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94 悪役令嬢、クマに囁く。


 世を忍ぶ仮の姿と言う設定にカジウラは満足げだ。

 そもそも数多くある職業の中から勇者──血沸き肉躍る活躍と華々しい功績、そして女にモテることを希望した男。コーネリア(惚れた女)と正義の味方的役回りで釣れば首を縦に振るのはわかっていた。

 あとは──。


義姉(あね)上、何故(なぜ)カジウラに便宜(べんぎ)(はか)るのです?」


 蔑視しているだけでは我慢できなくなったのか、コンラートが吐き捨てるように口を開いた。


「カジウラは義姉(あね)上を害そうとした張本人ででしょう? もとはと言えば自身の身勝手さで他人に迷惑をかけた代償でしかないのに逆恨みして。腕一本どころか跡形もなく消し炭にしてやったっていいくらいなのに」


 最初はただの愚痴のつもりだったのかもしれないが、並べているうちにヒートアップしたのだろう。最後に舌打ちまでされた。

 唐突な喧嘩腰にフォルッツを始めとする他のクマは沈黙し、ペトラたちも何ごとかと言いたげにこちらを見ている。ただ、飛び火してくるのが嫌だからだろう、遠巻きにするばかりだが。


「コーネリア嬢を餌にして良いように使おうと思っているのでしょうが人選が最悪です。反対したところで義姉(あね)上が聞く耳などお持ちでないことはわかっていますが、」


 表向き、私に危害を加えようとしたことを怒っているように見える。

 けれど、本音は『何故(なぜ)ディナエルの敵にそこまでしてやるのか?』と言うところだろう。

 投獄されはしたものの罪が決まる前に失踪したため、(いま)だ刑も決まらず。

 害そうとした相手を前にして反省することもなく。

 コンラートの場合、私にいくら謝罪があったところでディナエルに一言もなければ溜飲(りゅういん)が下がることはないのだろうけれど、それもなく。

 そんな諸々の罪と謝罪を忘れてコーネリア(惚れた女)と同じ屋根の下で暮らし、果ては結ばれる未来まで思い描いて浮かれているのだから、(はた)から見れば腹立たしい以外にないのはわかる。

 わかるけれど。


 私に八つ当たりするんじゃないわよ!

 八つ当たりされるくらい親しくなったのね♡ なんて前向き(ポジティブ)に考えられるほど私は寛大ではなくってよ!?


「万が一コーネリア嬢になにかあれば家を巻き込んでの問題になりますし、それこそ命で償う羽目になるのではないのですか? おひとりで好き勝手に自滅なさるのは結構ですが──」

「そうね。貴方(あなた)の言うことはもっともだわ。何処(どこ)ぞの勇者がディナエルにした仕打ちも、他の冒険者を糞雑魚(クソザコ)呼ばわりし、指摘した私に殴りかかってきたことも決して忘れてはいなくてよ」


 なので、わかったふりをして言葉を(さえぎ)る。

 激高する相手を鎮めるにはその言い分に乗るのが一番だと聞いた。

 『そうですよね、私も困ってるんですよ~』とやることで同じ被害者(・・・・・)と認識させ、理解されたと錯覚させるのだと。

 だが。


「忘れていなくてどうしてそこまで温情をかけることができるのです!!」


 さすがは一癖も二癖もある乙女ゲームの攻略対象。

 それで引っこむ男ではなかった。

 人間には『話を聞いてもらった』と満足して退()く人種と、『いや、聞いたふりをして終わらせるつもりだろうがそうは問屋が(おろ)さねぇぜ!』とばかりに食い下がるウザい(空気を読まない)人種が存在するが、コンラートは後者のようだ。

 マツリカよ、本当にコレでいいと言うの?

 顔に騙されていなくって? 後からネチネチネチネチ言ってくるタイプでしてよ!?

