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植物の声が聞こえる出稼ぎΩ、冷徹α宰相に買われて枯れた領地を蘇らせる〜不器用な旦那様の重すぎる溺愛からは逃げられません〜  作者: 水凪しおん


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第7話「雨中の追跡と見つけた温度」

雨は勢いを増し、石畳を叩きつける音が世界のすべてを塗りつぶしていく。

泥水の中に横たわるロイの体から、最後の熱が奪われようとしていた。

薄い麻の服は皮膚に張り付き、氷のような雨水が骨の芯まで浸透してくる。

感覚はとうに麻痺し、指先を動かすことさえできない。

散らばった風呂敷の中身が、濁った水に流されていくのをただ見つめることしかできなかった。

呼吸をするたびに、冷気が肺を刺す。

視界の端が黒く欠け始め、輪郭が曖昧に溶け出していく。

故郷の村へ帰る。

その決意だけで屋敷を飛び出したものの、自分の足の弱さを思い知らされた。

結局、自分は誰かに寄りかからなければ生きていけない無力な存在なのだ。

泥に沈む頬に、冷たい雨滴が絶え間なく落ちてくる。

閉ざされゆく視界の中で、ロイの脳裏に浮かぶのは、故郷の青い空ではなく、暗い温室の景色だった。

黒い土、純白の花、そして、その前で自分を見下ろす夜空のような瞳。

アレクが素手で頬に触れた時の、火傷しそうなほどの熱。

不器用に掛けられた言葉の端々に滲んでいた、彼なりの優しさ。

どうして、あの手を振り払ってしまったのだろう。

彼の経歴に傷をつけたくないという建前の奥に、ただ傷つくのが怖かっただけの自分がいる。

身分が違うからと逃げ出し、彼の本当の心に向き合おうとしなかった。

泥水に浸かった唇から、白い息が微かに漏れる。

もう一度、あの温室の土に触れたい。

彼がまとう、冬の森の鋭く静かな香りに包まれたい。

遅すぎる後悔が胸を締め付け、ロイは力なく目を閉じた。

雨音が遠ざかり、世界が闇に沈もうとした、その時だった。

遠くから、規則正しい破砕音が近づいてくる。

硬い蹄が石畳を蹴り上げる音が、雨の幕を引き裂いてロイの鼓膜を震わせた。

それは迷いなく、この薄暗い路地裏へ向かって真っ直ぐに進んでくる。

音はすぐそばで止まり、荒々しい馬のいななきが響いた。

誰かが飛び降りる気配。

水しぶきを上げる足音が、ロイの頭上で急停止する。

顔を上げる力はない。

しかし、冷たい雨の匂いを上書きするように、濃密な香りが舞い降りてきた。

冬の森の奥深く、雪に覆われた針葉樹の鋭さと、その下に隠された確かな熱。

彼だ。

ロイの心臓が、凍りついたはずの胸の奥で小さく跳ねた。


「ロイ」


喉の奥から絞り出すような、ひどく掠れた声が降ってくる。

次の瞬間、乱暴な力で肩を掴まれ、泥水の中から引き上げられた。

上質な外套の生地が擦れる音がして、ロイの体は硬く熱い胸板に強く押し当てられる。

鼻先を打つのは、雨水と混ざり合ったアレクの匂いだ。


「あ」


声を出そうとしたが、喉が引きつって音にならない。

アレクの腕は万力のようにロイの背中を締め付け、骨が軋むほどの力で抱きしめている。

彼の呼吸はひどく乱れ、吐息がロイの冷え切った首筋に熱く吹きかかった。


「なぜ、逃げた」


耳元で囁かれた言葉には、いつもの冷徹な響きはない。

隠しきれない焦燥と、腹の底から湧き上がるような怒り、そして、それに勝るほどの安堵が入り混じっていた。

ロイは重い瞼をわずかに持ち上げ、自分を抱きしめる腕の主を見上げる。

夜の闇に紛れるほど深い色の髪は雨に濡れて額に張り付き、水滴が端正な顎の輪郭を伝って落ちている。

宰相としての威厳も、貴族としての矜持も、今の彼には見当たらない。

ただ、失いかけたものを力ずくで取り戻そうとする、剥き出しの執着がそこにあった。


「あの方の……ご迷惑に……」


震える唇から、切れ切れの言葉がこぼれ落ちる。

アレクはロイの体を抱きしめたまま、空いている手でその頬を包み込んだ。

泥と雨水にまみれた肌を、彼の手のひらの熱がゆっくりと溶かしていく。


「迷惑だと。お前が勝手に消えること以上の迷惑があると思うか」


彼の瞳が、至近距離でロイを射抜く。

その奥に渦巻く黒い感情の底に、ひどく痛切な色が混ざっているのを見て、ロイは息を呑んだ。

彼は怒っているのではない。

傷ついているのだ。

自分が彼を拒絶し、逃げ出したことで。


「俺は、農夫です。ただの出稼ぎの」

「それがどうした。私が手放さないと言ったのだ。お前が何者であろうと、私の言葉が絶対だ」


アレクの指が、ロイの後頭部に回り、冷たい髪の毛ごと強く引き寄せる。

鼻先が触れ合うほどの距離で、彼の瞳がロイのすべてを縛り付けた。


「お前は、私の元から離れることはできない。……死ぬまでだ」


それは、呪いのような愛の言葉だった。

身分の違いも、立場の壁も、彼の前では何の意味も持たない。

ロイの体内で、凍えきっていた血が再び巡り始める。

彼の熱が、指先から、肌から、流れ込んでくる。


「あ、れく……様……」


初めて名前を呼ぶと、彼の手のひらがピクリと震えた。

ロイの瞳から、雨水とは違う熱い雫がこぼれ落ち、頬を伝って彼の手を濡らす。

アレクはそのまま、ロイの体を持ち上げるようにして立ち上がった。

泥水に浸かっていた足が宙に浮き、ロイは彼の首に腕を回す。

彼の外套はロイの服の泥で汚れ、高価な生地が台無しになっているはずだった。

しかしアレクはそんなことには微塵も頓着せず、ロイを自らの馬へと運んでいく。

冷たい雨の夜。

しかし、ロイの体は彼が与えてくれる絶対的な熱に包まれ、もう二度と寒さを感じることはなかった。

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