96 悪役令嬢、解雇を言い渡す。
そんな慌ただしさから数日。
簡潔に言おう。足湯は成功した。
季節が夏だったことも良かったのかもしれない。
数日から数週間かけて王都にやって来る人々の足が、靴の中で汗と砂と埃にまみれて想像を絶する臭いを放つ夏。その悪臭と足の疲れが取れる、と大多数の成年男性がこぞってやって来たのは予想外過ぎた。
そして彼らは地元に帰ってからも話題にしてくたらしい。
日を置いて『噂の足湯に入りに来た』と男性の家族や同僚が訪れるようになり。
本業のはずのぬい服屋はそっちのけで足湯ばかりが繁盛することになった、なんて笑うに笑えない。
さらに足の臭いに悩んでいたのは旅人だけではなかった。
検問所の門兵はもともと射程範囲だったけれども、加えて、此処を通って地方に行く王国騎士団の面々、そして冒険者たちまでもが立ち寄るようになったのだ。
『足湯を使うと再び臭ってくる頻度が遅くなる&水虫が軽くなった気がする』だそうだが、正直に言うとこれは気のせいでも何でもない。
足湯には薬効成分として抗菌・防臭効果が付与されている。
学園併設の温泉は疲労回復と美肌が売りだが、『足を浸けるだけなら美肌はいりませんね』と、テオルクの一言で成分が変更になった。
効能が変更できるのが人工温泉のメリットとは言え、彼も密かに足の臭いと水虫に悩まされていたのか? 礼儀として聞いてはいけないのだろうけれど、気になる。
で、肝心のぬい服屋のほうだが。
正式な店名を〝リ・ヌーイ〟として開店した店は、オリヴィアやソフィアを始めとするコーネリアの取り巻き嬢たちがこぞって『此処から此処まで全部頂くわ!』と爆買いしていってくれたので、どうにか失敗のレッテルは貼られずに済んだ。
〝コーネリア様が手ずからお縫いになった服〟を手に入れるためなら徹夜で並ぶくらい苦でもない&どれが〝コーネリア様がお縫いになった服〟かわからない、のダブルコンボのおかげで。
何度も言うがこの店は表向き、コーネリアの罪を雪ぐ場。
生まれてからずっと他人に傅かれる生活を送って来た彼女が市井に入り、平民と共に働き賃金を得なければならない屈辱が罪の重さに気づくに相応しいと……まぁ私はそこまで重くは考えていなかったのだけれども、そんな理由で開店に相成った店だ。当然のことながらコーネリアには苦労してもらわなければいけない。
とは言え、彼女が駆け落ちまがいのことをした理由をご令嬢がたはほぼご存じで(おおかたナイスミドルたちから聞いたのだろう)、あんな事件を起こした後だと言うのに同情する者のほうが多かった。
彼女らにとってはコーネリアは被害者。
ランドルフもアルノートもどれだけ人望がないのよ、と思わず言ってしまいそうだけれども、いくら主流は政略結婚だとは言え突然のご指名&しかも全く好みではない&もとはと言えば貴方がたの浮気のせいで許嫁からそっぽを向かれたくせに、とくれば、心の中では宣戦布告されたも同じこと。
コーネリアを応援する意味でも爆買いに繋がったと思われる。
この売れ行きをアロイスは『大手サークルが新刊を出した時のコミケを思い出すなぁ』と言っていたが、〝オオテサァクル〟も〝コミケ〟も知らない私にはまるで見当がつかない。
つかないが、売り上げに貢献してくれるのなら有難く買ってもらおう。
〝オオテサァクル〟とやらは大多数の人が手に入れられるよう購入制限を設けていたそうだが、この店がそれをするのは当分先。今はこの店で扱っている商品が〝人気商品でなかなか手に入らない〟と周知されたほうがいい。
人間、希少な品には財布の紐が緩まるもの。
今度来た時には手に入らないかもしれない、と言う焦りは購入に繋がる。
なに、令嬢たちが爆買いしていくのはぬい服。
クマぬいやマスコットの在庫は潤沢にあるから、王都土産には影響しない。
ちなみに〝リ・ヌーイ〟とはコーネリアの案だ。
お針子を含む皆で案を持ち寄り、多数決で決めたらしい。
私も特にこれといって思い入れのある店名があるわけでもないので異存はない。お洒落な洋菓子店のようで女子受けしそうだし……と思っていたら、
「本当は〝血塗られた叛逆〟から取って〝ぶらり屋〟なんてどうだろうって案があったんだけどさ。なんか峠の茶店みたいだって却下されて。で、〝ぶらり〟の〝り〟──〝叛逆〟の〝り〟とぬいぐるみの略称の〝ぬい〟を合わせて〝リ・ヌーイ〟ってなったんだ」
なんていわれをアロイスから聞かされた。
頭を抱えた私は常識人だと信じたい。
「カッコいいじゃん? 〝叛逆のぬいぐるみ〟、って。〝ブラ・ヌーイ〟だと〝血塗られたぬいぐるみ〟になっちゃうから縁起悪そうだし、ぬいぐるみの乳用下着みたいに聞こえなくもないし、ってぬいぐるみの乳用って何だよ、ははははは」
笑いごとではない。
〝叛逆のぬいぐるみ〟の何処がカッコいいのよ!
