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閑話 男たちのクマ三昧・6。(コンラート視点)

 

 この数日は怒涛(どとう)の展開だった。

 バルトガー侯爵令嬢コーネリアの救出劇から始まったそれは、王城への呼び出しを()、何がどうなったらそうなるのか、義姉(あね)が店を持つことで終着した。


 その店はコーネリアのためらしいが、かねてより『何時(いつ)かは店を持たせたい』と絶賛していたメイドの店をこれを機に前倒しで出すことにした、と聞いた。

 何でもコーネリアの刺繍の腕前が他所(よそ)に渡すには惜しいレベルで、何としてでも自店のために使わせたいと思ったのだとか。

 出店自体は想定内とは言え、計画など何もなかった絵空事(えそらごと)

 早くても数年は先のことだろうと思っていたのだが、思い付きにもほどがある。


 しかも店の護衛をカジウラとエアハルト辺境伯と言う脱獄中の親子に任せるらしい。

 よりにもよってコーネリアに色目を使っていたクズ男と若い娘を外国に売り払っていた組織のひとりと言う、その見る目のなさにも一言言いたいが、それよりも。

 事務担当が数年前まで敵対していた隣国タジャラの王子・アロイスと言うのはどういうことだ?

 しかも義姉(あね)はアロイスと公的な友人関係にある、と!?


 いくら直接ドンパチやっていたのではないとは言え、国防を任されている辺境伯の(自称)跡継ぎが敵国の王子と親しいと言うのはどうなんだ? 国賊と呼ばれることになれば責任は義姉(あね)ひとりでは済むまい。

 と思っていたのだけれども、どうにかその心配だけは杞憂で済んだ。

 アロイスの採用は義姉(あね)の独断ではなくテオルクの采配によるもの。

 署名入りで文書も交わした(要は何か問題があった時にテオルクの関与があったと、義姉(あね)は押し付けられただけで責任を取る立場ではないのだ、と証明するための証拠を残した)から、とりあえずこの件が〝悪役令嬢の破滅フラグ〟に発展することはないだろう。


 しかしだ!


 義姉(あね)は本当に破滅フラグを回避するつもりがあるのか?

 かつて敵国だった隣国の王子だの、第三王子暗殺を企てた元勇者だの、人身売買の黒幕と称されている辺境伯だの、不敬罪で修道院送りにされる予定だった侯爵令嬢だのと言った、関わると面倒なことにしかならなそうな連中ばかりを何故(なぜ)抱え込む必要がある!?

 どうせどれも義姉(あね)のでしゃばりでおせっかいな正義感が暴走した結果なのだろうけれど、あの人が何度も口にする『私は引き籠もり令嬢だから』も今となっては本気でそう思っているのか小一時間問い詰めたい。

 ここまで後先考えずに行動しておいて……義姉(あね)の言葉を借りれば『(へそ)でお紅茶が沸きますわ!』と言うところだ。



「もぉ、心配症だなぁコンラートは」

「断じて違う」


 部屋の中央ではクマたちが輪になって菓子を(むさぼ)っている。

 クマ化すると人の心が読めると言うが、あれだけガサガサバリバリと音を立てている中で私の脳内を読み取るとは、果たして私の心の声はどれほどの音量で響いているのだろう。

 こちらはそんなつもりは微塵(みじん)もないが、もし絶叫レベルで聞こえているとしたら『叫びたいくらいに義姉(あね)のことを思っている』なんて誤解を受けているかもしれない。冗談ではない。

 

