かりましたわ。」
「いいえ。お礼を言われる程では。」
『お嬢様!!』
年配の女性が慌てたように駆け寄ってくる。
「あらあら。バレてしまいましたわ。」
そう言ってクスクスと笑う女性。
少年は叱られるのを心配して、オロオロしているようだ。
『お姿が見えず、心配致しました。まあまあ。こんなにお冷えになって。こちらの方は?』
『段差に躓きそうになっていたので、ここまで手を引いて下さったのです。とても親切にして頂きました。』
『まあまあ。それは、ありがとうございます。』
『いいえ。それでは、僕はここで。』
そう言った僕を見て、女性が笑う。
でも、その表情は少し影があって。何かがひっかかる。
『私はクランガルドの末娘でサクヤと申しますの。また、お会いできるといいですわね。』
急に告げられた名というか、家名に驚く。
帝国貴族の魔術家ではないか。
一体、どういう事なんだ。
『お嬢様っ!!』
年配の女性は、まさか、女性が名を名乗るなどと思わなかったのだろう。青くなって驚いている。
「それから、親切にしていただいた御礼に、1つ助言を。赤い花と白い花を同時に燃してはなりません。覚えておいてくださいませ。」
呆気に取られている僕を残して、女性は少年らと共に静かに去って行った。




