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彼とお弁当 〜無愛想な店員と、少しずつ近づく距離〜  作者: 灯影


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1/3

私とお弁当

 

 私のよく行くお弁当屋さん。


 チェーン店ではなく、個人経営の小さな店で、二階建ての一軒家の一階が店舗になっていた。


 中学生の頃の私は、家庭環境に少し事情があって、限られたおこづかいをやりくりしながら、ここに通っていた。


 だし巻きと唐揚げがとても美味しくて、初めて食べたときは本気で感動したのを覚えている。


 そして高校生になった今も、私はここに通っている。


「おはようございます。鮭弁当お願いします」


「……はい」


 目は合わない。声も必要最低限。

 淡々と、というよりは少しだけ無愛想な彼が注文を受けて、奥へと消えていく。


 朝の時間帯は、いつも彼一人で店を回している。


 近所のおばさんたちの噂では、この店の長男で二十代らしい。


 そして──


「すごく愛想いいのよ、あの子。笑うとめっちゃ可愛いの!」


 ……という話も、聞いたことがある。


 正直、信じられない。

 少なくとも私は、一度もその“笑顔”とやらを見たことがない。

 朝の空気ごと冷やすような対応しかされたことがない。


 ガタガタ、と奥から音がして、ふわりといい匂いが広がる。

 彼がカウンターに戻ってくる。


「お待たせしました。鮭弁当です」

「ありがとうございます」


 私は用意していた袋にお弁当を入れると、代金をトレーに置く。


「昨日も美味しかったです」

「……どうも」


 それだけ言って、彼はまた奥へ消えていく。

 今日も同じだ。


「……またダメかー」


 店を出ながら、私は小さく笑った。

 私は彼の“笑顔”を見たことがない。

 それなのに、なぜか嫌いにはなれなかった。



 ――お昼休み。



 お腹すいたー! と、私の前の席から椅子を借りて座り、お弁当箱を出しているのは幼馴染みの友美だ。



「数学ん時、眠いわお腹すくわで疲れたー! んで、今日はなに弁?」

「今日は鮭弁」


 私も袋からお弁当を出して蓋を開けた。

 白いご飯が見えないくらいの、大きな焼き鮭が目に飛び込んだ。


「相変わらずすごい美味しそうだよねー。あたしのミートボールとだし巻き一個替えて」

「はいよー」


 三つあるだし巻きを友美に渡すと、その下から茹でたほうれん草が見えた。


 あとは定番のきんぴらごぼうに、彩りの野菜炒めが入っている。


「……ねー、あたし思うんだけどさあ」


 友美がだし巻きを半分に割りながら言った。


「あのドライアイスマンさー、実はめっちゃいい人じゃない? その上を行く恥ずかしがりなんだろうけど」  


 ご飯を頬張っている最中で話せない私を見て、友美は続けた。


「だってさ? これ380円のクオリティじゃないじゃん。いくらなんでも安すぎだって!」


 その事については私もずっと思っていてーー


 高校一年の半ばにおばちゃんがいる時間帯に店にいき尋ねたことがある事。


 バイトもしてるし、今のところ大丈夫だから、もう少し値段をあげてと。


 そしたらおばちゃんは何いってんのと笑った。


 自分たちが昔色んな人から助けてもらって生きてこられたから、今はその恩を送る立場にあるのだと。


 しっかり生きることが出来るようになったら、また別の人に恩を送りなさいと言われた。


「何その感動秘話! だからここのお弁当は美味しいんだよ! あたしも、もっと通おうかな!」


 と、興奮気味に続けた。


「それにさ? それにさ? 夏とかには痛まないように抗菌シート入ってるし、保冷剤までついてるし」



 ――翌日。



「おはようございます。鮭弁当お願いします」

「……はい」


 また同じやり取り。

 また同じ無表情。


 でも、昨日友美に言われて色々気付いた事がある。


 お弁当箱が、毎回少しずつ違うことに。

 派手じゃないのに、どこか“選ばれている”ようなデザイン。


 いつも通り。

 いつも通りのはずだけど――


 ふと彼を見る。

 やっぱり目は合わない。


 でも──手元の動きだけは、妙に丁寧だ。


 私はお弁当を受け取りながら、言った。


「……あの」


 彼の手が止まる。


「お弁当箱、いつもありがとうございます」


 今度はちゃんと、目を見て言った。

 そしてちゃんと伝わるように“箱”の部分を強調した。


 ほんの一瞬だけ。


 彼の表情が揺れた気がした。


「……別に」


 それだけ言って、彼は奥へ消える。

 でもその日、私はなぜか確信した。

 あの人は冷たいんじゃない。


 ただ、上手に笑えないだけだ。



 それからも私は通う。

 冷たい彼が作る、やさしいお弁当を。


 いつかあの人が笑う日が来るなら。

 その最初の一人が私ならいい、なんて。


 少しだけ、思ってしまった。

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