「お嬢様にはなんていうか、人を寄せ集める力があるんですよね。困った時に知恵を出してくれる人、手を貸してくれる人がいるのはいいことです! うん!」

「そう言えば歴代の魔王軍も幹部だ中ボスだ小ボスだと組織立っておって、まるで会社かと思うほどじゃったしのう。何時(いつ)の時代も人望があるのは敵役と言うことじゃ」

「だよねー。それに比べたら勇者って人望なくない? パーティ組んでもせいぜい四人だし」


 そして私の悩みも聞こえているであろうのにそれは軽く無視して、クマたちがてんでに義姉(あね)を賞賛しはじめるのもいつものこと。

 これも敵役ならではのカリスマ性かと思うと、素直には喜べないのだが──。


「ともかく、店の成功は確約されたようなもんだし」

「ですよねー。テオルク様があそこまで乗り気になってるんだから間違いないです。さすがはお嬢様!」


 それでも、せっかく始めるのなら成功したほうがいいに決まっている。

 少なくとも事業が成功して何らかの破滅フラグが立つことはあるまい。



「だけど商才はありそうですよね、あの王子」


 テオルクが店の福利厚生のために、と用意した温泉から〝足湯〟を提案したのもアロイスだ。

 (いわ)く、

 1:王都の目玉にするつもりなら、やはり旅人を無視できない。

 2:数日から数週間かけて王都にやってくる彼らはそれなりに疲れている。(いや)(どころ)があれば必ず立ち寄る。

 3:温泉に比べて足湯なら裸を見られる心配もないし、料金も安く済むから庶民でも入りやすい。


 とのこと。

 さらに、


 4:温泉客用に手拭いが売れる。

   ぬい(ぬいぐるみ)やその服は女性と子供には一定の需要があるが、成年男性は手が伸び(づら)い。土産と言ってもそれほどは売れない。

   しかし手拭いならその後も日常使いとして使えるし、何よりぬい(ぬいぐるみ)より安価。

   世間体(せけんてい)からぬい(ぬいぐるみ)には手が伸ばせなかった層もワンポイントのクマなら受け入れやすいし、持っていても『店のマークだから』と免罪符にできる。


 5:温泉客用に水も売れる。

   足湯とは言え()かっていれば汗をかく。喉が渇く。

   なので、ただの水も商品になる。

   持ち帰れる容器(クマ印付き)に水を入れて売るのも良し。こちらも4と同じく世間体(せけんてい)を気にする層からの需要がある。


 と。


 その案を聞いて、テオルクはさっそく庭に足湯を引く計画を立てると言っていた。

 学園ではついぞお目にかかれない嬉々とした顔に『ああ、金の匂いがするのだな』と思ったけれど黙っておいた。

 次期宰相の最有力候補らしいが、あの人は役人よりも魔術師よりも教職者よりも、絶対に商売人に向いている。



「アロイス殿下って何考えてるかわかんない人だと思ったんですけど、商売仲間としては優秀ですよね」

「さすがは異世界帰りってとこ?」


 義姉(あね)(いわ)く、アロイスには異世界の知識があるらしい。

 そしてアロイス(いわ)く、異世界からやって来た者は総じて向こうの知識を生かして無双するそうで……この〝足湯〟も()の地で流行(はや)っている娯楽のひとつなんだとか。


 世界が違うと言えど同じ人間。

 ()の地で流行(はや)ったものはこちらでも需要が見込める。

 ならば足湯は成功するだろうが、何というか、()に落ちない。


 転生者や転移者が無双するために持ち込んだ商品やアイディアはどれも()の地の誰か(・・)のものであって、転生者や転移者はそれをパクった(盗んだ)に過ぎない。

 当の本人もまさか異世界で自分のアイディアが誰かの儲けになっているとは思わないだろうし、こちらでいくら儲けたところで彼らの不利益にはならない。

 それはわかっているのだが。


「堅物じゃのう義弟(おとうと)君は」

「超えてはいけない一線を越えたような気がするんでしょう? お嬢様と同じことを言うなんて姉弟ですねぇ」


 〝血塗られた(ブラッディ・)叛逆(リベリオン)〟が同じ理由で異世界から持ち込まれたものだと知った時、義姉(あね)は著作権侵害だと言ったらしい。

 その時は口約束ながらも『もし作者が転生してきたのなら著作権は耳を揃えて返す』と約束させたそうだが、そう言えばその時の相手もアロイスではなかったか?

 と言うか義姉(あね)と同類のように言うな! 血も(つな)がっていないのに!


