95 悪役令嬢、店を魔改造される。
さて。
半分騙したような状態だが、ともかくカジウラとエアハルト伯の承諾は得た。
監視もなく彼らだけを此処に置いて大丈夫だろうか、と思うところだが、彼らとて行き場のない身。人間に戻れば捕まるし、クマのままなら雨風にさらされた挙句ボロ雑巾のように処分されるのが目に見えているのだから、〝店の備品〟待遇は悪いものではないはずだ。
それにコンラートだってディナエルから力を奪った敵とその義父との同居など嫌だろう。
此処で働くことを許可しなければ彼らとの同居は免れない。
何度も言うが私の部屋に住まわせることはない。
先ほどからずっと攻略対象とは思えないほどの渋面になっているけれど、彼にとっては店もコーネリアもカジウラ義父子の身の置き場も、どれをとっても他人ごと。自分がとばっちりを食うくらいなら賛成に回るはず。
そう思っていたのだが。
「経営はどうなさるおつもりです? 店は職人だけではやっていけませんよ?」
精神面ではなく、実利的なところを突いてきた。
「そんなものどうにでもなるわよ。帳簿管理なら私にだってできるわ」
「小遣い帳をつけるのとはわけが違いますよ?」
「あたりまえでしょう!?」
今度はどんな難癖をつけるつもりだと思っていれば。
巷に溢れる小説の数々には、(それが主軸にしろ、花を添えるだけの挿話にしろ)『令嬢が片手間で趣味の店をはじめる話』が多く登場する。
そのどれもが大成功をおさめているせいか、貴族令嬢とご令息の間では『店の経営なんて楽勝』と言う空気が流れているのも確かだ。
が、〝素人が〟〝片手間に〟〝趣味の延長〟で商売を始めたところで上手くいくなど笑止千万。そんなに簡単に上手くいくなら国中見渡しても大繁盛店しかないだろうし、コンラートの発言も『そんな甘い考えを私もしている』と思ってのことに違いない。
だがしかし。
「ご期待に沿えず申し訳ないのだけれど、私は次期ルブローデ領主として──」
「ごきげんようマルグリット嬢。随分と早い到着だったのだね」
「領地経営のイロハを独学で収め済の私に店のひとつやふたつ造作もないことよ!」と続くはずだった私の言葉は、店内奥からにかけられた声に封じられた。
誰だ、私の背後を取る猛者は! と数ヵ月前にも同じことを思ったが、今回は背後ではないし兄でもない。
「テオルク様! ……と、アロイス……殿下!?」
其処にはいつもの魔法省ローブを羽織り、スリッパを履いたテオルクと、昨日の建国一〇〇年衣装ほどではないが普段着とは言い難い礼装姿のアロイスがいた。
クリストファーからいったい何着の古着を貰ったのか。コーネリアに聞けば「あれは〇〇の衣装ですわ!」と即答してもらえるのだろうけれども、生憎と〝歩くジークラム第三王子衣装辞典〟は此処にはいない。
そしてそれよりも。
「どうして此処に!?」
「いやあ、そろそろ店の経営陣のことで義弟君から追及を受けている頃じゃないかと思ってね」
……予知能力でもお持ちですかテオルク様。
ではなかった。相変わらずペタペタと安っぽい足音を立てているそのスリッパと、店内奥から出てきたシチュエーションのせいで無駄に〝この店の主〟感を醸し出しているけれど、テオルクは決してこの店の主ではない。
それに私は此処に入る時に鍵を開けたのだ。
施錠してあった店内に何時からいたのですかテオルク様!?
それもアロイスと一緒に! 男同士で密室で何時から何を、とは聞かないが、疑わしいことこの上ない。
それにそれに。
出て来るがタイミングが良すぎる。まるでずっと出るきっかけを窺っていたかのようだ。
もしかして盗聴器を仕掛けてあるのでは!? と慌てて周囲を見回してはみたものの、もともと盗聴器とは見つからないように仕掛けられている物。ざっと見回したところで見つけられるはずもない。
此処はテオルクの紹介なのだから、合鍵も裏口の鍵も持っていたって不思議はない。
私たちより前に立ち入る機会はいくらでもあるし、本当に盗聴器が仕掛けてあったとしても、わいせつ目的などではなく防犯用だろう。
しかし何度も言いたくはないが、何故! 何のために! どうやって! 此処にいる!?!?
