番外・タリス・4
前半少し暗めです。
侯爵家の朝は優雅だった。
使用人が部屋まで朝食を運んでくれる。お茶まで淹れてくれる。
リオンに促されて、朝食を取った。
朝食時は使用人が退出した事で、まあ、食べやすくて。
「美味しいなぁ。」
なんて、のんびり言うと、
「今日は退出させたが、貴族家では食事は使用人がつきっきりで世話をするのが普通だからな。」
と、釘を刺された。
本当に、よくわかってるよ。君は。
食事を食べながら、衝撃的な話をされた。
「今日から1週間、君は私のグループの屋敷に順に泊まる事にする。まだ、皆には言っていないから、今日はまたここだ。明日から、班の席順に、わかるな?カイウス、ラナス、クラウス、レルノー、アルスの順に泊まる。その間に、君の家を探す。」
「待って。大丈夫だよ。家くらい、自分で探して借りれるよ。」
「だから、君は甘い。普通の家ではダメなんだ。魔術を遮蔽できる空間を構築できるだけの広さと、何かあった時に安全が確保できる、逃げ道を持つ通りに面していて、最悪、何かあった時に、班の家の誰かの屋敷に駆けこめる場所に無ければならない。」
「そんな、おおげさだなぁ。」
明るく言って見たが、リオンは真剣だ。
「君は、自分の価値をもっと理解しないと。各家を回ると、貴族の家格でどれくらいの生活をしているのかわかるだろう。それに、昨日から私達が君をしっかり保護下に置いた事の対外的なアピールになる。君の力の事は知られていないから、そう手出しはされないと思うが、魔力量が発覚すると、手駒として政争の具にしようとする馬鹿が出てくるぞ。打てる手は全て打っておく事が大事なんだ。」
リオンの話に返答を返せない。
そうだ。魔力の発覚は、避けたい。
「また殺されかかって、何の策も無く魔力を大放出してみるとしよう。その後は普通の生活など送れないぞ。」
「うん。返す言葉も無い。」
ため息が出る。
「でも、正直、どうしたらいいのかわからないんだ。」
「だから、その為の策を練っているのだろう。」
そう話しながら、食後のお茶をリオンが優雅に淹れてくれた。
何でも出来るんだなぁ。
感心しながらお茶を飲む。
リオンと共に侯爵家の馬車に乗せられ、学院に到着する。
学院のエントランスに入っても特に注目されていないじゃ無いかと思っていたが、教室に入る間際に、「探りを入れていたのはすでに20人以上いたからな。」と、ボソリと呟かれて驚く。
いや。全く気がつかなかったけど??
「リオン、タリス、おはよう!」
クラウスが声をかけてくる。
その声に反射するかのように、リオンと僕の組み合わせに注目が集まる。
「昨日はお疲れ。」
柔らかくレルノーが笑う。
「班替えだから、タリスの席はここな。」
ラナスが自分の隣を指差す。
ラナスとリオンの間で座学を受ける。
昼食は、食堂で昨日の約束通り、奢ってもらった。
放課後、早速、生徒会執行部に連れて行かれた。
生徒会は、他薦が無くては入れない。それから、本人の学力。そんなに早く役員になる訳が無い。
リオンの推薦に、現生徒会長が直ぐに許可をした為、軽い気持ちで見学に行ったつもりの僕は、その場で生徒会入りが決まってしまった。
侯爵家へ帰る前に、娼館に荷物を取りに寄った。
その為に、悪目立ちしないよう、普通の馬車にされていた。
当然のようについて来るリオン。
君が足を踏み入れるような、綺麗な場所じゃないけどと思う。
「ただいま。」
そう言ってドアを開けた僕に、開口一番、母が「アンタは何て間の悪い子なんだい。」と、呆れ顔で呟く。マリアと、ルルと、オーナーがいて、目配せされる。
「ごめん、何か悪かった?」
「アンタは何にも悪くないよ。ただ。ちょっとね。」
頭の中に疑問が浮かぶ。
昨日から、わからない事だらけだ。
「ご不幸がありましたか。お悔やみ申し上げます。」
リオンの言葉に血の気が引く。
「誰、が?」
「昨日の娘だよ。解毒薬が効かなくてねぇ。暴れるんで、昼まで括り付けといたんだけど。昼頃、大人しくなってねぇ。可哀そうだってんで、解いてやったら、つい先刻、首を吊ってたのさ。」
そういえば。珍しく、母が紅を差していない。死者を送る時、娼館の女達は紅を差さない暗黙の了解があったのだった。
「そう…。」
奥から、大きめの木箱が2人の傭兵に抱えられて来る。
「神の御許で安らかなれ」
オーナーの言葉に、皆が復唱する。
今まで、何度も見た光景だ。
どんなに仲が良くても、僕に優しくしてくれても、命を絶ってしまう女が一定数いる。それは、ここでは時折ある事で。
それは、娼館では珍しくはない光景で。
バタンと、傭兵が乱雑にドアを閉める。
