93 悪役令嬢、店を手に入れる。(☆)
その建物は王都の外れにあった。
検問所の内側、五軒隣。主街道から一本側道に入る、その入り口付近。
旅人が通行証をしまい、後から押し寄せる人混みに流されるまま歩を進め、やっと一息ついて『ああ、王都に来たなぁ』と顔を上げた時に、特徴的な三角屋根が目に入る位置にある。
瀟洒な二階建てはもともと宿屋だったらしい。
こぢんまりとした建物ながら広い正面玄関には馬車が停まれる程度の車寄せもあり、それぞれの窓に付けられた鎧戸、そして建物の周囲を取り囲む緑がプライバシーをしっかり守る。
吹き抜けのロビーは開放的で、緩やかな曲線を描く階段と、小さな楽団ならすっぽり入りそうなステージまで備えている。
そんな建物だが、やはり城下から遠いのがネックになった。
最初のオーナーとしては〝日常から離れた隠れ家的な一軒家〟とでも謳いたかったのかもしれないが、如何せん立地が悪い。
非日常を求める客はもっと風光明媚な土地に行くし、ちょっと一息程度の客なら日常がすぐ近くあったほうが都合が良い。日没とともに寝静まるような何もない場所では手持無沙汰で退屈なだけだ。
と言うわけで最初の持ち主は早々に此処を手放し……その後も何度か持ち主を変えたけれども長続きせず、ここ数年は空き家になっていたのだそうだ。
「……それをテオルク様から紹介された、と」
「ええ。思っていたよりずっと良い物件だわ。そう思わなくて?」
聴聞会帰りの馬車で、コーネリアの修道院送り回避でぬい服の店を出すことになった、と言う話をした際、テオルクから「良い物件がある」と紹介されたのがこの店だった。
何故魔法省職員のテオルクが物件の斡旋まがいのことまでするのか。
彼の顔の広さには呆れるものがあるが、相手は伯爵令嬢兼ビジネスパートナー。成果は自身にも跳ね返ってくる。粗悪品を掴ませる真似はしないだろう。
そんな(コンラートに言わせれば全くあてにならない)〝女の勘〟で、取りも直さず建物を見てみることにしたのだが、やはり私の勘は正しかった。私の女子力は確実に上がっている。
「不良債権を掴まされただけでは?」
「女性心理がわかっていないわねコンラート。女はね、隠れ家的な一軒家が好きなのよ」
「裏稼業の方々もその手の建物が好きですよね?」
私はめいめい見て回っては歓声を上げているペトラとリーナを見、それから私の隣で怪訝そうに眉をひそめているコンラートとを見比べる。
宿として成り立たなかったのは、吹き抜けだのステージだののせいで部屋数が少なく、経営を成り立たせるには料金を高く設定せざるを得なかったこと、前述したように客の心情を読み取れなかったこと、そして何より小一時間ほどで城下の外れ(しかし都会らしさを感じられるあたり)に辿り着けてしまう距離であるが故に、客をそちらに取られてしまったことが大きい。
向こうは歩いて行ける距離に店も酒場も多い。
対してこちらは店も酒場もあるにはある。が、店は早々に閉めてしまうし、酒場は検問所の門兵御用達……と言いうよりも食堂兼酒場として昼夜問わず門兵が居ついているから、旅人は入りにくい。
だがぬい服の店なら。
コーネリアに連れていかれたぬいカフェもそうだったが、この手の客は九割が女性。そして女性とは口コミで良い店を共有し、良いと思えば多少の距離や金額などものともしない。
遠征と称して遠くの店まで出向くことを厭わない女性パワーは男にはわかるまい。
そして残る一割の男性客──世間一般的に『男が人形なんて』と蔑まれる界隈で、その一割の男性客は肩身が狭い。なるべく人目に付かずに店に出入りしたい彼らにも、隠れ家仕様の店は有難いはずだ。
加えて、検問所が近いから治安も悪くはない。
女ばかりの店だ、と万が一、門兵が狼に豹変したとしても、店の後ろにいるのがルブローデ辺境伯爵家と代々宰相を出しているチェスター侯爵家とわかれば手は出せまい。
まぁその前に、大事な一人娘に虫が付かないようバルトガー侯爵家からも護衛がつくことは間違いないし、テオルクも学園並みの防御結界を施すと言っていたけれども。
「しかし何故テオルク様がそこまで気をかけて下さるのです?」
「新しい事業形態だし、サンプルでも取りたいのではないかしら。知っていて? こういうのをブルーオーシャンと言うそうよ?」
成功すれば事業の拡大ばかりではなく、罪を冒したものの修道院送りにするにはちょっと上の方の事情が……なんて方々の更生施設としても。
あの金の匂いに敏感なテオルクのこと。無意味な事業に手を貸してくれるはずがない。まず確実にルブローデとバルトガーには恩を売れる。〝未来の宰相〟としてはそんな人脈まで見越して動いた可能性は多々ある。
まぁテオルクの真意がどうであれ、私は利用できるものは利用するだけ、だけれども。
「広いと言うけれど、在庫や材料を置く部屋もいるし、お針子の作業部屋も必要だわ。ぬいカフェにあったようなぬいぐるみを置いて遊べる各種背景も置けば店としての部分は半分以下よ」
「各種背景?」
首を傾げるコンラートに、ぬいカフェ経験クマのディナエルが説明をしている。
〝ぬいぐるみを置いて遊べる各種背景〟も人間視点とクマ視点では違うようだ。
自分の背丈に合わせて作られた風景がどれだけ素晴らしかったかを熱弁するディナエルを見るに、ダンジョン風や田園風景風の各種背景も追加しようか、いや、いっそのことクマが住める家を建てるべきでは? なんて想像も膨らんでいく。
「二階は居住区にするつもりよ。コーネリア様に一室、ペトラに一室。軌道に乗ってきたらお針子も増やしたいと思っていたけれど、これなら住み込みで雇えるわ。車寄せもあるし、辻馬車の乗り場も近くにあるし。どう? これでも不良債権だと言えて?」
「……まぁ、口でどう言おうとも結果が全てですし」
ディナエルの熱弁に心を動かされたのか、反対しても仕方がないと諦めたのか、コンラートはため息をつく。
前から思っていたがこの男、何かにつけてため息をつかないか?
