番外・タリス・1
お待たせしました。番外、タリス編です。5話になります。
1日1話更新させていただきます。
若干、暗めで始まります。最後は、タリスじゃないけど、少し甘くなります。
番外、1話のつもりだったのに、5話に伸びてしまいました。
……… 僕とリオンが初めて会ったのは、王都第6橋の下。
学院の入学式の日の夕方だった。いや。正しくは、初めて言葉を交わしたのは、だ。
雑多な街を抜け、静かな川縁。
勉学は出来るだけちゃんとする方が自身の為だ、と言う母の気を引きたくて、かなり勉学には励んだ。
平民の出でありながら、基礎、中級、上級学校とストレートに進学し、王立魔法科学学院に入学した。だが、場違いだったなと、今日の入学式で思ったのだ。
入学しなければ良かった。
平民出身者が多いと言っても、5組は商人など、裕福な家庭の者がほとんどだった。
やはり、上級学校卒業後、就職すれば良かった。
そう、思いながら、ぼんやり川を眺めていた。
4月の夕暮れ。
春と言えど、まだ、風は冷たい。
市街地の川だ。濁ってもいないが、美しくもない。
時折、川面に小さな魚の魚影が群れをなしているのが見える。
不意に、橋から何か落ちるのが視界の隅に映った。
子供だ!!
慌てて立ち上がる。集中し、川の水をクッションのように加工し、沈まないように、魔力を注ぐ。
子供に一瞬、遅れて誰か1人、落ちて来た。影でよく見えないが。大人か?
子供が抱え込まれるのを確認する。
グイッと2人を水の球体で覆うと、一気に、自分の反対の岸辺に押し上げて、魔力を解いた。
大人と思ったのは男か。あの服は。学院の。
あまり、関わりあいたくないなと、思った。
男がこちらを見ているのがわかる。橋から大人が何人か降りて来て、子供を受け取っているのを見ながら、立ち去ろうとした。
ヒュンと風が吹くと、すぐ隣に、対岸に居たはずの男が立っていた。
「見事なものだな。」
涼しげな表情で、彼はそう静かに話した。
「何の事だか。」
ああ。彼は、今日の入学式で新入生挨拶をしていたな。首席か。風の魔力持ちか。
そう思いながら、しらばっくれる。
「まあいい。リオンだ。」
無表情に告げる彼の真意が読めない。
そういう、名前だったか?
「名前か?タリスだ。」
関わりあいたくないのにな。
「また、会うだろう。」
そう言い残して、去って行った。
対岸からこちらに向かって人が手を振っている。僕もさっさと退散する事にした。
僕は平民で、家も近いから寮には入らなかった。学費は免除で返済不要の奨学金も出る。
家に戻る。
娼館グランルージュ。ここに僕は住んでいる。
もちろん裏口から入る。僕は客ではない。
たゆたう煙草の煙。女達の香水の匂いが漂って来る。
「あらあ。タリスお帰り。」
そう、声をかけてくれたのは、マリア。もちろん偽名だ。本名で客を取る娼婦などいない。
「ただいま。」
「メア様が、帰りが遅いって、心配してたわよ。」
「ありがとう。すぐに顔を見せるよ。」
マリアは多分、20歳ぐらいの筈だ。3年前にこの娼館に売られて来た。
父親の借金のカタだと。
ここは、そんな女達が多い。
僕は、娼婦の母、通称メアから産まれた。メアリージュが本名らしい。
だから、父親の事は良く知らない。と言うか、面識は無い。
僕が産まれる前に、死んだそうだ。
とても人気の高級娼婦であった母は、病気を理由にしてしばらく休んで秘密裏に僕を産んだ。
僕が上級学校に入る頃までは、客を取っていたと思う。
母は、低民の出だった。貧しく、子供の時に器量が良いと売られてからずっとこの娼館で暮らしている。僕が中級学校に入る頃には、年季が明けて平民の地位を金で買っていた。僕は、低民の出とされたが、一足早く、学業優秀者として、平民の地位を学校から与えられていた。
子供の頃、母と夜に過ごした記憶は無い。
