挙式
神の存在など感じられない。しかし、精霊は目にすることがあるこの世界。
多くの民衆には魔力もなく、精霊など目にすることも無い。
やはり、不思議だ。
朝から、いつもより早くアリスに起こされ、若干眠い。
花嫁の準備は大変だ。昨日も綺麗にしてもらったのに、朝から湯浴みをして身を清める。花の香油を髪に塗られ、特別なドレスに着替える。髪を結い上げられ、薄く化粧をされる。
爪に綺麗に色を塗られ(マニキュアではない。1日で取れてしまう顔料のようなもの)
露出した肌に金の粉を当てられる。
それから、結婚式用の絵師が来て、顔に紅の顔料で模様を入れられる。それが済むと、分厚いベールをかぶらされ、ほとんど外は見えなくなる。移動1つにとっても誰かに手を引かれる必要がある。
新郎も用意はあるようだが、礼服というだけで、花嫁ほどの大変さはない。
金を持っている家は、花嫁をたくさんの花や宝石で飾る。
式の時に花嫁を座らせる椅子は特注で、式後に、神の祝福を得た証として家に持ち帰り、新婦が使うようになる。椅子は新郎側が用意するのが慣例であり、そこでも家の財力が出る。
式は基本、シンプルだ。女性は神の前に用意された椅子に座って新郎を待ち、新郎が誓いを述べてベールを外し、新婦が愛を受け入れると表明すれば式は成立とされ、司祭がお決まりの口上を述べて終わる。
当日の神殿入りは新郎・新婦別にするという慣例があり、私は母の介添えで教会の祭壇までやってきた。
母親なのに、2ヶ月は顔を合わせていなかったため、なんだかこれも不思議な気持ちがする。母は式も始まっていないのにもう感極まって時折、涙をおさえている。化粧、崩れますわよお母様。気持ちはとっても嬉しいですけれど。
式は通常、教会が解放されているため、誰でも参加できるものだが、リオンの宰相職を考え、不審者対策として、私とリオンの式は家族のみの参加。その間、神殿は閉められ、騎士団が警護にあたるように手配された。
身体が沈むほどにふかふかで豪華な椅子に座らされ、驚く。ドレスはシンプルだと思っていたのに、座ったとたん、あれよあれよという間に、ネックレスやブレスレット、アンクレットと宝石で飾られ、結われた髪にもたくさんの小粒の宝石がピンで差し込まれる。
過剰包装みたいなものじゃありませんか?いや、ベールがあるので、首にかけられたり、手にはめられたりと、する間にチラチラ見えるだけなんですが、はっきり言って、重いですよ??金持ちの成金おばさんみたいになってません??もう、自分でチェックできないから心配でたまらないですよ???
馬鹿でかい指輪とかが無いだけ、マシとしましょう。
いや、もう、感動の式の筈なのに、早く終わらないかな?なんて思ってきた。
ピット入りしたF1選手の気分です。
「ご準備終わりました。」
メイドが声をかける。それは、私に?と、思っていると、「では。新郎様、司祭様にもお伝えします。」との女性の声。
ああ。神殿の方か。
静謐な神殿の空気。不思議と寒くはない。厳かという言葉が似合う。
私は水の精霊しか見た事無いけれど、もしかしたら、神殿にも、他に精霊がいるのかもしれない、なんてふと思う。
「司祭様、入られます。」
カツカツと響く靴音。
「それでは、始めましょう。新郎の入場前に、最終の確認を。新婦レイローズ。あなたは、本日、リオン・グラートとの挙式の為に神殿に参られました。が、神の御前、今、この時ならば、結婚を解消することが出来ます。あなたは、このまま式を執り行う事を望まれますか?」
司祭が尋ねる。これもお約束だ。女性が無理矢理結婚されることのないように、神殿が一定の力を持っており、売られるように結婚させられる女性を守る。
男性が嫌な場合は、式で誓いを立てなければよいだけだ。
「神の御前で式の継続を望みます。」
私の言葉に、人が動く気配がし、扉が開く音がする。
響く靴音。
ああ。
リオンだ。
「宣誓を。」
司祭の声に、私の前にリオンが座り、手を取る。
文官でありながら、カイウスと剣の稽古もする硬い手。ペンだこのある手。
ああ。これで、名実ともに、この人の妻になるのかと思うと、感慨深い。
新郎の台詞は決まっていない。新婦の返事も。
この人は、何を言うのだろう。
「貴女に私のすべてを捧げ、貴女を守ります。貴女を、愛しています。」
とても、短いシンプルな言葉。
顔を覆っていたベールが、立ち上がったリオンによって取り除かれる。
顔がさらされ、見た事のない白の礼服を着たリオンに見とれる。真剣な顔のリオン。
家族が、騎士達が、司祭を始めとする神殿関係者が私たちを見ている。
返答を返さなければならない。
そう思うと、言葉に詰まる。色々と、考えて来たはずなのに。
「私も、貴方を愛しています。ずっと、貴方と共に歩む事を望みます。」
あまりにもたくさんの思いは、ありきたりな言葉でしか表現できずに。
それでも、その言葉を聞いた瞬間のリオンの美しい笑顔と、満足げな様子に、思わず涙が込み上げる。
「神の御前で2人が夫婦となったことを認めます。お2人にラトル様の加護のあらん事を。」
司祭のお決まりの口上が述べられる。
装飾品で重たいはずなのに、リオンにひょいと抱き上げられ、抱えられたまま式場をでる。
皆が笑って祝福してくれる。
神殿を閉鎖しているため、終了後すぐに解散は決まっていた事だが、これはちょっと恥ずかしいのではないでしょうか??と、いうか。お母様とは馬車でお話出来たけど、お父様とも、2人の兄とも全く話ができていないんですが??
えええ?このまま帰るの??
神殿玄関から馬車に乗る時、神殿周囲で騎士の規制線の外からこちらを見ている人の多さに驚く。
「見せ物では無いのですがね。」
無表情にリオンがつぶやく。
見れば、小さな子供もいる。よく見たら、神殿玄関の噴水では、水霊達がこちらを見ている。
自然に笑みが浮かび、小さく手を振る。
子供達がキャーッと笑い、水霊達の笑顔が見える。
と、サーッと霧のような風が吹き抜け、空に虹が架かる。
歓声とざわめきが聞こえる。
リオンは動きを止めることなく馬車に乗り込んで一言、
「精霊に愛されている事がよくわかりましたが、やりすぎです。」
と、注意をされてしまった。
でも、私、手を振っただけなのに…。
元々、私が水属性の魔法使いであることは周知の事実だから、そう大事にはならないと思うのだけれど。
まあ、一般の人を閉め出した挙げ句に虹をかけて帰って行くなんて、ちょっと目立ったかもね。と、リオンに抱きしめられながらそう思ったのだった。