先ほどのカジウラとエアハルト伯との会話も聞かれたのだろうか。
声だけしか聞こえなかったのならなおのこと、脱獄囚の彼らと私が密会していた、ととられかねない。
ああ、もしかして! 彼らがいると知って乗り込んで来たとも考えられる。
そしてアロイス!
タジャラに帰ったはずの貴様が何故此処に!!!!
そんな警戒諸々をさらりと受け流し、テオルクは口を開いた。
「経営者としてマルグリット嬢が請け持つのが普通だろうけれど、きみらは学生だろう? それにマルグリット嬢は何やかやと引っ張り出されて出席もままならない状態が続いたし、これで店まで始めるとなると学業がおろそかになるのは目に見えているからね。なので強力な助っ人を用意したんだよ」
これは聞こえていなかった、と認識してもいいのだろうか。
聞こえていなければそれに越したことはない。
こちらからバラすものでもない。
そして「この事業が失敗に終わるのは私としても望むところではないからね」と言われれば私の好き嫌いで断るわけにもいかないが、何故にその男なのですかテオルク様。
私はテオルクの背後で人好きのしそうな笑みを浮かべているアロイスを見る。
馬子にも衣裳とは言ったものだ。何処からどう見ても良家の子息にしか見えない。
タジャラの王子と言う肩書が本物なら、まぁ素地はできているから服でどうにかなるのは納得もできるけれど。でも。
「え、ええっと……テオルク様? アロイス殿下に帳簿付けをお願いすると、そう仰っていらっしゃいますの?」
うん、先ほどの密談は聞こえていなかった、で通すことにしよう。
何度も言いたくないが、同時にふたつの事項を処理しようとするのは私の受け入れ能力を超える。
「ええ。アロイス殿下はもともと一年間、学園に留学される予定ではあったのですけれどね。私が言うのも何ですがあの学園は未だ〝お試し〟のようなものですし、学ぶ内容も殿下はとうに履修されていますから通う必要などないのですよ。
それより実際に経営に携わってもらうほうが良い学びになるでしょう? さすがに面が割れている自国で同じことはできませんし。ねぇ」
「ねぇ」じゃないわよ!
私の店を無断で店舗経営の実地練習の場にするおつもり!?
そう言うことこそ学園でおやりなさいな。最近流行りの子供向け職業体験遊戯施設の学生版を作ればいいじゃない。
お店ごっこは子供の遊びの定番。
もし学園計画がポシャっても、〝ちょっと大きいお友達用〟職業体験施設として残せるでしょうし、だとすれば傷は軽くて済むわ!
と、言いたい。
「仰ることはもっともですけれど、でも学園に通う目的は学びばかりではございませんわ。特に留学ともなれば他国に友人を作って欲しいと言う意味合いもあるでしょうし……」
「友人ならできたでしょう? 力を合わせてバルトガー侯爵令嬢を救いに行くほどの」
「…………私のことを仰っているのだとすれば、恐れ多いことですわ」
「ははは、ユリウスが言っていたとおり、マルグリット嬢は奥ゆかしい令嬢ですねぇ」
「うっ」
入学前に父に言われたことをそっくりそのまま使って撃退を試みるも、テオルクには通じない。
それどころか兄の惚気た妹自慢話で反撃された。
おのれ兄。こんな時まで私の邪魔を、ではなくて。
言うことはいちいち正論だが、何故私の店を使う必要がある!?
第一、留学目的で来たのなら大人しく留学していれば宜しいのではなくて!? いやその前にイグニートをタジャラに連行する役目を全うしなさいよ! さすがに昨日の今日で「終わった」とは言わせなくってよ!!
そりゃあ学園に行けばマツリカと出会う率も好感度が上がる率も増すけれど、アロイスはマツリカには全く興味がないし、リーナと言う真実の愛(笑)もいるし、通ってくれて結構。
むしろ私の視界に入って来ないで! 私に関わらないで!!