そんな時は、客のつかなかった女達が、僕の相手をしてくれた。
皆、可愛がってくれた。
ある者は身請けされ、ある者は年季を終えて去って行った。中には、自分の境遇を受け入れられずに自ら命を絶つ者もいた。
母が、なぜ僕を産んだのかは、今でも解らない。娼婦が赤子を産むと、その期間休む為、更に年季が増える。客の子など、身請けしてくれるような上客が相手でない限り、堕ろすのが普通だ。母に尋ねてみても、
「アタシが産むと決めたからさ。」
その、一言が返ってくるだけだ。
でも、その歳を重ねても美しい姿に感心する。市井の普通の市民の女達で、こんなに美しい熟女はいないだろう。
「タリス。遅かったじゃないの。」
母が煙草を吸いながら、窓の外を眺めていた。夜になろうとしている街に、明かりが灯り始める。
キセルを咥える唇の、その暗めの赤い紅が、何故かひどく目につく。
「6橋で、子供が落ちて来て、助けてから帰って来た。」
「そうかい。じゃあ、アンタにも1つ、いい事があるだろうね。」
ふふ、と、妖艶に笑う。
上級学校、初年度の夏休み、母から1つの腕輪を貰った。父の形見だという。
母に促されるままに、腕輪を嵌めると、膨大な魔力と知識、そして生前の父の記憶の欠片が僕の中に流れ込んで来て、僕は昏倒し、1週間ほど寝込んだ。
目が醒めると、母が静かに看病してくれていた。母は、まるで、風邪を引いた子供の看病をしてたかのように普通で。結局、何も話さなかった。
だから、僕も直接尋ねる事は無い。
誰が聞いているかも知れないのだ。
王家の姫を禁術で死に追い込み、取り潰しとなった貴族家の生き残りが、クランチャードの生き残りが僕だなんて!
知りたくなかった。
父の記憶の欠片には、母の姿は無い。なぜ僕が産まれたのか。そうまでして、この力を残す事に何の意味があったのか。
肝心な所が抜け落ちている。
だが、魔術師のレベルが衰退する中で、父が残してくれた記憶と魔力は、僕に桁違いの力を与えた。
僕を平民へと押し上げる要因となった学力。学ぶ事は楽しかった。褒められて、存在を認めて貰える充実感。新しい事を知りたいと思う知識への欲求に、僕は抗えなかった。教師に勧められるまま、上級学校からの推薦で学院に入った。
だが、学院は、やはり今までの庶民向けの学校とは余りに違う。目立つのも良くない。
学院は貴族が多い。下手すると、魔力量がばれてしまう。
しかし。既に入学してしまった今、辞退は難しい。
まあ。何とかなるさ。
何とかしてみせる。
今までも、そうして来た。
それから、拍子抜けな程、平凡な日々を過ごした。
1年時のクラスが5組。
5組と4組は平民の寄せ集めだ。
基礎科目を重視され、満遍なく履習する。
どれくらい本気を出すと、2年次の平均クラスの3組になるのか、わからなかった。
成績が全く公開されないからだ。
貴族らは、権力を使って知る事もあると言う内容。
魔力実習では、かなり力を抑えて、中の下にしたため、普通クラスになるだろうと思っていた。
が。蓋を開けてみると、2年1組。貴族もいるトップクラスである。
流石に、これは目立ち過ぎる。
編成基準は、成績と魔力重視であるから、原因は筆記か。
本当に失敗した。
もうちょっと手を抜けばよかった。
しかし。基本的に、貴族と平民が混じって過ごす事は無い。
特段、問題無く過ごしていた。
魔術の総合実技が始まるまでは。
僕は、加減がわからなかった。
相手に魔力量が多いのを知られるのを恐れ、かなり押さえ込んでいて、実技演習になると怪我を負う事が続いた。
なにより嫌だったのは、魔力が多いのが周知の事実となった時、国の魔導師にスカウトされる事だ。
平民からは断り様が無い。父親の親族に何の思い入れも無いが、どうして一族郎党を死に追いやった王族に尽くさないといけない?
