91 悪役令嬢、思い出す。
「それはないぞぃ。チートクラッシャーはクマッティ印の特注品じゃ。一介の神官如きが真似できるスキルではないわ!」
だがしかし。
クマッティがすかさず反論してきた。
最近は話しかけても返事を返さなかったり寝てばかりいるクマッティだが、今日は珍しく起きていたらしい。
らしいが、カジウラからのタレコミを聞いた後ではそんな〝有難い創造神様のお言葉〟も素直に耳には入ってこない。
「……ではエアハルト伯に付いてきた神官が力を奪ったと言う線は消していいのね?」
「無論じゃ!」
私はクマッティに問いながら、視線だけをリーナに向ける。
この部屋に入る前、彼女にはクマたちが嘘をついたら教えるように言っておいた。
ほぼ全員と初見な彼女にクマッティがトラウラと同一人物かどうかは見分けられない。
だが、嘘を見分けることはできる。
偽の宝石の放つ光が鈍いように、本心と違う言葉は濁って聞こえるのだそうだ。
カジウラはクマッティとトラウラが同一人物だと言った。
見分けることができれば、カジウラのタレコミが真実かどうかもわかる。クマッティが嘘をつくとしたら保身のため──正体を隠すためでしかない。
無論、同じことがカジウラにも言える。こちらの場合は私たちを疑心暗鬼にさせ、内乱を起こすのが目的だろう。
クマ同士で仲間意識が芽生えているところで『実はクマッティは敵のラスボスかもしれない』とバラすのは亀裂が入るだけでなく、クマッティ以外──他の誰かも敵かもしれない、と言う疑念を植え付けることになる。
だが今のなぁなぁな環境を温存したいがために黙っていれば、こちらの情報がマツリカに筒抜けになるかもしれない。
疑わしきは罰せよと言うし、長年連れ添った仲間でも非情に切るのが悪役の正道。だったら私も先達に倣ってクマッティとは距離を置いた方がいいのだろう。
……だけれども。
マツリカは私がクリストファーとの婚約を撤回させたことを知らなかった。
カジウラはディナエルがクマの身で生きていることを知らなかった。
老人性のアレのせいで言うのを忘れていた感は否めないけれど、その二点だけでも私はクマッティ=トラウラ説には異を唱えたい。
と言うか、散々私を馬鹿にし、ケチをつけてきた糞勇者よりも打倒トラウラで手を組んだ仲間を信じたい。
信じたいが疑わしい。
ああ! お花畑なヒロインなら『私は信じるわ!』の一言で景気よく破滅フラグを拾いに行くだろうのに!
見れば、リーナはディナエルを抱えたまま無言で頷く。
少なくともエアハルト伯をクマにしたのは神官ではない。
では。
「神官にできないとしてもトラウラならどう? もしくはマツリカなら」
少し踏み込んでみる。
希望を言えば〝クマッティ印の特注品〟はクマッティとクマッティが授けた私のみが使えるスキルであることが望ましい。
だが実際のところ、トラウラはカジウラを勇者にするためだけに他の冒険者たちから力を奪い、与えている。その力こそチートクラッシャーと言わずして何と言おう。
「其処なディナエルをクマにしたのがトラウラなのじゃから、今更できるかどうか聞くまでもなかろう?
じゃがマツリカには無理じゃな。授けられるチートスキルはひとりひとつ、と決められておるのじゃ。マツリカは〝転生聖女〟を授かっているはずだからチートクラッシャーは使えん」
再びリーナが頷く。
これも嘘ではない。
しかし〝決まり〟とは。
そんな罰則も何もないお願い程度の縛りで、趣味で異世界人を召喚して神の力を与え、そればかりか異世界人の成功のためにはこの世界の住人など蔑ろにしていいとばかりの行動をとるトラウラが従うわけがないと思うのだが。
「決まりなんて破ってナンボってものでしょ?」
「……義姉上、」
思わず口をついて出た言葉は、だがコンラートには違って聞こえたようだ。
眉間に手を当てて、さも『義姉が非常識で頭が痛い』とばかりの顔をしている。
違うから!
私が決まりごとなんて破ってもいいと思っているわけじゃないから!!
