92 悪役令嬢、名司会者を得る。
「話を整理しましょう。まず、ここにいるクマは全員、素性を偽ったりはしていない。そこまではいいですね?」
あまりの進展のなさに呆れたのだろう、仕切り直すコンラートの前にはクマが五匹。反省を促されている猿のように一様に跪いている。
今回騒いでいたのはエアハルト義親子とクマッティだが、其処は連帯責任なのか、もともとフォルッツとディナエルは従者属性だから跪くのに慣れているのか。
二匹だけ免除しても良かったが、そうすると跪いている三匹が煩いだろうし、本クマたちが気にしていないのならわざわざ指摘することもない。
私が口を出せば脱線するのは火を見るより明らか。
そしてコンラートの機嫌が悪くなるのも明らかだ。
「でもよぅ」
「鑑定の結果です。クマッティとトラウラは我々よりも近い──強いて挙げれば双子のようなもの、とでもいいましょうか──ので、間違えることはあるでしょう」
カジウラの反論は即座に潰される。
そこ! 『なんだ双子か』で納得するんじゃないわよ!
と、言いたいけれど〝双子〟が比喩なのは言うまでもないし以下略。私はツッコミを口の中で転がし、飲み込む。
クマッティとトラウラは神。
見た目こそ他のクマと同じだが、素材から言えばさらに似ていると言っていい。
第一、私でさえこれらのクマを見分けるのに数ヵ月かかったのだ。カジウラ如きが見分けられるわけがない。
「あと、義姉上。鑑定は便利ですが便利に使わないように。スキルは技術のように思われている節がありますが、魔力と同様、使い過ぎれば生命を脅かします」
「そうなの!?」
「ちょっと! 別に鑑定くらい大したことないし!」
次の反論は私ではなくリーナから。
コンラートは彼女を一瞥したものの何も言わず、私に向き直す。
「どうせ読んでいないでしょうが〝血塗られた叛逆〟でマコレッタがひとり断罪される時、アザミィがいなかったのはどうしてだと思いますか?」
「アザミィ?」
何故いきなり〝血塗られた叛逆〟を引き合いに出すのか。
そこに答えがあるからだろう。
しかし悲しいかな、私はまだマコレッタ断罪シーンまで読めていない。
参考文献として読み始めたは良いものの、やはり現実とはそこはかとなく違ってくる展開に〝参考としての価値〟がググググーンと下がり、且つ、アロイスからコンラートルートの情報が貰えることが決まって、それじゃあ読まなくてもいいか、と思ったのはほんの数時間前。
それをコンラートに見透かされたようでどうにもばつが悪い。
が、今はそれは置いといて。
アザミィは悪役令嬢マコレッタの片腕として活躍する女冒険者だ。
どんなときでも主人を守るその姿勢は主従を超えた! とばかりに一部の熱狂的な読者からは〝マコアザ〟とカップリング表記で呼ばれてもいる。
そんな彼女がマコレッタの最大の危機の場にいないはずがない。
リヒトにマコレッタの隣の座を譲って身を引いたとか……いや、それにしたって従者として傍にはいるだろうし、それなら仲違いしたのか?
「アザミィはスキルを使い過ぎてマコレッタ断罪前に死ぬんです」
「ええ!?」
と言うことは!
このまま私がどうでもいいことに鑑定スキルを使わせ続ければ、本のとおりにリーナも途中退場すると、そう言うこと!?
「もう使わせないわ!」
「使ってください! それがあたしの価値なんだから!」
リーナの手を両手で握って宣言すれば、クマたちの間から「マコアザだ」「尊い」と言う呟きが聞こえてくる。
感動スイッチの入り方が王城のナイスミドルたちと同じだが、命をかけたやりとりは感動シーンとしては王道だから仕方ない。
巷に二匹目のドジョウ、三匹目のドジョウが溢れかえっているのは下手に奇をてらうよりも王道展開のほうが人気を集めやすいからだってことくらい、私も商売に携わる者として知っている。
それに。
「あなたの命はそんなところで潰えていいものではないわ」
私が断罪されるって時に盾がいないなんて笑止千万。
必殺技はもったいぶらずにさっさと使え、と言うのが持論だが、話の盛り上がりからすれば好手ではない。
必殺技はここぞと言う場面まで温存するのがストーリーの鉄則。
終了十五分前になってやっと王族の身分証を出す、商家のご隠居のように!