「でも〝転移者が総じて〟ってことはマツリカ嬢も何かやっているかもしれないってことでしょう? 殿下も言ってたじゃないですか。マツリカ嬢の先を行くことでけん制する目的もある、って」

「そうだぞい。目くじら立てて反対しても自身の正義感が納得するだけじゃ。今回ばかりは大局を見ねば」

「そう言いますけどね。もとはと言えば神様が異世界転移に手を出さなきゃこんな面倒なことにならなかったんですよ? 反省して下さいよ」

「そ、それはそうなんじゃけれどもー」


 そうだ。

 道徳的には納得できないが、マツリカが異世界知識で無双するのを指をくわえて見ている必要はない。


 〝血塗られた(ブラッディ・)叛逆(リベリオン)〟のオリジナルに()れば、今後、ヒロインが異世界の知識で活躍する場面(シーン)が出て来るらしい。

 こちらの世界に持ち込んだものとは違うルートで発生するイベントなので本の中にその描写はないが、マツリカならその〝ない(・・)〟部分も知っていよう。

 彼女が活躍すれば悪役令嬢の破滅フラグが立つわけだし、だったら先手を打つのも策のうち。

 だからと言って、人ひとりの命が助かるのなら異世界の彼らも喜んでアイディアを差し出すはずだ、と思うのは図々しすぎるけれども。



「まぁアロイス殿下は得体の知れない人だし共感できない部分も多いけれども、テオルク様の知己(ちき)ならそう悪さはしないだろう」


 私は席を立つとクマたちの輪に──ディナエルの隣に腰を下ろす。


 アロイスのことは信用していない。

 義姉(あね)がアロイスのことを信じると言っても信じられるものではない。

 しかしテオルクと言うそれなりに対外的な評価を持った者が信じると言うのなら、まぁ、一〇〇歩譲って今は(・・)疑うのをやめてやってもいい。

 敵に回すのは何時(いつ)でもできる。


「それよりカジウラとエアハルト伯のことはいいのか?」


 カジウラ義父子(親子)此処(ここ)にはいない。

 開店はまだ先だが一足先に店に住み込んでいる。

 表向きの理由は警備要所の確認のためと、稼働までの間に侵入者が入らないよう見張り役を買って出たから、だが、本音は此処(ここ)にいたくないからだろう。

 なんせカジウラはディナエルを騙し、力を奪った張本人。

 義姉(あね)が力を取り返してくれたとは言え私もディナエルも許す気にはなれないし、彼もクマだからそんな負の感情は言葉にせずとも伝わる。

 此処(ここ)にいること(イコール)毎日が針の(むしろ)の上にいるようなもの。

 それはそれでカジウラの罰になるけれど、だからこそ馬車で数時間かかる王都の外れのほうが気楽だと思ったに違いない。


 エアハルト伯にしても此処(ここ)で新たな情報を上書きし続けて記憶を薄れさせるくらいなら、静かなところで思い出すことに専念してもらいたい。

 何より此処(ここ)にはリーナがいる。

 イグニートは先にタジャラに転送されたようだが、だからと言ってエアハルト伯が無実だと言う理由にはならない。

 万が一彼が(いま)だに人身売買組織と(つな)がりがあるようなら〝商品〟の近くに置くのは危険だ。

 開店したあかつきには今度は、コーネリアの近くに置いておくのはいいのか? と言うことになるのだが、その頃にはバルトガー侯爵家から送り込まれたコーネリア専用の護衛もいるだろうし、一個師団とやらも秒で飛んでくる手筈になっているだろう。

 自分が心配する必要も義務もない。



「良くはないけれど俺はもうカジウラには負けないし、何よりマルグリット様のお役に立てればそれでいい」

「……そうか」

 

 ディナエルから差し出された焼き菓子を一枚、口の中に放り込む。


 心配してもしょうがない。

 自分としても好きでもないマツリカと強制的にハッピーエンドとやらを迎えさせられるのは御免(ごめん)だし、義姉(あね)に付くことでそれが回避できるのなら利用するまでのこと。

 アロイスが義姉(あね)と組んでいるのも同じ理由。

 カジウラやエアハルト伯が義姉(あね)の下についているのも、そのほうが都合がいいからだ。

 そうして大勢から利用された結果、義姉(あね)がどんな結末に行きつくのかはわからないが……。


 甘いはずの菓子は何故(なぜ)か苦い味がした。

 

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