 と、思わず心の中で宿敵に問いかけてしまったほどに。


 この態度は私が裏切ったと思っている部分も大いにあるのだろう。

 今まで散々敵認定し、ディナエルに同情的な言葉を吐いておいて、なのに利用するためとは言え、(かくま)い、衣食住を保証し、片思い成就の手助けまでしようと言うのだから。

 客寄せのために人前で踊れと言ったところで、そんなもの罰には縁遠い。

 人々は踊るクマを見て勇者カジウラだとは思わない。

 思わないから自尊心が砕かれることもない。

 なのに昨晩は他のクマと一緒に自分の部屋で寝泊まり(菓子を(むさぼ)りながら延々とお喋りに興じることを寝泊まりと言うかは知らない)し。今日は他のクマと共に鞄に入れられ。

 (ないがし)ろにされるどころかフォルッツやディナエルと同じ待遇を受けている。

 社会的に抹殺できないのなら存在そのものを消してやりたい、と、そう思っているのは間違いない。

 


「そうね。……そう言えばカジウラ様の罪状はクリストファー殿下暗殺容疑だったわ。クリス様の命を狙った男に守られたところでコーネリア様の心が動くはずもなかったわね!」


 さもたった今思い出したとばかりに手を打ち鳴らすと、カジウラは目に見えて愕然とした顔をした。

 黒ビーズ目への字口は変わらないけれど、カジウラは人間のころから感情の起伏が激しいから無表情でもわかりやすい。


「コーネリア様やペトラに何かあったら大~変(たぁ~いへん)!」


 ほう、と息を吐き「この話はなかったことにしましょう」と呟けば、案の定、カジウラは(わめ)き出す。


「何かって何だよ!! 言っとくけどな、俺は暗殺なんて考えたこともねぇ! だいたい、お前に乱暴しようとしたからならともかく、何で暗殺容疑なんだよ!」


 薔薇色の未来予想図の中で浮かれて飛び回っていたのに、今の今まで都合よく忘れていた……と言うよりはきっと本気で知らなかったであろう自分の罪状を突き付けられたのだから、この反応は想定内だ。

 だがこれは(うそ)ではない。


「聖女マツリカ様が、そう証言なさったからですわ。カジウラ様がクリストファー殿下暗殺をたばかったと」

「リカが!? (うそ)だそんなこと、」

「そう思うのならテオルク様にでも聞いてごらんなさい」


 実技演習後にテオルクによって集められた事後説明会で、マツリカは我が身かわいさにカジウラを売った。

 カジウラがいないのをいいことに、自分とクリストファーの責任をそっくりカジウラに押し付けたのだ。


 あの場には私とコンラート、マツリカとクリストファーの他にテオルクと兄もいた。

 議事を取っていたのはテオルクだ。

 後になって『聞き間違いでするん☆彡 マルグリット様がカジウラ様を(おとしい)れようと(うそ)を言ったのでするん☆彡』と逃げたとしても複数人が聞いているし、テオルクのことだ、魔道具か何かで保存もしていることだろう。『聞き間違い』で誤魔化すことはできない。

 『カジウラが全ての首謀者だ』と言ったことも、同じように。


 (異世界)でどんな関係だったかは知らないが、そもそも別ストーリーの登場人物として生きていたカジウラをこの乙女ゲームシナリオに介入させたのはマツリカだ。

 その時点で彼女がカジウラを利用しようと目論(もくろ)んでいたのは確かだろう。

 どう見ても攻略対象(レギュラー)の一枠に入りそうな肩書き、しかし恋愛対象ではなく、それでいて言動のひとつひとつに影響力があり、そして何よりも考えずに突っ走ってこちらのシナリオをぶち壊す恐れがある男を意味もなく自分のストーリーに呼ぶわけがない。