誰に叛逆するつもりよ!
この店は〝血塗られた叛逆〟とは全く関係ないでしょう!? って、作者がいるから全く関係ないとは言えないのだけれどもそれは非公開情報だし、お客さんからいわれをきかれたらどう答えるつもりよーー!!!!
と、ひととおり心の中で荒ぶって。
「でさ? 色違いのクマを売ったらどうか、って話をしてたんだ」
「色違い? 話題性は薄いわね」
すっかり帳簿係が板についたアロイスがクマ印ボトルを口に運びながら話す事業展開案に、私は平然を装ったまま返す。
些細なことで騒ぐのは小物。
どんな心境をも悟られず、平然としているのが大物の悪役の証なのだから。
私とアロイスは店のオーナーと従業員と言う関係であると共に、辺境伯令嬢と隣国の王族と言う間柄。店内とは言え、王族にお茶を出させるのは気が引ける。
と言うわけで、足湯土産として売っている水(クマ印ボトル入り)を銘々で持ってきて飲むのがこの店の習慣になっていた。
要は抜き打ち検査だ。まめに飲んでいれば万が一、中身が変質していたとしてもすぐにわかる。
食品は品質維持が命。
変質したものを客に飲ませて、店の信頼を損ねるわけにはいかない。
「季節ごとに変えてさ。期間限定にすりゃあ服にしか興味のないお嬢様がたも一匹は買うだろ? 型紙は同じで生地だけ変えればいいからお針子にも負担が少ないし」
そう言いながら出してきた生地見本はピンクと水色が交じり合ったマーブル模様。
アロイス曰く、この手の色合いは〝ゆめかわ〟と言って女性受けがいいらしい。
って、生物学上の女であるはずの私が何故にアロイスから女性受けに関して教えられねばならないのか。
ツッコミたいが、〝ゆめかわ〟を知らなかった私に言える義理はない。
「それとは別に衣装のほうも季節限定を出したいと思うんだけど」
「衣装案はあって?」
「そうさな……例えば人形劇でクマが着る衣装と同じやつなら型紙を起こす手間は省ける」
カジウラとエアハルト伯によるクマのショーは現在、〝祖王ヒャルターの伝説〟を演じている。
ヒャルターが魔王を倒し、凱旋して王に迎えられると言う、物語のクライマックスだけを抜粋したものだ。
その衣装とは言い換えれば〝祖王ヒャルターコスプレ(クマ用)セット〟。
ヒラヒラもキラキラもゆめかわでもない衣装は一見、女子供受けしなさそうだけれども、古今東西、ままごとや人形遊びに男役は必須。
つまり(クマであろうとも!)男装衣装は需要がある。
「貴方、王族にしておくにはもったいないわ」
思わず感嘆の息が漏れる。
足湯も期間限定も男装用品も。これだけのヒットをポンポン出してくる背景には何があるのだろう。
単にアロイスの発想力が豊かすぎるだけか、タジャラでは既にある商売なのか。
もし後者なら、そんな国と渡り合おうとしていたなんて無謀にもほどがある。
豊かな商才は金を──外貨を含めて金を集める。富めば国も発展する。
カジウラの参戦でどうにか引き分けから和平交渉に持ち込めたけれど、これはかなり運が良かっただけかもしれない。
カジウラがいなければ、数年先だったら、ジークラムはきっと負けていた。
「俺のこと見直した?」
アロイスはニヤリと笑う。
この数日の働きを見れば『見直したとも!』と尻尾を振りたいところだけれども。
「商売仲間としてはね」
商才は認めよう。
が、アロイス個人としては未だ胡散臭い部分が多くて信用できないのが本音だ。
何と言っても彼は攻略対象。
口ではマツリカを嫌っているけれど、それも含めて演技かもしれない。
私の手の内を探って、マツリカに寝返った時の土産にするつもりかもしれない。
そうでなくとも……彼は作者が手出しできない異世界で勝手に小説を出版し、利ザヤを得、それを少しも悪いことだと思っていない。
この世界にも少なからずいる転移者・転生者の大多数が異世界知識や異世界アイテムで無双していると言う事実にも頭が痛いが、それが『みんながやっているから自分もやっていい』と言う免罪符にはならない。
そんな──
「大したことないさ。どうせこれも全部異世界からの受け売りだし」
だが。
アロイスの口から出てきた言葉に思考が止まった。
「は?」
待て。
「異世界にさ、でっかいテーマパークがあるんだよ。其処も動物モチーフのキャラクターがいて、季節ごとにグッズ展開しててさ。これがまたよく売れるんだわ。数量限定だから買い占めと転売が横行してて、それが希少価値を上げて。こっちの世界じゃ転売人から買うって文化はまだないからどうかなーって思ってたんだけど。
でも、ま、商売として成り立つってわかったから、タジャラでも大儲けできそうだ」
前言撤回。
何のことはない。またしても異世界のアイディアをパクっただけ!?
