第8話:伝説の温泉、ついに世界首都の「名所」になる
「……なぁ、ルル」
朝食のタルトを食べ終え、俺――レントは世界樹の根元に新しく湧き出た巨大な天然温泉の岩風呂を見つめながら、深いため息をついた。
「どうしたの、レント? お湯加減熱かった?」
「いや、お湯加減は完璧だし、肌はツルツルになる最高の温泉なんだけどさ……」
俺が指差した先。
世界樹の豊かな魔力と霊泉によって拡張されたその大温泉郷は、もはや「我が家の裏庭」というレベルを超え、世界首都の一大レジャー施設と化していた。
柵の外側には、世界中から集まった貴族や商人が「神聖温泉に浸かれば不老不死になれる!」と大行列を作り、チケットの争奪戦で警備の帝国軍がてんやわんやの大騒ぎを演じている。
「いや、俺が入りたいときに他人がうじゃうじゃいる温泉なんて、ただの公共浴場じゃないか……!」
「ふふっ、じゃあ特別に、ボクとモフモフの貸切タイムにしてあげる!」
「そういう問題じゃないんだよなぁ……」
頭を抱える俺の背後で、モフモフ大先生(元Sランク巨大グマ)が「ふにゃあ」と気持ちよさそうに足湯に浸かっている。お前はすっかり馴染んでるな。
その時、温泉の入り口の方から、パタパタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
やってきたのは、王国で一番偉い……はずの国王陛下だった。なぜか今回は冠も被らず、手ぬぐいを首にかけた一般の観光客スタイルで、ハアハアと息を切らせながら走ってきたのだ。
「し、神聖庭師様……っ!! お、お慈悲を……っ!!」
「……国王陛下? なんですかその格好は」
俺が呆れた顔で振り返ると、国王はガタガタと震えながら俺の足元に平伏した。
「我が国の第一浴場組合から報告がありまして……この『世界樹の霊泉』の一滴が、隣国の王族の間で『飲むだけで寿命が伸びる聖水』として高値で取引され、国交断絶寸前の大戦争に発展しかけているのです……っ!」
「……は?」
俺は思わず耳を疑った。
「たかが温泉のお湯だろ? なんでそれが戦争になるんだよ」
「な、なにをおっしゃいますか! あの霊泉で淹れたお茶を一口飲んだ我が国の宰相は、先ほど若返って十年前の剣技を取り戻したのです! 世界中の国々が、この『神聖庭師様の温泉』の権利を巡って喉から手が出るほど欲しがっているのです……!」
国王は涙を流しながら訴える。
ガランデル将軍もどこからともなく現れ、「はっ! 我が帝国軍としても、この霊泉を『国家防衛戦略水資源』に指定し、周囲三キロメートルを要塞化する許可を――」と鼻息を荒くした。
「却下だ!! 全員却下!!」
俺は思わず声を荒らげた。
「ここは俺の家の風呂だ! 勝手に外交のカードに使うな! 国同士で揉めたいなら他所でやってくれ!」
俺がピシャリと言い放つと、国王もガランデルも「ひっ……!」と身を縮こまらせ、頭を床にこすりつけた。
「さ、流石は神聖庭師様……! 国の利権など一顧だにせず、あくまで『個人のバスタイムの平穏』を死守されるその孤高のお姿……! 我らはなんと愚かだったのか……!」
「いや、個人のバスタイムもクソもあるか、普通に毎日ゆっくり風呂に入りたいだけだよ!」
やれやれ、と俺がこめかみを押さえていると、ルルがクスクスと笑いながら俺の背中をポンポンと叩いた。
「ねえレント、そんなに困るならさ、あの人たちに『毎日お風呂の掃除を綺麗にやってくれたら、お湯のおすそ分けをしてあげる』ってルールを作ったらどう? 人間って、そういうの好きでしょ」
「……お掃除の当番制、か」
意外とそれは悪くないアイデアかもしれない。
どうせ俺一人ではこの広すぎる温泉を掃除しきれないし、帝国軍と王国軍にピカピカに磨かせておけば、いつでも綺麗な状態でゆっくり浸かれるというわけだ。
「……よし。お前ら、条件がある」
俺が振り返ると、国王とガランデル将軍は「はっ!」と背筋をピンと伸ばした。
「この温泉の周りを綺麗に掃除し、一般の利用ルールを厳しく守るなら……週に一度、おすそ分けの湯を分けてやってもいい」
瞬間、二人は感動のあまり手を取り合って号泣した。
「神聖庭師様が……我らに『温泉の清掃管理権』という名の聖なるミッションを授けてくださったぞ――っ!!」
「「万歳――っ!!」」
――こうして、世界首都の最高権力者(国王と将軍)は、揃って世界樹温泉の「専属清掃員」に任命されたのだった。
やれやれと苦笑しながら、俺は誰もいない一番風呂にゆっくりと体を沈める。
湯気越しに見上げる世界樹の空はどこまでも高く、今日も今日とて、俺ののんびりスローライフは(方向性はズレつつも)最高のリラックスタイムを更新していくのであった。




