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回避出来た令嬢は?  作者: 明月 えま
第1章・新しい生活の始まり
17/63

式前夜

日常は変わらない。リリスティールの元へ遊びに行った日以外は、屋敷でおとなしく刺繍をして過ごした。


肩が凝る。


本当に向いていない。でも、リオンに贈る刺繍入りハンカチの出来はまあまあ。だと思う。


明日の式、明後日の披露パーティと2日も王城を空けるため、今日はやや遅くなると連絡があった。


6月。しとしとと雨が降る。

ジューンブライドは幸せになれるなんて話はあったけど、日本は6月は梅雨で天候が悪い為に、ブライダル業界が外国の話を無理矢理定着させたものでは無かったかしら。この国では一神教だから、結婚の神様の祝福とか全く関係ないわねえ。


別に、ジューンブライドに対する憧れで結婚式を決めた訳ではない。

リオンの年度初めの仕事が落ち着くのが6月だったというだけだ。


昨年、まんまとリオンにはめられた蛍見の夕べは、先週、昨年の出来事は何事も無かったかのように王城で行われたらしい。らしい、というのは、護衛の関係もあり、騎士団長カイウスとリオンの協議の結果、まだ私はおおっぴらに外交に出さないと決められ、出席できなかったからだ。


明日は、式。


ラトル教会での式は、ドレスを着るものの、式で行う事はほとんど無い。むしろ、前世のアジア系の挙式のように、花嫁が飾り立てられ、祭壇に座らされる。洋式なドレスなのに、花嫁は紅の顔料を額や頬に文様のように塗られる。洋と東南アジアのようなエキゾチックさが混じり合った不思議な式だ。夫となる者が神の前で、妻に求婚を行い、それを司祭が見届け人として、神に申し立てをすると終わるというシンプルなもの。


神殿で行われる為、天候は何の問題も無い。


明後日のパーティは、日本の披露宴よろしく、ウェルカムボード作成、ウエディングベアも作った。ウェルカムドリンクでのおもてなし用意から、席次まで決定し、席には、一人一人に参加のお礼状を置く準備もしている。引き出物を用意し、テーブル上のお花のセッティング、椅子カバーのコーディネイト、料理や料理に使用する皿まで徹底的にこだわった。この世界の披露パーティは、立食で適当に話をして終わりのようだったので、革新的だろう。でも、リリスティールも呼んでいるし、ゆっくり座れる決まった席があるというのはとてもいいことだと思うのだ。まあ、室内メインだから、雨でも大丈夫。


席を移動して話をするのは、私とリオン。


披露パーティ用に楽団を依頼したのだが、ある日、屋敷の洗濯婦のマリアンナが、とても美しい声で歌っていることに気がついた。28歳の彼女は、3児の母だ。肝っ玉母ちゃんであるが、その声量と、洗濯をする時に歌っている彼女の朗らかな声に聞き惚れて、他の歌を歌ってもらったら、とても上手だった。これはいける!と、思った私は、祝い歌を彼女に歌ってもらうように依頼した。

はじめは使用人が歌うなんてと、固辞されたが、特別ボーナスと衣装作成で無事に契約成立した。

いるじゃないですか。オペラ歌手とかで、ふくよかな方。ああいう方は、身体自体が楽器であり、あの体型だからこそ奏でられる美しい歌がある。


この世界は、あまりそんなふくよかな歌手は見ないけれど、彼女は絶対に有名になるわ。奇跡の歌声とか言われてもおかしくないぐらいの美しい歌声と声量だもの。考えただけで楽しみ。


ああ。リオン、遅い。


数日、ちょっと早く帰って来ていたからというだけで、待っていると寂しさを感じる。


リオンは私を甘やかす。外では、ほとんど表情を出さずに淡々と仕事をしているのに。あのギャップはどこから来るのだろう。


夕方の時間だ。今も、あの執務室で静かに仕事をしているのだろうか。あの書類の山は少しは減っているのだろうか。


遅くなっても今日の夕食は自宅で摂ると話していた。

雨脚が強くなる。

雨は豊穣の雨だ。だが、同時に災害も引き起こすことがある。

ほどほどに、国土を潤してほしい。何事も、加減が大切なのだ。


だまって外を眺めていると、珍しく、雨粒の精がキャラキャラと、笑うように踊っている。

「楽しそうね。」

可愛らしいその様に、つい、笑顔になる。

「僕たちが見えるの??」

5センチ程度の雨粒の精達が、窓にピタッと貼り付いて私を見る。

「ええ見えるわ。雨の精霊さん。とってもご機嫌ね。あなたたちが踊っているから雨が強くなったの?」

「そうだよ。楽しいよー。」

蒼や水色にキラキラ光る。

「大雨にならないように、ほどほどにお願い出来るかしら。もうすぐ、私の旦那様が馬車で帰ってくると思うの。こんなに土砂降りだと、お馬さんも、御者も大変なのよ。」

「そっかー。動物は大変だね。」「いいよ、僕達が見えるお姉ちゃん。」「じゃー、どこで遊ぼうかあ。」

雨の精達が次々に話をする。

「そうねえ。今年、東の穀倉地帯は雨が降らないって困ってたと思うわ。東。わかるかしら?ここから見てお日様が昇る方。畑が干上がってみんな困ってるの。そこで踊ってくれたら雨になるのかしら?」

