番外・タリス・2
タリスの厄日、続きます。
「戻るぞ。」
手を差し出された為、僕も反射的に手を差し出す。手を掴まれた途端、風魔法で山の中腹まで跳躍された。
フワリと舞う身体。
人の持つ魔力は、その扱う人を表すかのような柔らかさだったり、温度だったりを感じる。
彼の魔力は澄んでいた。とっつきにくい普段の様子と似て、やや鋭利な印象はあるものの、濁ってはいない。
何より、触れられて嫌だと嫌悪するような感じが、無い。
不思議だなと、思った。
降り立つ時に、首席殿の班が見えた。
「おう、おつかれさん。」
侯爵家のカイウス・ラデンが手を振って迎える。代々騎士家の英雄家系だ。
ああ、いつも一緒にいて、仲よさそうだよな。
「タリスも同じ班になる。」
「わかった、よろしくな。タリス。」
カイウスを皮切りに、皆が口々に宜しくと挨拶してくる。
「ええと。よろしくお願いします。あと、グラート様、ありがとうございました。」
僕の言葉に、
「リオンでいい。」
と、素っ気なく言われた。
「俺らの班、家名とか使ってないぜ。敬称とかめんどくさいだろ。気にすんなよ。俺もカイウスでいい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
和やかに話している皆について山頂に登って行く。
首席…もとい、リオンはほとんど話さないが。
賑やかな中心は、カイウスのようだ。
明るく、惹きつける何かがあるのだろうな。
山に用意された魔石は複数あり、お題がその場に書かれており、それを持って帰る事は共通。その過程での副題は、班によって異なる指定がある。指定内容は、他班に口外しないようになっている。
その、過程での課題。リオンが班長であるこの班の課題は、山の地脈配置図の作成。
前の班の課題が薬草採取だった事を考えると、レベルの違いを感じる。
カイウスと、伯爵家のラナスが詳しく、課題内容と作成状況を教えてくれる。
和気藹々とした雰囲気で、仲の良い班だ。
班長、侯爵家リオン・グラート
副班長、侯爵家カイウス・ラデン
連絡調整、伯爵家ラナス・ハイアード
班員として、伯爵家、クラウス・イング
子爵家、レルノー・クレイン
男爵家、アルス・クルスラ
カイウスとラナスが連絡調整。リオンとクラウス、アルスが地脈の把握。レルノーが地脈図作成で動いているようだ。
それにしても。無駄のない連携プレー。
前の班の馬鹿な公爵子息は、自分らが1番先頭で、1番先にゴールするのだと息巻いていたが。この課題の差を知ると、馬鹿馬鹿しくて笑いがこみ上げるようだ。滑稽すぎる。
彼等が1番先にゴールできるように、公爵家の顔を立てる為の目くらましの課題か。
時々、立ち止まって地脈の流れを見ながら進む。そんな事をしながら、課題の説明をした後に、僕に何をさせるかという話になった。
「馬鹿に封魔された挙句に崖から落とされたんだ。今日は、休ませたがいい。この班の雰囲気を掴んで行動するだけで充分だ。」
静かに話したリオンの言葉に、一同の顔色が変わる。
カイウスだけは、平然としているが。
「俺も同意する。タリス、今日は無理すんな。多分、人数が揃わなくなるが、お前、今後はうちの班員だから、班に慣れておけばいい。」
屈託無く笑って話すカイウスに、場の雰囲気がまた緩む。
「本当かい?タリス。落ちたとは聞いていたが。嫌な目にあったんだね。何かあったら言ってくれよ。」
ラナスの言葉に、一同、頷いている。
クラウスとアルスから、黙って肩をポンと叩かれる。激励か。
レルノーは書類と地図を広げている為、黙って立っていたが、目が合うと、フッと優しく笑顔を向けられた。
素敵な班だな、と思った。
黙って、彼等と一緒に歩いてついて行くだけの実習となったが、何となく、穏やかな時間だった。
課題終了後、学院に戻ったのは5班で1番最後だったようだ。
終了後、夜に打ち上げの食事会をすると誘われたが、疲れていると言い訳をして断った。皆が労ってくれ、馬車を出そうか?とまで言われたが、それも断った。
学院から家まで20分ほど歩く。
何だか、今日起こった事は夢だったのではないかと思うくらい、時間が早く流れた。
彼等の仲の良い雰囲気が、とても羨ましく。そして、そんな彼等と本気で関われない自分。なのに、一緒に歩いてほんの数時間時を過ごしただけで、こんなに人恋しくなって揺れている自分に気がついて、少し自己嫌悪に陥る。
僕には、決して手の届かない仲間達。
6橋を通りかかり、そういえば、去年ここでリオンと会ったなと、ぼんやり思いながら冷静になる。
ダメだ。僕は自身が望まなくてもクランチャードの血をこの身体に流している。
今まで通り。今まで通り。決してバレないように。
人々の夕刻の喧騒のなか、家に戻る。
いつものように裏口から入ろうとした時、いつもと違う雰囲気に気がつく。
何が、あった?