 わざわざ呼んだからにはそれなりの理由がある。


 そして利用した後、この世界にとって異物(イレギュラー)でしかないカジウラをどうするか。

 私ならぶち壊される前に処分する。


 反面、転移してきたカジウラにとってマツリカはこの世界での唯一の身内のようなもの。

 優先順位が同程度ならこの世界の住人よりもマツリカの意思を尊重しただろうし、マツリカも同じように自分を優先すると思っていたと今の言動から(うかが)える。

 唯一の身内と言う点ではマツリカのカジウラに対する認識も同じだと思いたいのだが、彼女は(いま)だストーリーの攻略途中。存在が邪魔になるなら消すだろう。


 だから、自分はマツリカに切り捨てられたのだ、助けたところで見返りなど来ないのだと、もう私に(・・)すがるしか(・・・・・)生きていく(・・・・・)術はない(・・・・)のだと、カジウラにはそう思ってもらわなくては。


「でもリカは」

「確か貴方(あなた)はマツリカ嬢から『面白いものを見せてあげる』と言われて此処(ここ)に来たのでしたわね? その『面白いもの』は何だとお思い?」


 乙女ゲームと言えば、悪役令嬢のざまぁ展開。それが生で見られると(そそのか)されたのか、(じか)に言われずとも察したか。

 だが、それがただの思い込みだったら?

 マツリカの思惑は別にあったとしたら?


「人は自分より下に見ている者が不幸になっていく(さま)を見ても面白いとは思わないものよ? 貧しい者、醜い者、環境に恵まれない者が一転して幸運に恵まれる話が受けるのは、心の奥底で思い描いていた彼らの不幸な未来図が(くつがえ)されるからなの。

 そして、自分より上……地位や名誉や成功体験を持つ者が不幸になる話は蜜よりも甘い」


 マツリカが何を思ってカジウラを呼んだのか。

 その答えに真実はいらない。

 ただ、彼女に騙されたと思いこませればそれでいい。


此処(ここ)で選んでちょうだい。私についてコーネリア様に認められる男になるか、マツリカにつくか。彼女を信じるのは勝手だけれども、彼女のせいで日の下を歩けない身になっていることだけは、そのお花畑な脳に刻んでおいてくれると嬉しいわ」


 カジウラはぐぅ、と言葉に詰まる。

 この期に及んで何を迷うことがあるのか、と言いたいところだけれども、世に出回っている〝ストーリー中盤で主人公側に寝返る悪役〟も大抵無意味に逡巡していたから、これは通過儀礼のようなものなのだろう。

 どうせこれ以上私が譲歩することはないし、カジウラに構えば構うだけコンラートの好感度が落ちる。



 と言うことでカジウラの件は置いておいて、私はエアハルト伯に向く。


「領主不在のエアハルト領を聖女マツリカとヨルム男爵が狙っているかもしれない、と、そういう話でしたわね」

「……何故(なぜ)今そんなことを?」


 ヨルム男爵の怪しい動きは前回、エアハルト伯自身から聞いた。

 疑ってはいるけれど確固とした証拠がないのでまだ(おおやけ)にはしていない、と言うことも。


 証拠がない。

 言い換えればヨルム男爵の関与自体がエアハルト伯の思い込みでしかないこともあり得るのだが、長く友好関係を続けてきた相手を疑うにはそれだけの〝何か〟がある。

 本来、人間とは身内や仲間には甘くなるものなのに伯爵がその〝何か〟に気づいたと言うことは、かなり灰色寄りの黒なものがあったと言うことだ。


「領主と跡継ぎが投獄されたエアハルト家の存亡は風前の灯火。昔なら一族郎党連帯責任で爵位はく奪、領地没収されているところですわ」

「そんなことは起こらない」

「そうでしょうか。むしろ聖女マツリカが『エアハルト伯が犯人でするん☆彡』と言い、当事者が脱走しているのに、(いま)だ責任を取らされないまま保留されていることのほうが驚きですわ」