「エアハルト伯がクマ化した要因はおいおい探っていくとして、とにかく証言できる状態で保護できたのは良しとしましょう」
そしてそんな王道展開の感動シーンには目もくれず、コンラートは淡々と進めていく。
ああ、あの聴聞会でもこんな有能な司会進行役が欲しかった! と思わずにはいられない。少なくともランドルフよりは使える。
「チートクラッシャーを使えるのは現状、義姉上とクマッティ、あとはトラウラだけです。だからもし犯人がマツリカ側の人間なら、伯爵がクマ化して生きていることは知らないはずです。
トラウラが教えることもないでしょう。カジウラがディナエルのクマ化を知らなかったように、ね。
ですから伯爵の身柄が見つからない以上、行方不明として扱われます。
行方不明者を死亡者とみなすには七年の経過が必要です。
エアハルト領を没収せずルブローデ預かりにしたのは、何処かの家に帰属させるつもりがない、と言う表れ。ルブローデ領になることがないかわりに、ヨルム領になるのも今はまだ〝ない〟と考えていいでしょう」
いや、淡々としすぎて逆に怖い。
悪役令嬢に断罪を突き付けるのは第三王子クリストファーの役目だと思っていたが、彼は言うなれば直情型。冷静になって考えれば「何故この程度で断罪を?」と失笑してしまうレベルの証拠にもならない証拠を列挙していくのがクリストファーだ。
それに反し、動かぬ証拠を集め、退路を断って断罪してくるであろうのがコンラート。
結果は(断頭台でも修道院でも)同じだとしても、精神的に来るのは後者だろう。あまり想像したくない。
「もちろん、伯爵が相応の罪に問われた場合はその限りではありませんが」
「だから儂はやっていないと!」
「では何故人身売買の取引に姿を見せたのです? 身の潔白を証明したいのなら、証明するだけのものを見せなければ」
「そ、れは」
退路を断たれたエアハルト伯(クマ)は呻いたものの……やがて口を開いた。
「……其処な娘を手に入れるためだ」
名指しされたリーナが「ひっ」と息を飲む前に、クマたちの間から「変態だ!」「いい加減にしろ糞親父!」と罵倒が入る。ポコポコと手も足も出る。
カジウラとクマッティはともかく、〝エアハルト伯〟の名声を聞いているであろうフォルッツやディナエルまでが(どさくさ紛れにしろ)参戦しているのが興味深い。止めないけれど。
「違う! 話は最後まで聞けい!」
そして。
業を煮やしたエアハルト伯曰く。
エアハルト伯は人身売買が横行していることを独自に知り、極秘で調査していたそうだ。
何故公にしなかったかと言えば──
「……どうもこの件はヨルム男爵とうちの若い連中が関与しているらしい」
──からだ。
ヨルム男爵とは領地が隣り合っていることもあってそれなりに懇意にしていたし、農作物も優先的に購入していたと言う。
隣国タジャラと長く交戦状態にあったから、食料を定期的に届けてくれるヨルム領は良い隣人であったことだろう。
そんなわけでヨルム領から入って来る荷馬車は他よりも多く、検問所の門兵と馬車主が顔見知りになることも多く、待ち望んでいる食料品だから早く通したいこともあって検問が雑になっていたのは否めない。そこには『信用しているから』と言う好意もあった。
だがヨルム領側は違った。
いや、正確に言えばヨルム領から入って来る荷馬車の一部が、その〝信用〟を逆手に取った。
長く戦場にいたエアハルト伯がその事実を知ったのは、つい最近になってからだ。
「それではエアハルト伯は仲間でも何でもなかったのね? だったら何故私の問いに『違う』と仰らなかったの!?」
「あんなところに貴族の令嬢が、それも令嬢だけで来るとは思わなかろう!? 口調や所作は平民でも覚えられる。最近は貴族の娘を題材にした本や舞台も流行っているしな」
要は全く信用していなかった、と言うことだ。
信じてもらおうと言葉の限りを尽くしていたオリヴィアには申し訳ないが、あのシチュエーションでは私がエアハルト伯でも安易に信じるのは難しい。
だからと言ってあの態度を許したわけではないけれど。
「最初はヨルム男爵は関与していないと思っていたのだが、関与した兵士のひとりが男爵の関与を暴露した。だが証拠もなく追及するわけにもいかぬのでな。しばらく泳がせて様子を見ていたらこのざまだ」
「ヨルム男爵の関与は確定ですの?」
「わからぬ。だがその娘のスキルがあれば」
「ヨルム男爵が嘘をついているかはわかる、と」
「義姉上」
泳がせているだけでは信用してもらえない。
アロイスも言っていたように同じ穴の狢だと思わせることで相手の警戒を解く策は定番中の定番。エアハルト伯が『女性を買った』と言う指摘に反論しなかったのは、まさにその策の最中だったからに違いない。
その点では買うのは誰でも良かったのだろう。
ただ、鑑定オプションが付いたリーナが手に入るのなら話は少し違ってくる。
ヨルム男爵に鑑定を、と言う発想は、リーナのスキルを知ってから思いついたものだと思われる。
「大丈夫よ。舌の根も乾かないうちに前言撤回はしないわ。その時が来たらヨルム男爵の鑑定もお願いするかもしれないけれど、それは今ではない。でしょう?」
スキルが魔力と同じ扱いなら、用量用法を守ればいい。
今は使えない。それだけだ。
しかしヨルム男爵が関与してくるとなると、マツリカひとりを悪とは言えなくなってきそうだ。
どうせ貴族の養女になるのなら男爵ではなくもっと上を狙えばいいのに、手抜きが過ぎる、と思っていたけれど、本当にマツリカが男爵を選んだのか?