扉を開けると、珍しく娼館のオーナーと共に、母が椅子に座っている。雰囲気は険悪だ。
1人の少女が警備の傭兵に地に押さえつけられている。
僕が何か話す前に、少女が話し出した。
「タリス。タリス。助けて。お願い。嫌なの。客を取るとか。…お願い。私を連れて、逃げて。」
ギョッとする。
少女は、確かまだ一週間ほど前、娼館に売られて来たばかりでは無かったか?見た事はあるが名前も知らない相手から、自分の名前を呼ばれる。いくらなんでも、嫌悪感が生まれる。
「全く、困ったもんだねぇ。」
母が煙草に火をつけながら、少女を睨み付ける。
「まあ、こんな日がくることもあるだろうと思っていたけれどね。」
オーナーの言葉に、母が頷く。
「タリス。タリス。」
少女は、まだ僕の名を呼んでいる。
「まあ、いい男に育ったものだね。母親譲りの、その綺麗な青い瞳と濃紺の髪が色男具合を増してるじゃないか。」
くつくつとオーナーが笑う。
部屋に漂う甘く苦いような臭い。
精神に作用する薬か。強い薬が、少女の呼気から漏れ出ているのだろう。
「昨日、初めての客をとったのさ。ハズレを引いてしまったみたいでね。変な薬を飲まされたんだろう。客が帰った後は眠っていて、昼に起きたと思ったら、ずっと、この調子でアンタの名前しか言わないのさ。」
やれやれ、といった様子で話す母。
あまり、僕と年の変わらない少女。
学院で学ぶ貴族の令嬢とは対極の存在。
ここは、社会の底辺だと思い知らされる。
昼間、僕が過ごしてきた世界とは違いすぎて。クラクラと目眩がしそうな錯覚を覚える。
「解毒薬を飲ませたからね。薬が切れると、正気に戻るだろうよ。錯乱しているだけだ。」
静かに話す母。泣き喚き始める少女。少女を黙って見るオーナー。
少女以外、誰も、泣きも笑いもしない。
淡々と、まるでよくある出来事のように対処される。
色々な女達を見てきた。今更、何があっても、そう驚く事もないだろうと思っていたのに。
年の近い彼女の涙は、見ていて辛かった。
辛いと感じてしまったのは、あの明るい世界を垣間見てしまったからだろうか。
カタンと、煙草を咥えた母が立ち上がる。
「タリス。アンタがいると、興奮がひどくなるようだね。今日は外で泊まって来な。明日は普通に帰って構わないよ。」
そう言って、紙幣を数枚握らされた。
「気にするんじゃないよ。」
オーナーが声をかけてくれる。
「わかった。」
そう、一言だけ話して家を出た。
どこに行こう。
どこかを目指すでも無く歩き出す。
よく考えたら、娼館で生まれ育ち、学校に行き、勉強しかしてこなかった。
平民の友人が出来なかった訳ではない。だが、ほとんどの者が、出自と今でも娼館が家であることを知ると、離れていった。
それからは、自分から友人と距離を置いた。
ここは王都の歓楽街。
華やかなようで、人の欲望渦巻く、暗い世界。
安宿はもう、この時間なら満室だろう。
母が握らせてくれた金額は、高級旅館に1泊できる程度の金額だった。
高級旅館?とてもじゃないが、行く気にはなれない。
中級旅館は、歓楽街には無い。
金持ちはいくらでも金を出すが、市民が遊ぶのにはこの街は高すぎるため、宿代はできるだけ安い方が好まれるからだ。
気がつくと、学院の方面に向かって歩いていたらしい。また、6橋まで来ていた。この橋に来ると、冷静になる。幼い時から、何かあったら、この橋の下で川を見ていた。
明かりが灯り始める夕暮れ時、すでに水面はよく見えない。
ただ、暗い、黒い川がそこにある。
川縁に座り込み、何をするでもなく、対岸を眺める。
歓楽街側から見る対岸は、とても別世界のようで。子供の時は、住んでいる人も、違う種類の人間なんじゃないかと感じたものだ。
今では、同じ人間だとわかる。同じ人間なのに、同じようには暮らせない。
神の前において皆が平等で過ごせないなら、どうして神に祈る必要がある?どうして、神はこの社会の理不尽をそのままにする?
わからない。わからないことだらけだ。
勉強すれば、利口になれば、何か理解出来るようになるのかと思っていたが。わからないことばかりが増えていく。
どれだけ、そうしていたのかわからない。
ふと、後ろから人が近づいてくる気配がした。無視しようと思っていたのに、どんどん近寄ってくるから、仕方なく振り返った。
リオンがいた。
「川を眺める余裕があるなら、打ち上げに来い。」
なぜだろう。別に、行く気はなかったのに。
黙ってついて行く。
彼の、行動と、気持ちが読めない。
なぜ、彼は来たのか。
彼は、僕のことをどれだけ知っているのか?
また、同じように娼館で育った娼婦の息子だと知ったら離れていくだろうに。
連れてこられた先は、品のいい料理屋で。入った事の無いような、きれいな世界のようで。
思わず、入り口で立ち止まる。
「やっぱり・・・。」
言いかけた僕に、彼が言う。
「別に、かしこまるような席じゃない。私も制服だ。君も学園の制服だろう。それから、この席の会費は今日の別課題の報酬として学院が出している。君にも、この席に加わる権利がある。」
落ち着いた口調と静かな眼差しに、仕方ないと料理屋に入る覚悟を決めた。
次の回は少し明るめで。
昨日、誤字報告ありがとうございました。
とっても助けられております。
チェックしてても、ちゃんと書いたつもりで、脳が認識してないんでしょうね。
本当に、皆様に感謝です。