 けれど今回、その身内の甘さが(あだ)になった、と私は思っている。

 唯一それを知るエアハルト伯がクマ化した今、人身売買事件にヨルム男爵の関与を疑う者は何処(どこ)にもいない。

 そしてマツリカは『犯人はエアハルト伯』だと言い切った。


 昨日の聴聞会でマツリカがエアハルト領をヨルム男爵領預かりにしろと望んだことと言い、こちらもまた何の思惑もなかったとは言い難い。

 原作で人身売買事件の犯人はアロイス自身であり、エアハルト伯は共犯でしかなく、しかもその事件が起きるのは複数のルートの中のたったひとつ。だがマツリカはそのルートを選択していない。


 もしそのルートを進んでいるのなら彼女がエアハルト伯を犯人扱いするのもわかる。

 けれど違うルートを進んでいる以上、エアハルト伯を疑うのは間違っているし、マツリカ自身もわかっているはずだ。

 なのにエアハルト伯のせいだと言い切った。

 ルートどおりに進めば()しとハッピーエンドを迎えることができることを知っている身で、ルートを歪める意味──それに見合う旨味があるからに他ならない。


「マツリカ嬢が殿下の暗殺容疑をカジウラ様に押し付けたように、人身売買の主犯をエアハルト伯に押し付けようと考えている、と言うのは考え過ぎかしら」


 マツリカが関与していると言う証拠はない。

 エアハルト伯がクマ化したことだって疲労や心労が積み重なった結果でしかないのかもしれない。


「カジウラ様とは違い、エアハルト伯にはまだ釈明する余地がございますわ。

ですがそれにはまず人間の姿を取り戻さなくては。昨日(うかが)ったところによると薔薇(ヴァーラー)の塔に収容された伯爵は話すこともできなくなっている、と言う話でしたから、かなり回復してきているようですけれど」


 エアハルト伯は黙ったまま自身のフワモコな手を見ている。

 クマの中で最も日が浅いだけあって、現状に理解が追い付いていないのだろう。

 これが数ヵ月もしたら『腹に穴が開いても全然平気なんてクマスゲー!』と言うようになるのか……その境地に達したら、むしろ『怪我したら動かなくなる人間の身など不要! 戦場に出るのもクマのままでいい!』なんて思うようになるのかもしれない。

 

「それに記憶が飛んでいるところもあるようですわ。そちらも回復に(つと)めなければ。穴のある証言なんて足元を(すく)ってくれと言っているようなものですもの」


 マツリカの(あざ)を見た時の反応や、あの日民家に現れた経緯などなどエアハルト伯の言動には抜けが多い。

 わざと明かしていないのか、本当に忘れているのか。

 私たちに切りかかったことも都合よく忘れているのか、言えば自分の立場が悪くなるだけだからあえて話題に出さないようにしているのかは不明だが、前述したようにあれもこれもと手を出せばどっちつかずで収拾がつかなくなる。なので、こちらはおいおい追及するとして。

 民家で出会った時は〝知っていて黙っている〟ように見えたが、記憶は風化するもの。

 もし〝知っていて黙っている〟のならその情報は是非とも共有してほしいのだが、まぁ、しなかったとしても早めに公表はしてもらいたい。それがマツリカを追い詰めるネタになるのなら尚更。

 

「そうそう、ご子息から聞いているかもしれませんけれど私、クマ化する要因を知っていますの。そしてクマ化を解く方法も」

「それが、踊れと言うことなのか?」

「………………そうですわ」


 いや、踊ってクマ化が解けるとは一言も言っていないけれど、錯覚してくれたのならそれでいい。

 カジウラはコーネリアで釣れば踊るどころか空だって飛ぶだろうが、伯爵はそう言うわけにはいかないのでどう説得しようかと考えていたところだ。


 エアハルト伯は疑わしげに眉間に皺を寄せ、私を見上げる。

 それからカジウラと他のクマたちを見、少し離れたところにいるリーナを見。


「信用しろとは言いません。ただ私たちは敵を同じくする同志であり、同じように領民と領地を守る義務を負う者だと知っていて下されば」


 〝敵を同じくする同志〟……期間限定だが、それは向こうもわかっているだろう。

 背に腹は代えられない、とでも言いたげにエアハルト伯は首肯(しゅこう)した。

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