「何て顔してんだい。」
と、母。
「色男が台無しだよ。」
と、オーナー。
そう言う母とオーナーの言葉には、悲哀が込められていて。
僕は。今迄、何人もこうして送って来たのに、気がつかなかったのだろうか。
女達は、いつも笑顔でいながら悲哀を隠している事に。
「アンタ、変わったね。原因は、坊ちゃんかい?」
母が、リオンを見て言う。
「私は何も。」
「ふうん。連絡くれたの、あんただろう?」
「そうですね。」
母の眼差しはいつもより厳しい。
「巣立って行った方が、アンタの為だよ。」
僕を見て、急に母が言う。僕は、何も言っていないのに。
「それに、ここにいても何もいい事なんかありゃしないしね。」
静かに話す母の言葉が、胸に刺さる。
「あんた、何かの縁だろう。この子を頼むよ。」
フッと、母がリオンに笑う。
リオンが黙って頷く。
本当は出て行くのは嫌だ。ここ以外の世界を知らない僕に、外の世界は、明るすぎて眩しすぎて、目を開けて周囲を見る余裕も無いというのに。
自分の意思に関係無く、僕の生き方が変わろうとしている。
「落ち着いたら、時々、顔を見せに来るんだよ。」
そう言った母。母も、僕が居なくなるのは寂しいと思ってくれているのだろうか。
「荷物は、後から纏めて受け取りに人をやります。タリス、量を確認したいので、部屋に案内を。」
リオンに促されて部屋に行く。
母と長いこと過ごした部屋が、まるで、自分の部屋では無いような感覚に襲われる。
「君の荷物は?」
「ここから、あちらまで。」
「取り敢えず、今週使う物は持って行くぞ。」
「そうだね。」
僕が黙って抜き出すものを、リオンが袋に詰めていく。
お貴族様なのに。変なの。
ぼんやりとそう思う。
ねぇ。どうして、君はそんな風にできるの?君は何をしようとしているのだろう。
自分の意思ではなく、流されるように巣立ちを促される。幼児でも無いのに、底が見えないような心細さ。
僕には、全面的に支えてくれる友?と、見守ってくれる母がいるのに。
そう考えると、ここにいる女達の強さがわかる。どんなに心細かっただろう。知らない場所に売られて。自らを売る女達。
わかっていると思い込んでいて、本当は、全然わかっていなかったんだと理解する。
昨日、僕に縋ろうとしたあの手を取ってやれば、彼女は今日からも生きたのだろうか?
僕は本当は彼女を救えたのではないだろうか?
嫌悪感を抱いてしまい、よく見もしなかった事に強い罪悪感が残る。
もしも。それでも。では、どうしたら?
頭の中が混乱する。
「おい。これで全部か?」
手を止めてしまった為に、リオンに尋ねられる。
あとは。あと、必要な物は…。
「全く。これもいるだろう。あと、これも。」
リオンが勝手に荷物を詰めていく。
「お母さんみたいだね。」
そう言うと、ちょっと怒らせてしまったらしく、睨まれてしまった。
「君が不甲斐ないからだ。もっと、しっかりしろ。」
テキパキと荷物を詰めるリオンを見ていると、悩んでいても、しょうがないのだなと、そう、思えた。
今は、僕に出来る事を。
その晩も、リオンの部屋に泊まった。
客間に通されると思っていたのに。拍子抜けする。
リオンはちょっと過保護らしい。一度懐に入れたら、守り抜くのだろう。ぬくぬくとベッドで横になって、「寮はこんな感じかなぁ?」と言ったら「他人と共に寝るなど、苦痛だ。」と、一言、言われてしまった。僕、君の部屋で寝ようとしてるんですけど??
翌日の朝食を、家族と一緒にされて、緊張で朝から死ぬかと思った。
慌ただしい1週間が始まった。
水曜日、カイウスの家は賑やかだった。同じ侯爵家とは思えないくらい。カイウスの弟や妹と一緒になって遊んだ。堅苦しくなくて、楽しかった。
カイウスの父は騎士団、母は社交で不在との事で、遊んで食べて寝て終わった。
木曜日、ラナスの家は、ほのぼのしていた。
侯爵家より建物は小さいが、やはり豪華だ。カイウスの家で疲れただろうとラナスが気を使ってくれて、ラナスの部屋で2人で食事をして、色々な話をした。沢山、貴族家の事も教えてもらった。疲れていたみたいで、その日は泥のように眠った。
金曜日、クラウスの家。クラウスの家は、伯爵家の中でも、旧家と呼ばれる長く続く名家だ。建物は小さく、古いが、刻んできた歴史を感じさせる穏やかな空気。しかめっ面の、クラウスの祖父が怖かったが、「ああ見えて、タリスが来る経緯を聞いてから、君の事が心配で食事の席に出てきたんだよ。最近は、腰を痛めてね。あまり部屋から出ないんだ。」と言われて驚いた。てっきり、平民が居るのが嫌なんだろうと思っていたから。あれは歓迎だったのか??