声を大にして言いたい。
言いたいけれど、アロイスをこの店で、と言う話はテオルクの一存で決まったものではないだろう。
なんせ隣国の王族だ。知らないところで書類と印章が飛び交った末のことなら、私の感情でどうにかなるものではない。
「いやぁ、マルグリット嬢が殿下のご友人で良かった。殿下を預けられる場所は他にもあるのでしょうが、王族ではなく一従業員として扱ってくれる人は令嬢しかいません」
王族に帳簿付けをさせる世界線など創作の世界にしかない。
私が知る数少ない小説のひとつに、旅の仲間になった何処ぞの王子が(主人公をはじめ誰ひとり金勘定ができなかったので)見るに見かねて帳簿を担当している、と言う挿話があったが、まさか現実で同じことが起きるとは。
だが!
現実には私と言う万能悪役令嬢がいるのだから、わざわざ王族に任せる必要はない。
アロイスは味方だと決まったわけではないし胡散臭い部分も多いし、従業員ともなればクマの秘密を知る可能性も上がる。できれば懐に入れたくはない。
「テオルク様が私を高く買ってくださっているのは光栄ですけれど、此処は王都と言えど外れですし、殊更治安がいいと言うわけでもございませんし、何より女性ばかりの店になる予定ですし」
ほんの数十分前にコンラートに向けて放った立地の利点と真逆なことを並べ立て、如何にアロイスを置くには不向きかをアピールしてみる。
案の定、隣からの視線が刺さって来るけれど背に腹は代えられない。
それにねコンラート、貴方はそうやって批判ばかりするけれど、クマの秘密がバレる恐れはなるべく排除すべきでしょう!?
「カジウラとエアハルト伯だけ」なんて言っていられなくってよ? 同じ素材の同じクマですもの、奴らの秘密がバレればディナエルだって危険なのよ!?
「いくら王族扱いしなくてもいいと仰られても限度を超えていると思うのですわ。なんせ一応はコーネリア様の罪を雪ぐために設けられた店なのですもの。ですから、」
「治安に関しては安心してください。前にもお伝えした通り、学園並みの結界を張りますし、奥の部屋に魔法省と此処をつなぐ転移魔方陣も設置しました。いざとなれば一個師団を秒で送り込みます」
「一っ、」
ちょっと待て!!
一個師団って万でしょう!? 無理! この小さな店に一万の軍勢なんて無理!!
いや、これは単に比喩であって実際に一万の兵を送りはしない。それだけするつもりがある、と言いたいだけよ。そうよ、いくらテオルク様でも実践はしないわ。落ち着け私。
私は大きく息を吐く。
相手のペースに乗せられたら駄目。これは交渉術の基本だわ。
「……転移魔方陣?」
「ええ、ちょっと様子を見に行きたい時に便利ですよ? 魔法省管轄の装置ですが好きに使ってください。こちらも無理をお願いするのですから、このくらいは当然です」
と言うことは何だ? 貴方がたが店の奥から出てきたのは転移魔方陣を使って来たと、そう言うこと!?
私に無断で何を設置しているのですかテオルク様! って、善意なんだろうけれど。一〇〇%善意なんだろうけれどっっ!!
「あと、福利厚生の一環として学園と同じ温泉をご用意しました。さすがに男湯と女湯を分けるほどの場所は確保できなかったのでひとつだけですが、従業員しか使わないのなら人数もそういませんし、時間帯を変えれば問題ないでしょう。ああ、もちろんこちらもお好きに使って頂いて構いません」
「温泉んんんんんんんんー-!?!?」
学園に入学して早々、ペトラの口からチラッと語られただけで何の意味があるのかわからなかった温泉施設を此処に作っただとー-!?!?
いや。コーネリアを始めとする従業員は此処に住む予定だし、だったら衛生面でも温泉は嬉しかろう。
彼女(や、そしてきっとアロイス)が入ることを想定しての温泉だろうから、まさか露天風呂ではあるまい。
以前ペトラから温泉の話を聞いた時に、『露天では何処から見られるかわからないから貴族の子弟である学生は使わないだろう。従僕の憩いの場になるのがせいぜいだろう』と思っていたけれど、壁があればそれらの懸念は払拭できる。
むしろ湯舟を使うのは貴族のほうが機会も多い。
だーけーどーーーー!!!!




