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彼とお弁当 〜無愛想な店員と、少しずつ近づく距離〜  作者: 灯影


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3/3

彼と私とお弁当

 

 ――翌朝。


「おはようございます。のり弁当お願いします」

「……はい」


 いつも通りのはずの朝。

 でも今日は、どこか少しだけ違っていた。

 お弁当を受け取る。

 代金を置く。

 その一連の流れの中で、ほんの一瞬だけ、手が迷う。


 ──見てしまった。


 顔を上げた瞬間、視線が絡んだ。

 たったそれだけ。

 それだけのはずなのに。


 彼女の声が続く。


「……あの」


 その一音で、呼吸が止まりかける。

 次の瞬間、喉の奥が詰まるような感覚。


 昔の記憶が一瞬だけよぎって、反射的に視線を逸らす。


 でも、それでも。

 ちゃんと聞こえてしまった。


「……いつも、ありがとうございます」


 その言葉は、責めるものじゃなかった。

 確認でもなかった。

 ただ、まっすぐだった。


 だから余計に、どう返せばいいのか分からなかった。


「……こちらこそ」


 それしか出てこない。

 もっとちゃんとした言葉があったはずなのに。


 奥に戻る。


 いつもの場所。


 いつもの動作。


 なのに、頭の中だけがうるさい。


 目が合った。

 言葉をもらった。

 それだけで、こんなに揺れるのか。




 ──同じ時間。



 彼女も、同じようにその瞬間を思い返していた。


 ほんの一瞬だけ合った視線。

 少しだけ揺れた彼の目。

 すぐ逸らされた顔。


 だけど、確かに何かが変わった気がした。

 今まで“冷たい人”だと思っていた。

 でも今日のそれは違った。

 怖いわけでも、無関心でもない。


 ただ、うまく受け取れない人。



 ──二人とも、同じ朝のことを考えていた。


 同じ一瞬を。

 違う形で。


「また明日も――」


 その言葉は、同時に、どちらの心にも浮かんでいた。




 まだ言葉にはならないまま。


 でも確かに、同じ方向を向いていた。

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