ああ、こんな誤解を受けるのも、私が悪役令嬢だからだろうか。
こんな時ヒロインなら問答無用で信用してもらえるだろうのに! なんて愚痴も、もう何度言ったか知れない。
「あのね、私はトラウラなら従うはずがないって意味で──」
「そうですか」
「信じていないわね!?」
「どうして信じてもらえないのか、ご自分の胸に手を当てて考えてごらんなさい」
「あー……そう思うのも当然じゃな。だがチートスキルを大量に授かって『俺だけ無双』をしたところで面白いのは当人だけじゃ。さすがの観客も興が覚めると言うものじゃわい」
義姉弟喧嘩をクマッティが遮る。
私を庇ったのか、脱線を回避して話を進めたいのか、端から私たちの会話など聞いていなかったかは定かではないが、結果的に義姉弟喧嘩とそれに伴う好感度ダウンを免れたのだから良しとしよう。
だが巷では〝俺だけ最強〟だの〝最初から最強〟だのと言った話が流行っていると言うのに、神の笑いのツボは別のところにあるのだろうか。
流行りの理由は〝強くなるために努力している過程など見ても面白くない〟というもの。
〝楽をして自分だけ有利に立ちたい〟とはいかにも俗物の考えそうなことだが、その俗物的な願望を叶えて興覚めの原因を作っているのが他ならぬ神。
なのに『さすがの観客も興が覚めると言うものじゃ』だなんて……チートスキルを与え、自らをもってでも転生者の成功を後押ししようとする連中にだけは言って欲しくなかった台詞なのだが。
リーナを見れば今度も頷いている。
クマッティは嘘を言っていない。
しかしさすがにこれは看過し辛い。
「だからマツリカにも使えん! さすがはクマッティ謹製! クマッティは神!」
「……私、やっぱり神殺しの異名をとってしまいそうだわ」
「落ち着いて下さいマルグリット様! 今、クマッティさんを殺したところで何も解決しません!」
つい口をついた呟きに、クマッティが蒼白になり、フォルッツとディナエルが慌てて止めに入る。
私はクマッティの空気を読まない自画自賛にブチ切れたわけではないのだが、タイミングがタイミングなだけにそう思われても仕方がない。
ともかくチートクラッシャーが使えるのはクマッティと私。あとは神。
エアハルト伯の件はマツリカの仕業だと思っていたのだが、予想は外れたようだ。
てっきり諮問会を途中退場(半ばアロイスの策にはまって追い出されるような形だったけれども)した際にそのまま薔薇の塔に行き、エアハルト伯の力を奪ったのだと思っていたのだけれども。
だが抜け道はまだある。
トラウラだ。
トラウラがマツリカの手先として薔薇の塔に赴けばいいだけのこと。
以前もカジウラ一個人のために他の冒険者から力を吸い上げた前科があるトラウラなら、今更マツリカに手を貸したところで何の不思議も──
「なあ、さっきから聞いてるとそこのクマがトラウラじゃねぇみたいに言ってっぇど、そいつ、トラウラだろ?」
その時。
私が珍しく空気を読んで言い控えていたクマッティ=トラウラ説を、カジウラが暴露した。
「貴方は少し黙っていて下さる!?」
「何でだよ!? そこをはっきりさせないからグニャグニャと頭ン中で考えることになるんだろぉ!?」
カジウラは赤腕を私に向けて突き出す。
身長差のおかげで全く威圧感はないけれど、だからと言って痛くもかゆくもない、とは言えない。
言えないが。
何を言い出すのだこのクマは!! とは言いたい。
「あんただって疑ってるじゃねぇか! クマッティはトラウラなんだろ!? なぁ!!」
だが、続けてカジウラが言った言葉には二の句が継げなかった。
あの時間、クマッティは学生寮で留守番をしていた。
フォルッツと一緒だったが監視義務があるでもなし、クマしかいないことでだらけきっていただろう。つまり、抜け出す機会などいくらでもあった。
カジウラがクマッティのことをトラウラと呼んで以降、私は疑っている。クマッティがトラウラであることを。
でも今は。
何よりも私は。
一言も言っていないのにカジウラは何故それを?
「勇者の俺様を信じるより、そっちのボケ老人を信じたいの♡ でも信じられないの♡ ってキモく語ってたじゃねぇか!! 今も!!」
……。
……しまった。
クマは心が読めることを忘れていた。
私は改めて部屋を見回す。
持ち主の性格をそのまま表しているかのような殺風景な部屋は、男子学生の部屋と言えば納得もするだろう。
その中でクマぬい五匹が異彩を放っている。
五匹──カジウラとエアハルト伯。少し離れてクマッティ。その斜め後ろにフォルッツ。リーナに抱えられているディナエル。
その全てのクマがじっと私を見ている。
私がクマッティに対して抱いていた疑念はしっかりと伝わってしまっている。
「あ、あのね、」
ああ、何故重要なことを忘れていたのだろう。
あれだけ何度も心の声に返事されて、精神感応で交信みたいなことまでやってのけて、それで忘れるなんてある!?
これではクマッティの老人性痴呆を笑えない、じゃなくってぇぇぇぇえええ!
だが。
「儂はトラウラではない! 言ったろう? トラウラは儂より毛艶がいい、と!」
他のクマたちが口を開く前にクマッティが叫んでくれたおかげで助かった。
いや、今回ばかりは空気を読まない&他人の話を聞かない老人特性に感謝したい。
クマッティはカジウラに向き直すと片手をグッと突き出す。
先ほどのカジウラのポーズに似ているが手足の長さの短いクマのこと、可能なポーズに限りがあるが故のことだろう。
決して実技演習の時の私のように、カジウラの言動を揶揄って馬鹿にしているわけではない、と思いたい。
「そこの妙に馴れ馴れしい小童よ! カワユイ相手につっけどんな態度をとるのは中二病の症例じゃから大目に見てやるが、そんな態度では女は逃げていくばかりだぞい」
「はあああああ!? 何言ってんだよ! それに小童って、俺だよ! 勇者カジウラ様を忘れたとは言わせねぇぞ!」
「勇者カジウラは知っておるし、其方が力を失ってクマ化したのも知っとる。じゃが、儂をトラウラと呼ぶのは違うぞい。そりゃあ儂はかつて美魔女と呼ばれたこともあるくらいプリチィでキュートだけれども!」
「爺を美魔女なんて呼ぶ奴がいるわけねぇだろ!」
いや、本当は馬鹿にするつもりだったのかもしれない。
でなければあまりにも空気が読めなさすぎる。
進展どころか脱線しかしていない状況に、私はただ頭を抱えた。