「そうだよ、僕達が踊ると雨が降るんだ。多分わかるよ。しばらく遊びに行っていない原っぱでしょ。そうだねー。いいよ。たまには行ってみようか。」「そうだね。」「いいかも。」「広いしね。」


精霊達が口々に話をして「お姉ちゃん、またねー。」と言って消えていく。

「ええ。またね。精霊さん。」


癒されるわあ。彼らのキラキラが見えなくなるにつれ、雨が小降りになっていく。

よかった。これで、リオンの帰りも、少しは安全かしら。足下は、まだぬかるんでいると思うけれど。


ソファに座り、ハンカチを入れた黒い小箱をそっと撫でる。帰って来たら、今日、このハンカチを渡そう。

ハンカチを渡す小箱も、使ってもらえるように、黒い南方の木で作ってもらい、金の彫刻を入れてもらった。

黒の宰相様、そのもののイメージの色だ。

黒はリオンの色。黒の官吏服を纏ったリオンの濃い茶色の髪が意外と柔らかくて好きだ。朝の出立時に日の光を浴びたらとても美しいと、見惚れてしまう自分がいる。夜には、その髪も漆黒に見えるほどに美しい。

鋭利な刃物のようなその美貌。その刃物のような冷たさが周囲に向けられても、私には驚くほどに柔らかく笑うあの人の側にずっといたいと思うのは、きっと自然な事なのだろう。


やや、屋敷の中がざわめく感覚。

何も聞こえなくてもリオンを感じる。これが、魂が結ばれたということなのだろうか。


しばらくすると、ノックとともに、「ローズ。」と、声をかけながらリオンが入ってくる。

「お帰りなさい。リオン。」

軽く、抱擁を交わす。

「よかった。濡れなかったみたいね。」

「ああ。しばらく前に急に雨がやんだ。」

「雨粒の精達に、東の穀倉地帯に行ってもらうようにお願いしたわ。」

リオンが珍しく驚いたような表情を見せ、少し顔をしかめる。

「どうなさいました?何か、私、余計なことをしたかしら?」

「精霊に頼んだと?」

「ええ。時々、見えますの。精霊は滅多にいませんけど。今日は会えて楽しかったですわ。」

「精霊が見える者など、国に数人しかいないはずだ。誰かにそのことを告げたことは?」

「見える方が少ないのは知ってますわ。人に話したことはありませんけど。ほら、以前、学院の2年に上がる前に水脈を戻してもらったのも精霊にちょっと移動してくれるようにお願いしたんですのよ?」

「学院には、何と?」

「ちょっと魔力を流しましたとしか話しておりませんわ。目立ってしまうと面倒だと思ってましたもの。」

思案顔のリオン。

「それはよかった。誰にも話してはいけないよ。人の前でも精霊とコンタクトをしないように、見られないように気をつけなさい。さらに君が狙われる原因となる」

「・・・そうなんですね。言わずにいてよかったですわ。でも、言葉に出さなくても会話出来たりしますのよ?魔力の波長ですもの。見えない方には、解らないと思いますわ。」

ギュッと、抱きしめられる。

「待って、待って。リオン。私、貴方に差し上げたいものがあるの。」


そう言って、リオンの腕から抜け出すと、机の上の黒の小箱を取って差し出す。


「これを私に?」

「ええ。開けてくださいませ。」

リオンが静かに箱を開け、ハンカチを取り出す。

「ああ。私の家紋とイニシャル。刺繍は君が?」

「ええ。苦手ですから、あまり上手とは言えませんが。」

「それは謙遜だな。嫌いだと話していたのに、私の為に頑張ってくれたんだね。ありがとう。大事にさせてもらうよ。奥様。」


やさしくリオンが微笑む。

ふふっと、つられて私も笑ってしまう。


「喜んでくださったのなら、私も頑張ったかいがあるわ。」

もう一度、リオンに優しく抱きしめられた。

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黎明 ルークスタッドの後日談、連載中 不器用令嬢、騎士になる カイウスの恋愛話、主に嫁視点を書いてます。  こちらもよかったら読んで下さい。
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