美丈夫なら許されると思っているのかもしれないが、たまには笑顔で賛同したっていいじゃないの。どうせ自分の評価に関わるわけでなし、懐が痛むわけでもなし!
そう言いたいがぐっと我慢。
今日コンラートを連れてきたのは、ディナエルの持ち主でもある彼にこの店を認知してもらうためでもあるのだ。
「コーネリア様のためでもあるのよ。あまり城下に近いところだと他のご令嬢やご令息と遭遇する可能性が高いじゃない? かつてブイブイ言わせていた侯爵令嬢が庶民と一緒に働いているなんて、面白がる方もいるでしょう? でも此処ならわざわざ嫌味を言いに来ようとは思わないわ」
今日は連れてきていないが、この店は表向き、コーネリアの罪を雪ぐ場……更生のために開店する。
彼女は悪役令嬢ばりの嫌われキャラではないが、男に騙されて売られかけただの、駆け落ちをしただなんてことになれば眉をひそめる者も多かろう。
店を出すにしても城下ではそんな〝会わずに済めばそれでいい彼ら〟と遭遇する率が上がる。
しかし此処なら、偶然出会う率は皆無に等しい。
「それにね、此処はゆくゆくは娯楽施設にしたいと思っているの。ただのぬい服屋で終わるつもりはないわ」
「アミューズ……とは?」
「地方に行くとたまにあるじゃない? 町の入口に『ようこそ!』って出ている看板とか。此処はまがりなりにも王都ですもの、王都と言う名の価値への憧れを抱えてやって来た人々に『これが王都だ!』って訴求する場にしたいのよ」
元来、王都は〝人が多く集まる都会〟としか訴えられるものがない。
人が多いから物品や情報のやりとりが盛んだし、王城は此処にしかないし、中枢機関もほとんど此処にあるし、立身出世を望むならまず王都! と言うのは昔から言われていることだけれども、それだけだ。
仕事をするにはいいが、観光には向かない。
強いて挙げればの最初に出て来る王城にしても、一般人は立ち入りできないから外から眺めるしかない。
「今の王都には名物がないのよ」
「そりゃあ観光地ではないですし」
「だからね」
どうせなら。
私はこの店を、そんな王都の初めての売りにしたいのだ。
「時間を決めて、舞台でクマを踊らせて。それで似たようなクマぬいを売るの。ああ、ぬいに限らず、クマモチーフのお菓子やアクセサリーもいいわね。王都土産ってことで知り合いに配ってもらえば無償で宣伝効果を得られるってものよ」
「義姉上はクマを見世物にするつもりですか!?」
「どうせクマが自分の意思で踊っているだなんて誰も思いやしないわよ。何と言っても此処はジークラムのあらゆる物品と技術が集まる王都ですもの」
運よく(悪役令嬢向けのご都合主義が発動したのかと思ってしまったほどに)この店には舞台がある。
観客との距離を空ければ、まずバレない。
人間とは初めて見るものを前にして、自分の記憶で補填する生き物。
初めて口にする料理を前に『食感はトンプルに似ているけれど、味はペレッタに近い』だのと評価してみせるように、踊るクマを見たところで後ろで糸を引いているに違いない、と思うだけだ。
「そううまくいくでしょうか。王都まで来て、此処で金を使う人が何人いるとお思いです? 行きは今後のことを見越して財布の紐を絞めるし、帰りは金がなくなって素通りされるのがオチでしょうに」
先ほど『結果が全て』と言った口で、コンラートは再びケチをつける。
『ディナエルを見世物にするな』との意識が透けて見える。
だが。
「甘いわね。いくら所持金が減ったとしても無一文で此処を通る人などいないわ。道中何があるかわからないし、帰った先で生活があるし。
でもね、人は『これが最後』と思ったら財布の紐が緩まるものなの。貴方には経験がないかもしれないけれど、いらなくてもつい買ってしまうものなのよ」
芋とカボチャに囲まれて育った男に娯楽の何がわかる?