自分の出自も知られたら、死は免れても、きっと、父のように幽閉される。
脳裏に浮かぶのは、薄暗い部屋で明るい窓の外を眺める父の記憶。
将来は、魔道具研究所とかで、自分が好きな事をしたかった。
魔道具だったら、市井の人々の生活の役に立つ物も多い。
僕は、魔術も好きだったが、魔道具への興味が尽きなかった。
だが。実技の郊外演習の時に、その事件は起きた。
その年の1組、30人を6人づつ、5班に分けられ、近くの山の山頂から、指定された魔石を取ってくるという簡単なもの。行くついでにと副課題があるが。僕の班は薬草採取だった。
平民出身の僕が気に入らない伯爵令息が、同じ班の公爵家三男に、ある事ない事吹き込んでいたらしい。
僕は、仲間であるはずの彼等に、崖から風魔法を使って突き落とされた。
ドンと、風圧がかかる。身体がチリチリと痺れるような感覚。
ご丁寧に、一時的な封魔の術をかけられてしまったようだ。
真っ逆さまに落ちて行く。
逆さに見える世界が、現実では無いように思えた。
雲一つない青い空。
空を飛ぶ鳥。
断崖に見える緑と、目を引く黄色い花。
魔力を一気に解放すれば、封魔など、消し飛んでしまうだろう。でも。そうしたら、魔力が一気に放出され、明らかな異常として感知されるだろう。
〝おい。策はあるのか?〟
風魔法で届いた声は。学年首席のリオン・グラートか。
「ないねぇ。」
そう言った瞬間、下からブワリと風が吹いた。
落下が急激に弱まる。
景色に見とれて、全てがどうでもいいように思えていた美しい空の世界から、ドサリと現実の地に落ちる。
トン、と、横に降り立つ首席。
「君は、危なっかしいな。何故、力を使わない?」
見下ろしながら、淡々と話しかける。
「魔術師になりたくないから。」
寝っ転がったまま、空を見ながら、答えを返す。
「何になる?」
「魔道具作りたいなぁ。人の役に立つの。」
そう話しながら、その夢を捨ててしまう所だった事に気がつく。
「コレは貸しにしといてやる。まあ、いいだろう。君の茶番に付き合ってやろう。来い。」
そう言って、スタスタと歩きだす首席。
僕は、まだ回らない頭で、成り行きに任せて彼の後を追った。
バタバタと、前方から教師らが走ってくる。
「タリス君!!!無事かね!?」
流石に、教師も顔色が悪い。
概ね、事の原因の予想はついているのだろう。
「大丈夫です。怪我はありません。グラート様に助けて頂きました。慌ててしまって、魔術が使えなくて。」
そう、笑って話す僕の様子を見て、ホッとした表情の教師達。
「ありがとう。リオン君、私達の待機場所からは見えなくて対応が遅れた。君がいてくれて本当に助かったよ。」
「いいえ。ですが、彼には封魔の魔法がかけられていました。これは、問題では?」
「待て。本当かね?」
教師の、1人が、慌てて僕に触る。
あまり、触れられたくないんだけどなぁ。魔力の残滓を調べたいのか。まあ、協力してあげてもいいけど。
触れられている辺りに、さっきまで纏わり付いていた、忌々しい魔力を押しやる。
面白い程に、教師の、顔色が変わる。
「先生、彼は私と行動を共にさせますが、よろしいでしょうか?」
首席の言葉に頷く教師。
その時は知らなかった。
僕の厄日は、まだ始まったばかりだったのだ。
5話書いていたら、タリスに思い入れが強くなり過ぎてます。学園編、みたいな感じですね。




