第1話:底辺職『庭師』、理不尽に追放されるも、前人未踏の土地でスローライフを志す
「――おい、レント。お前のその『庭師』ってゴミジョブ、もうウチのパーティにはいらねぇんだわ」
王都の高級酒場。
豪奢な鎧に身を包んだ剣士――パーティ『剣聖の翼』のリーダーであるガルドは、目の前に座る地味な少年を冷ややかな目で睨みつけながら言い放った。
「雑草を刈ったり、ちょっとした花壇をいじったりするだけのスキルなんてよ、この最難関ダンジョン攻略の足手まといでしかないんだよ。なぁ、みんな?」
ガルドの言葉に、神官の美女と、魔術師の男が冷笑を浮かべて同調する。
「本当よね。荷物持ちとしてもお世辞にも優秀とは言えなかったし」
「戦闘じゃ一歩も前に出ないで、後ろで草むしりしてるだけだったもんな。恥ずかしくないのかよ」
彼らは、Aランクパーティー『剣聖の翼』。
俺――レント・セージ(17)は、その雑用係兼『庭師』として、かれこれ一年間、彼らの後方支援を押し付けられてきた。
だが、実際はどうだ? ダンジョン内の危険な毒草を瞬時に無毒化し、過酷な環境でも俺の『緑化スキル』で即席の野営地(完璧な庭園)を整え、彼らの傷を最上級の薬草で癒やし続けてきたのはこの俺だ。
それを「役立たず」とは。
「……そうですか。わかりました。では、これまでの報酬と、契約解除の合意書を」
俺が静かに差し出すと、ガルドは鼻で笑って一枚の羊皮紙を投げつけてきた。
「報酬? お前みたいな無能に払う金なんかねぇよ。代わりに、これやるよ。王都の南西、国境沿いにある『呪われし魔の森』の土地権利書だ。お前みたいな田舎者は、一生そこで泥でもいじって暮らしてろ!」
ガルドたちが大笑いしながら酒場から去っていく。
周囲の冒険者たちも、憐れむような、あるいは嘲るような目を向けていた。
『呪われし魔の森』。
そこは、一歩踏み入れば二度と生きて帰れないと言われる死の土地。強力な魔物が跋扈し、植物ですら人間を捕食するという悪名高い場所だ。
――だが。
俺は心の中で、小さくガッツポーズを作っていた。
(……やった。ついに、自由だ!)
正直、あんなプライドの高い脳筋どものお世話をするのはうんざりだった。
俺の夢は、静かな場所で、自分の好きな植物たちに囲まれてのんびり暮らすこと。人里離れた土地など、スローライフを送るには最高のロケーションではないか。
こうして俺は、王都を追い出され、荷物一つで『呪われし魔の森』へと足を踏み入れたのだった。
三日後。
「うわぁ……見事に荒れ果ててやがる」
魔の森の深部。周囲を禍々しい黒い霧と、凶悪な魔物の気配に囲まれたその場所で、俺は大きく息を吐いた。
地面は干からび、木々は黒く枯れ果て、不気味なトゲを持つ雑草がうごめいている。普通の人間の絶望する顔が目に浮かぶような光景だ。
しかし、俺の心は高鳴っていた。
「よしよし、これだけ栄養(魔力)が溜まった土壌なら、逆に最高のキャンバスになるぞ」
俺は腰から、お気に入りの『特製剪定バサミ』を取り出した。
これはただの鉄屑ではなく、前世の記憶と共にある俺の固有チートアイテムだ。
ふと、目の前にぽつんと一本、ひからびた『ただの種』が落ちているのを見つけた。
それは、ガルドたちに追放される直前、旅の途中で拾った名前も分からない植物の種だった。
「お前も、こんなところで枯れ果てていたのか。……よし、ここに植えてやろう」
俺は地面を丁寧に耕し、その種をそっと植えると、手のひらをかざして、固有スキルを発動させた。
『――【神聖緑化】、発動』
瞬間。
俺の体から、黄金色と鮮やかなエメラルドグリーンが混ざり合った、圧倒的な生命の光が溢れ出した。
それは周囲の闇を霧散させ、大地を震わせるほどの莫大な魔力の奔流となって、植えられた種へと注ぎ込まれていく。
「――おっと、ちょっと魔力を込めすぎたか?」
ゴゴゴゴゴ……! と、大地が地鳴りを立てる。
びくりと身構えた俺の目の前で、先ほどの種が凄まじい勢いで発芽し、驚異的な速度で空に向かって伸びていった。
10メートル。
100メートル。
1000メートル――!
「え……?」
見上げた空は、すでにその巨大な枝葉によって覆い尽くされていた。
それはもはや木ではない。天空を支えるかのような、圧倒的な神樹――世界樹だった。
さらに、世界樹の根元からは清らかな霊泉が湧き出し、周囲の枯れ果てた大地は一瞬にして、世界で最も美しい庭園へと変貌を遂げていく。
枝葉からは心地よい風が吹いていき、周囲にうごめいていた凶悪な魔物たちは、その神聖な気配に平伏するように、大人しく頭を垂れていた。
静寂の中、世界樹のてっぺんから、ふわりと光の粒が舞い降りてくる。
そして俺の目の前に着地したのは――背中に透き通る翼を持った、息を呑むほど美しい銀髪の少女だった。
「……んー……よく寝た。ねえ、キミがボクを目覚めさせてくれたの?」
少女――数千年の間、眠りについていたはずの森の主にして伝説の精霊王が、トロンとした目で俺を見上げて首をかしげる。
俺は目の前のありえない光景に呆然としながらも、とりあえず、目の前の少女に優しく微笑みかけ、こう言った。
「あ、えっと……その、邪魔な雑草をちょっと片付けて、庭木を植え替えただけなんだけど……よかったら、お茶でもしていくかい?」
こうして、底辺職『庭師』による、世界を揺るがすのんびりスローライフ(※ただし気づけば世界最強の都市になっていた)の幕が上がったのだった。