土曜日、朝、レルノーとカイウスがクラウスの家まで迎えに来た。
リオンがピックアップしたらしい家。5軒の見学。
今日は見て回るだけでいいと言われて、4人でわいわいとあーだ、こーだ言いながら家を見て回った。
皆ね、お金持ちだから、部屋が狭いってよく言うんだ。
平民の家なんてそんなもんだよ。そのうちの一軒で馬鹿力のカイウスが、扉が横開きの物置きの取っ手を引っ張って壊した。いや。見ようよちゃんと。カイウスは、その場でちゃんと修理代を払っていた。
昼は屋台で買って食べて、とても楽しかった。
そのまま、レルノーの家に泊まる。
レルノーの家は、代々文官の家系なのだそうだ。2人の姉は嫁いでしまったらしく、人が増えると楽しいわ、と、レルノーの両親が優しく迎えてくれた。
日曜日、昨日と同じように、リオン、カイウス、アルスが迎えに来る。
昨日、カイウスとレルノーと一緒に見た家で、1番気に入った家を再度見に行く。
すでに、家を取り扱う商人が来ていて、リオンとの間に書面が取り交わされていく。
何で?僕の家なんだよね?どうして君が契約してるの?
横から書面を覗き込んでギョッとする。
賃貸価格が相場の10倍だ。それじゃあ、僕、払えないよ。
騙されてるんじゃなかろうか?
「適正価格だからな。」
顔を上げてリオンが言う。
疑問ばかりの僕に気がついたのか、商人が説明を始める。
「こちらの物件は、古くはありますが、建物並び、外壁には魔防の結界が組み込まれています。もちろん、そうそう外から分かる事はありません。それから、裏口があり細い隠れ小道のような作りとなって裏通りまで抜けられます。また、地下室から下水道に抜けられるようになっております。侵入対策の結界も全ての入り口にございます。結界は、扉と一体化しているため、知らない者からすると、破られない扉があるだけになります。調度品は普通の物ですが、以前の使用者が残して行った物ですので、処分されてもかまいません。ですが、まあまあ良い品ばかりです。そのような理由でこのお値段となっております。」
「私と取り引きの多い商家だ。彼の言う事は信用に値する。」
「そう言って頂けるのは、私共からすると、最高の賛辞でございます。」
商人が笑う。
「そう。わかった。」
僕は黙って契約の締結を待つ。
そうしている間に、カイウスとアルスが街から屋台の食べ物を買ってくる。
帰り際に、商人は僕にこの家の小さな鍵をくれた。
鍵は3つ。
「1つは君が、後の2本は私とカイウスで預かる。ここは、カイウスの家が1番近いからな。」
言われるまま、リオンとカイウスに鍵を渡す。
「タリス、お前さぁ。もうちょっと警戒感持てよ。リオンの言いなりじゃないか。」
カイウスが言う。
「何で?リオンもカイウスも、僕に何かする気は無いでしょ?」
カイウスに、はあぁ。と、大きいため息をつかれた。
「本当に。何かあったら、直ぐに家に来いよ。」
やっぱり、優しい。
「その次に近いのが僕の家なんだ。今日、ちゃんと僕の家までの道を覚えてね。」
アルスが言う。
「分かりやすい?」
「カイウスの、家程大きくはないけどね。」
屈託無く笑うアルス。
「さて。ここの賃料だが。君が卒業するまでは無利子で立て替えておこう。卒業したら、自分で払う事。少しずつ返済する事。学院在学中に魔術を磨いて結界を貼れるようになって他の安い家に移ってもよし。その時はその時だが。君は安全への理解がどうも低いからな。この家を出る時は相談する事。…それでいいか?」
リオンの言葉に頷く。
「わかった。」
殺風景な部屋で4人仲良く話しながら屋台のパンを食べていると、呼び鈴が鳴った。
リオンは、残りの僕の荷物を娼館から使用人に運ばせたらしい。
何だか、運ぶだけなのに、立派な箱だ。
荷物の整理は、明日から自分でする事になった。
その後、結界を張る家の使用法をリオンから聞いて、家の周囲の散策を4人でして、学院まで約10分、歩いてみてからアルスの家まで向かった。
4人、アルスの家で夕飯を取る。
アルスの家族もとても優しい人で。リオンやカイウスと僕まで加わってもとても普通で。
あっという間に月曜日の朝になった。