しかも私の店を実験台に使っただなんて!
「……少しでも貴方を認めかけた過去の私が恨めしいわ」
「へ? 俺また何かやっちゃいましたぁ?」
「異世界のアイディアを盗んでくるのは嫌いだとはっきり申し上げなかった私にも非はありますけれど、言動を通り越してあなたの存在そのものが不愉快ですわ。
現時点をもって解雇します。タジャラにでも五十過ぎのマダムのところにでも、何処へなりと行けば宜しいわ!」
紹介してくれたテオルクには申し訳ないけれど。
『ビジネスで必要なのは能力。人間性がカスでも才能があれば有能』と言う考えからすれば、今の私は経営者として失格なのだろうけれど!
「ま、待て待て待て! 話を聞け!」
「今更何を仰るおつもり!?」
アロイスは両手を私に向け、『違う違う』とばかりに振った。
手にしていたクマボトルが落ち、机の上に広げられた書類や先ほどの〝ゆめかわ〟生地に染みを作る。
それを気にする余裕もなさそうな顔は本気か、演技か。
……どちらでもいい。
事務所にアロイスの悲鳴が響く。
何があったかはあえて書かない。ご想像にお任せする。
そして。
「これは全部、数年後にマツリカの手柄になるはずの事業なんだ!!!!」
「詳しく」
そうして喋り出したアロイス曰く。
〝血塗られた叛逆(オリジナル)〟のヒロインも、転移者の例に漏れず異世界知識で無双するらしい。
それが足湯と期間限定品。
この事業の成功でヒロインの実家でもある男爵領は格段に裕福になり、男爵の社交界での地位も伯爵から侯爵並みに強まり。
おこぼれを狙う他の貴族たち(その中には公爵もいたと言う)が男爵に媚びへつらい、賄賂を持って日参し。
ヒロインは〝聖なる力だけではなく繁栄のための知力を備えた、建国史上最高の聖女〟と呼ばれ、何時しか王族をも従えて君臨し……ジークラム征服だけでは飽き足らず、タジャラに戦争を吹っ掛けてくるのだとか。
「もしその話が本当だとしてもタジャラとジークラムの力は互角でしょう? 今度はもう勇者カジウラは現れないし、私が言うのもなんだけどタジャラが負けるとは思えないわ」
「正攻法で戦えばな。だがヒロインは前もって魅了を使ってタジャラの中に裏切り者を仕込んでいたんだ。守っているはずの後ろから刺されてタジャラ軍はあっさり負けちまうのさ」
アロイスとしては、マツリカが成功するのは気分が良くない。
タジャラを蹂躙されるのも良くない。
なので嫌がらせの意味も込めて先手を打ったのだそうだ。
「はぁ……」
……とは言うけれど。
その話が本当だとしたら、ヒロインの行動はとてもヒロインとは言い難いのですが。
何その腹黒さ。
乙女ゲームのヒロインって『傷つけあうのは駄目。みんな仲良くしましょ♡』とか言ってしまう、虫唾が走る属性だったでしょう!?
なに率先して戦争しかけてるの!? しかも攻略対象がいる国に!
「でもそこまで知っているのならなおのこと、マツリカとは親しくするものではなくて?」
そしてアロイスのマツリカに対する態度も、やはり納得できるものではない。
『思想云々の前にどうにも受け付けられない』のは聞いたけれど、その前にアロイスは王族だ。
国と民を守るためにはマツリカに媚びるのも戦略でしょう? それで戦争回避に持ち込めばいいじゃありませんか!
彼女を拒否すればマダムと結婚する未来が待っているのだし、お得意のよく回る口で〝マツリカもマダムとも結ばれずに済む〟落とし処に着地すればいい。




