第9話:神聖庭師様、ついに「自給自足の野菜」が国家予算を凌駕する
「……なあ、ルル。この大根、また大きくなりすぎてないか?」
世界首都として発展を続ける要塞都市の中央。俺――レントは、畑の土を掘り返しながら、困ったように首をかしげた。
目の前にあるのは、一昨日植えたばかりの『ただの大根』だ。しかし、世界樹の根元で魔力を含んだ土壌と、俺の『神聖緑化』スキルをほんの少し(本人はそう思っている)使った結果、その大根は立派な小型の屋台船ほどのサイズにまで膨れ上がっていた。
「あー、まただね。レントが昨日『たくさん栄養を吸って大きく育ってね』って言ったからでしょ」
ルルが収穫した大根の葉の上で、まるでベッドのように横たわりながら呑気に言った。
「言った覚えはあるが、ここまで育つとは……。これ一本で、首都中の軍隊と観光客が三日間は腹を満たせるぞ」
ため息をつきながら、俺が剪定バサミで大根を切り離すと、ドスンッ! という地響きと共に大根が収穫された。
その瞬間、畑の周りで待機していた帝国軍の兵士や商人たちが、一斉に「おおぉぉぉ……っ!」とどよめき、神を拝むかのように跪いた。
「またしても……! 一本の大根から、これほどまでの『莫大な生命の根源』が……!」
「これで今年の我が国の食糧不足は完全に解消だ! いや、それどころか近隣諸国への輸出だけで国家予算の半分を賄えるぞ……っ!!」
商人たちが震える手で電卓(のような魔導計算機)を叩いている。
おいおい、ただの大根だぞ。そんなに大騒ぎすることか?
そんな時、畑の入り口に、普段は厳めしい顔をしている王国の宰相と帝国の外交官が、揃って顔を真っ青にして駆け込んできた。
「し、神聖庭師様……ッ!! 大変です……っ!」
「今度はなんだ? また隣国が戦争でも仕掛けてきたのか?」
俺が少し苛立ちながら尋ねると、宰相はハンカチで額の汗を拭いながら声を震わせた。
「いえ、そうではございません……! 今回の問題は……あまりにもレント様が作られる『自給自足用野菜』の品質と量が凄まじすぎて、大陸中の農家が軒並み経営難に陥っているのです……っ!!」
「……は?」
「あなたの『家庭菜園』の野菜が市場に並ぶたび、他の野菜がただの枯れ草に見えて売れなくなってしまうのです! このままでは大陸中の農業経済が崩壊し、全農家がレント様に弟子入りを志願して押し寄せてくる事態になっております……!」
俺は、先ほど収穫した巨大大根と、呆然と立ち尽くす宰相たちを交互に見比べた。
(俺の庭の野菜が、大陸の経済を狂わせているだと……?)
「……いいか、宰相。そんなこと言われてもな。俺はただ、自分で食べる野菜を作ってるだけなんだ。それに、そんなに大騒ぎするなら、もう市場になんて出さなくていいから!」
俺がピシャリと言うと、宰相は「そ、それもまた困るのです!」と血相を変えた。
「レント様のお野菜を食べた国民が、みんな病気知らずで怪力になってしまい、今やレント様のお野菜が届かない日には国民が暴動を起こしかねないのです……っ!!」
「……えぇ……」
もはや笑うしかない。
自分で食うために植えた野菜が、大陸を救い、同時に大陸の経済を破壊し、さらには国民の健康を過剰に守っているというのか。
「ねえレント、そんなに悩むならさ。いっそのこと、世界中の農家を『庭師ギルド』にまとめちゃえばいいんじゃない?」
ルルが呑気に提案する。
「庭師ギルド……?」
「そう! レントが師匠で、みんながレントの教えを学ぶ弟子。そうすれば、レントのやり方をみんながマスターして、世界中がレントの庭みたいに美味しい野菜で溢れるよ!」
……それ、悪くないアイデアかもしれない。
少なくとも、俺が一人で野菜を作るよりは楽ができるし、みんなが幸せになれるなら、結果的に俺の「のんびりスローライフ」にも繋がる。
「……よし。決めた。宰相、ガランデル。世界中に『庭師ギルド』を設立する。俺のガーデニングの基本である『愛情を込めて、土をいじって、定時で帰る』を徹底させろ」
俺が宣言すると、宰相とガランデルは歓喜のあまりその場で絶叫した。
「お、おおぉ……! ついに神聖庭師様が、大陸全土に『庭師の福音』を広められるのだぁぁぁ――っ!!」
――こうして、俺は意図せずして「大陸農業・経済統括最高責任者」という、またしてもとんでもない肩書きを背負うことになった。
やれやれ。
俺の畑には、今日も今日とて、世界中のトップたちが「野菜の育て方」を学びに来る長蛇の列ができている。
俺が求めていた「のんびりスローライフ」は一体どこへ行ったのか。
夕焼けに染まる世界首都を眺めながら、俺は今日もまた、巨大なキャベツを収穫するために剪定バサミを手に取るのであった。




