彼と私とお弁当
――翌朝。
「おはようございます。のり弁当お願いします」
「……はい」
いつも通りのはずの朝。
でも今日は、どこか少しだけ違っていた。
お弁当を受け取る。
代金を置く。
その一連の流れの中で、ほんの一瞬だけ、手が迷う。
──見てしまった。
顔を上げた瞬間、視線が絡んだ。
たったそれだけ。
それだけのはずなのに。
彼女の声が続く。
「……あの」
その一音で、呼吸が止まりかける。
次の瞬間、喉の奥が詰まるような感覚。
昔の記憶が一瞬だけよぎって、反射的に視線を逸らす。
でも、それでも。
ちゃんと聞こえてしまった。
「……いつも、ありがとうございます」
その言葉は、責めるものじゃなかった。
確認でもなかった。
ただ、まっすぐだった。
だから余計に、どう返せばいいのか分からなかった。
「……こちらこそ」
それしか出てこない。
もっとちゃんとした言葉があったはずなのに。
奥に戻る。
いつもの場所。
いつもの動作。
なのに、頭の中だけがうるさい。
目が合った。
言葉をもらった。
それだけで、こんなに揺れるのか。
──同じ時間。
彼女も、同じようにその瞬間を思い返していた。
ほんの一瞬だけ合った視線。
少しだけ揺れた彼の目。
すぐ逸らされた顔。
だけど、確かに何かが変わった気がした。
今まで“冷たい人”だと思っていた。
でも今日のそれは違った。
怖いわけでも、無関心でもない。
ただ、うまく受け取れない人。
──二人とも、同じ朝のことを考えていた。
同じ一瞬を。
違う形で。
「また明日も――」
その言葉は、同時に、どちらの心にも浮かんでいた。
まだ言葉にはならないまま。
でも確かに、同じ方向を向いていた。




