第2話:世界樹の根元で、伝説の精霊王とお茶を淹れる
「……あ、あの。いきなり叫んだり土下座したり、大丈夫ですか?」
目の前で未だにガタガタと震えている銀髪の少女――世界樹の精霊王に向かって、俺は戸惑いながらハンカチを差し出した。
少女はキョトンとした顔でそのハンカチを受け取り、パチパチと目を瞬かせる。
「うーん……キミ、面白い匂いがする。人間のくせに、このボクを目覚めさせるほどの『純粋な生命の魔力』をダダ漏れにしてるし……それに、ここ、すごく居心地がいい」
少女はくんくんと鼻を鳴らし、すたすたと俺の足元に歩み寄ると、なんと何の躊躇いもなく俺の服の裾をギュッと掴んだ。
「ねえ、人間。ボクの名前は『ルル』。今日からキミの専属……じゃなくて、この庭の主にしてあげる。だから、美味しいご飯を作って!」
「いや、勝手に住み着かないでよ。ていうか、ここは元々『呪われし魔の森』のど真ん中なんだぞ。少しは危機感を――」
俺が呆れてため息をついた、その時だった。
グオオオオオッ……!!
世界樹を囲む黒い霧の向こうから、地響きのような唸り声が響き渡った。
ずしん、ずしん、と大地を揺るがしながら現れたのは、全身が黒い岩甲羅に覆われた巨大な魔獣――狂化アース・ベア(Sランク相当)。
この魔の森の覇者であり、かつては一国の騎士団をも壊滅させたという最悪の凶獣だった。
「ひっ……!?」
俺の背後で、魔の森の噂を聞きつけて様子を見に来ていた(かもしれない)通りすがりの冒険者……の姿はなく、ただ物陰で震える小動物の群れが見えた。
いや、それよりも目の前の巨大グマだ。あんなのが突っ込んできたら、俺の建てたばかりの簡易ベッドが一瞬で木端微塵になってしまう。
「おいおい、せっかくのマイホームが壊されちまうだろ……」
俺が小さく舌打ちし、愛用の剪定バサミを握りしめたその瞬間。
「――うるさい虫ね。キミの庭を荒らす気?」
ルルがふっと小さく息を吐いた。
たったそれだけだった。
ドオオオオオオッ!!
ルルから放たれた目に見えない「神気の余波」だけで、襲いかかろうとしていたSランクの巨大グマは、文字通り地面にペチャンコに押しつぶされ、そのまま気絶してしまった。
いや、気絶どころか、その巨体から禍々しい魔力がきれいに浄化され、数秒後には、ただの「極上のハチミツを大量に蓄えた、おとなしいモフモフのクマ(無害)」へと変貌を遂げていたのである。
「「…………え?」」
遠巻きに様子を伺っていた(そして後で俺を襲おうと隠れていた)野次馬の魔物や、森の様子を探りに来ていた帝国軍の斥候たちが、全員で目玉を飛び出させて固まった。
「ふぅ。お腹減った。レント、何か甘いもの作ってよ」
ルルはケロッとした顔で、俺の袖をクイクイと引っ張る。
俺は冷や汗を拭いながら、目の前で丸くなっている元・凶悪な魔獣と、空を覆う天空の神樹を見上げ、そして頭を抱えた。
「……あのさ、俺がやりたかったのは、静かに自給自足のスローライフを送ることなんだけど……この庭、どうなっちゃうんだよ……!」
ツッコミを入れる俺の頭上で、世界樹の葉が心地よい音を立ててさざめく。
こうして、底辺職『庭師』の平和(?)な日常は、とんでもないスケールで加速していくのだった。