男爵が目的のために異世界人を召喚した、と言う線は考え過ぎだろうか。
「マツリカがエアハルト領をヨルムに、と言い張っていたのはそのあたりも関係してくるのかしらね」
ヨルム領は国境に接していない。
外国と取引をするには何処かの領を経由する必要があるが、新たにルートを開拓するよりは既に確立されているルートを使うほうが便利に決まっている。
そしてマツリカ、もしくはヨルム男爵がエアハルト伯の動きに勘づいていて伯爵の排除を謀ったおそれも捨てきれない。
「そうですね。農業を生業にする者は武力で功績をあげる者をある意味、敵視していますからね」
だがコンラートの見解は少し違った。
「……敵視とは穏やかではないわね」
「そうでしょう? 一次生産を主な産業にしているだけで勝手に平和主義だの穏健派だのと呼び、武力を持てば分不相応だと嫌な顔をするくせに、有事の際は武力でもって蹂躙し、奪っていく。国のためと言いながらね。
そして武勲をあげた者は賞賛されるのに、日々の食糧を作り出す者は何も言われない。毎日口にしている小麦は誰が作ったものですか? 食べなければ人は飢えて死ぬだけなのに」
コンラートの生家でもあるオーエンは典型的な農業地帯。
親戚筋と言うことでルブローデは彼の地を支援し、ヨルム領に対するエアハルト領のように何処よりも優先して農作物を買い上げてきたけれど……。
「ヨルム男爵が爵位を賜ったのは数多くの品種改良による功績だと聞いています。けれどそれはジークラムの歴史の中でも特異なことで、一次生産を生業にしているほとんどが爵位を手に入れることはありませんでした。
そしてそれでも男爵──一代限りの爵位です」
「それでも認められたことにかわりはなくってよ?」
「ではヨルム領が頑なにアウリ麦の種もみだけは流通させないのはどうしてだと思われます? 以降、パタリと新種、改良種の流通が途絶えている意味は? 出しても搾取されるだけだとわかったからではないですか?」
ヨルム男爵がアウリ麦を世に出さない、出しても粉の状態のみであることは、市場を独占したいからだろう。
自分たちだけが持っている物ならば、需要がある限り幾らでも価格は吊り上げられる。
現にアウリ麦は高値で取引されている。
ヨルム男爵は商売には不向きな研究職肌だと聞いているが、爵位を得、領地と領民を持つようになれば『金は二の次』なんて言っていられない。
商売に精通した助言者がいればこの程度のことは考えつくし、むしろ今までどおり二の次でやっていけば、それこそコンラートが言うように食いものにされて終わりだったろう。
「それはヨルム男爵だけが知ることだわ」
「そうです。ただ立場が変わればそのような見方をする者もいると留意していただければ幸いです」
だが、腑には落ちない。
特に盾を買って出ているつもりでいる身なら。
オーエンがそう思っていることもそうだが、エアハルト伯もヨルム領にそう思われているとは思わなかっただろう。
先ほどまでの威勢のよさはすっかり鳴りを潜め、黙って考え込んでいる。
「ともかく今はできることから動きましょう。と言うことで明日出かけるから準備なさい」
だが今は憶測で落ち込んでいる暇はない。
今までだって頭の中で考え過ぎて取り越し苦労だったことはいくらでもある。
「どちらへ?」
コンラートが怪訝な顔をする。
アロイスの時に置いて行ったのに何故と言いたいのだろうが、だからこそ今回は一緒に行ってあげようと言うのだ。感謝なさい!
……と口に出しては言わないが、代わりに艶然と──きっと悪役令嬢ならそうするであろう顔で笑って見せる。
何時までも受け身でいては面白くない。
誰よりも華々しく踊ってみせるのが悪役令嬢と言うものだ。
「店を立ち上げるのよ」