と自信をもって嘲笑できるのは、既にテオルクから色よい返事を貰っているからに他ならない。クマのショーはさすがに伝えていないけれども財布の紐の話はテオルクからの受け売りだ。
「どんな娯楽施設にも出入口に大きな土産物屋があるのはそういう意味なのよ」
最も目立つところにクマコーナーを作って、白毛黒ビーズ目のクマを大量に並べて。
同じ意匠のクマが踊っていれば、客は売り場と同じものを操っているのだと勘違いするし、説明せずとも買っていく。
人とは行った先を思い起こす、其処にちなんだ品を欲しがるもの。
クマぬいを持つ者が増えれば、クマを連れていても笑われることはない。
そう! これはディナエルを堂々と持ち歩くための伏線でもあるのよコンラート!
「それに踊ってもらうのはカジウラとエアハルト伯よ。まぁ、休日にはディナエルたちも交えてクマレンジャーショーをやるつもりではいるけれど」
「何!? 勇者の俺様に踊れって!?」
会話を聞いて鞄の中からカジウラが悲鳴を上げた。
隣ではエアハルト伯が「儂はダンスなぞ……」とぼやいている。
が、貴方がたには嫌でも踊って頂くわ。
一宿一飯の恩義どころか数十宿数十飯になるであろう恩義、きっちりと体で払って頂いてよ?
「ええ。踊り子は世を忍ぶ仮の姿。その正体は姫を守る騎士、とでも言えばいいかしら。勇者カジウラ様とエアハルト伯には是非とも此処で店を守って頂きたいの」
私は声を落とす。
クマと話をしていることをペトラに察せられてはいけない。
今回は隣にコンラートがいるから彼と喋っていた、と誤魔化すことは可能だろうけれど、『踊れ』だの『体で払え』だのと誤解を招きそうなフレーズは聞かれないならそのほうがいい。
「……住み込みで、ね。なんせ此処は女性ばかりの店でしょう? バルトガー侯爵家からの護衛やテオルク様の結界もあるけれど、客として入り込まれてしまったら誰がコーネリア様をお守りできて?」
コーネリア、そして住み込みと聞いてカジウラの目が光る。
奴め、ぬい形態なのをいいことにコーネリアの寝室に入り込もうとか考えていないでしょうね?
朝起きたらクマッティが枕もとで爆睡していた悪夢を思い出し、私は拳を握る。
コーネリアはクマ化事情を知らない。
朝起きたら店に置いてあったぬいが枕もとに移動している、なんてホラー体験をした日には護衛どころではなくなる。まして中身がカジウラだと知れば尚更だ。
カジウラは以前からコーネリアに気があった。
実技演習で鼻の下を伸ばしていたことも、クマ化した以降、イグニートの魂胆をコーネリアに知らせるべく後をつけていたことも私は知っている。
だがそれは免罪符にはならない。
何故ならコーネリアは全くカジウラに興味を持っていないからだ。
「でもね、おふたりの世間一般の肩書きは未だ脱獄囚。無実が証明されていないおふたりがいきなり人間形態で現れて『守る』と言ったところで、コーネリア様は信じては下さいませんわ。イグニートに騙されて男性不振に陥ってもいるでしょうし」
「そ、そうだな」
「だから表向きはぬいぐるみのクマのまま、陰からコーネリア様を守って頂きたいの。生きている、動ける、と知られずに。こんな重要で危険な任務、勇者様と護国の英雄にしか頼めないわ。そう思わなくて?」
「もちろん!」
「それにほら、お伽話でよくあるじゃない? 最後に『今まで助けてくれたクマは貴方だったのね!』って認められることで呪いが解けて人間に戻ってハッピーエンドになる話。コーネリア様は夢見がちな乙女心をお持ちですもの。そんなシチュエーションになればこそ、カジウラ様を運命の相手と見て下さるかもしれなくってよ?
……それには時間をかけて疑わせていくの。『誰かが守ってくれているみたいだけれども誰かしら? もしかして私だけの王子様が見守っていて下さるのかしら』なんて」
「うん! うん!」
「正体をバラすのはその時よ!」
「なるほど!!」
お伽話に『今まで助けてくれたクマ』の話があるかどうかなど私は聞いたこともない。他の動物ならあるかもしれないが定かではない。
だが二番煎じ、三番煎じが当たり前のように「オマージュですぅ♡」と出て来る世界だから、何処かにはクマに助けられる話もあるだろう。
本とは無縁そうなカジウラが首がもげそうなほど頷いているのだから、きっと何処かには。
対して隣からは冷ややかな侮蔑の視線を感じる。
ツリ目悪役令嬢がブリブリ言ったって似合わないんだよ、などと言いたいのだろうけれど、この際コンラートの感想はどうでもいいし、むしろ不要だ。
挿絵はフリー素材をお借りしました。
建物:https://www.pixiv.net/artworks/60779046(肥後乃にお様)
木 :https://www.pixiv.net/artworks/40276771(藤崎ういか様)




