90 悪役令嬢、義弟と話し合う。
「ではリーナ嬢は鑑定スキルのせいでディナエルがディナエルであるとわかった、と?」
騒然とした義父子の対面から半刻後。
私の前にはブツブツと呪詛か何かを呟き続けているクマと不貞腐れているクマがいる。
言うまでもなく前者はエアハルト伯、そして後者はカジウラだ。
よくよく聞けば『未婚女性になんたる破廉恥な仕打ちをするのじゃ恥を知れ』ではなく『何故よりにもよってこの女に貸しを作るような真似をするのじゃ』なのが指摘ポイントの相違と言うかツッコミどころだけれども、まぁ〝剣を振り回して男の真似ごとをする女〟が嫌いなエアハルト伯が私に謝罪しようだなんて発想に至るはずもない。これはこれで伯爵らしいと言えるのだろう。
言えるけれども、数時間前まで貴方を庇って兄王子たちと口論していたのだから少しは敬意を表してくれてもいいじゃない、と思わなくもない。
もう片方のカジウラはと言えば、そんな伯爵の文句をそっぽを向いて聞き流している。
私に対する不埒な行為を反省したいのに義父は何故こうもこの女に喧嘩腰なんだ、と、そんな反抗心でそっぽを向いているのならかわいげもあるのだが、こっちはこっちでそんなことは微塵も思っていないだろう。
ペトラに付けてもらったのであろう赤い腕を、もともとあった白い腕とで腕組みをする様は、何処ぞの諸外国で慶事に金品を贈る時に使う紙製の小封筒のよう……って、何故に赤で腕を作ったのだろう白いクマなのに。
今頃はシチューを薄めすぎて悲鳴を上げているであろう侍女の姿を想像し、私はその想像を消す。
よもや『隻腕と赤腕を引っかけてみたんですよ!』なんてネタのつもりで赤を選んだわけではないだろうが、直ちに問い質しに行かねばならない問題でもない。
本クマは気にしていないようだし、もしかすると赤を取り入れることでクマレンジャーとやらの赤枠を狙っているのかもしれないのだし、気になったからと言ってあれもこれも首を突っ込むものではない。
経験上、突っ込めば火傷する。
面倒ごとに巻き込まれる。
それよりも、確か兄が切り落としたのは手首から先だったはずだ。
クマ化した時に何故腕を丸ごと失っていたのかは不明だが、人間形態に戻った時、手首の先に赤い腕が継ぎ足されたキメラ仕様になっていなければいいのだが……………………いや、それもどうでもよかった。
私は首を振って腕だけキメラ男(想像図)を振り払う。
そしてそんな私にかけられたのが冒頭のコンラートの台詞だった。
そっちはそっちで私以上にどうでもいいところに気が、いや、コンラートにしてみればカジウラやエアハルト伯よりもディナエルだろう。
クマ化したことを世間から隠し通してきた親友が、一度会ったきりの女と(一方的に)親しげにしていれば気にならないはずがない。
「鑑定と言うスキルがあることは知っていましたが、まさかクマの正体を知ることまでできるとは」
「私もディナエルから聞いたときは信じられなかったわ。でも実際のところ、こうして知られてしまっているわけだし」
「それであのクマがエアハルト伯だと言いうこともわかったわけですか」
「ああ……それは認識がちょっと違うのだけれども」
リーナがわかるのはそのモノの本質。
例えば、人間形態も知っているディナエルはクマ化してもディナエルだとわかる。
しかし面識のないエアハルト伯は〝ただのぬいではない。生きているようだ〟としかわからない。『ヴェラルド』と言う名は拾った後でエアハルト伯(クマ)から聞いたそうだ。
同じく面識のないフォルッツとカジウラも〝生きている〟としかわからない。
クマッティとトラウラが同一人物かどうかもわからない。
「……と言うことはカジウラの言い分は未だ証明できないわけですか」
「残念ながら」
モノ相手なら真贋から売却価格までわかるのが鑑定だが、どうにも中途半端なのはリーナのスキルレベルがそこまで達していないからか、日々進化(もしくは退化)する生物だから無理なのか、それとも丸わかりにならないほうが美味しいと言うストーリーのご都合主義のせいなのか。
素性から才能まで丸わかりになったほうがいい加減このタラタラしたストーリー展開から脱却できそうなものなのに、この世界はとことん悪役令嬢に厳しい。
「でも今はそれよりディナエルのほうが大事よ。情報を知る者を野放しにするのは危険だわ。そうは思わなくて?」
「確かに。……ああ、だから義姉上は彼女を連れてきたのですね」
「やっとわかったのね」
私やリーナが『鑑定スキルでクマの正体がわかる』と言ったところでコンラートは信用しなかっただろう。
ディナエルの名を出したのは正解だった。
こんな荒唐無稽な話をあっさり納得するのなら、これからなんでも『ディナエルが言った』と付けて喋ることにしよう。
『ディナエルが言ったから私への好感度を上げなさい』とか『ディナエルが言ったから私に従いなさい』とか……なんだ、この分なら案外、コンラート攻略は簡単かもしれない。
「秘密を知る者は目に届くところにおくべきなのよ。
少なくとも彼女はディナエルがクマになってしまっていることを知っている。秘密にすることで中途半端にディナエルが呪われただの、ぬいに魂を封じられただのって誤解されたら、きっと乙女ゲーム仕様で悪役令嬢のせいにされてしまうわ。ディナエルを守ろうとしたばかりにで私が火あぶりの刑になったら貴方も夢見が悪いでしょう?」
リーナを寮まで連れて来る羽目になった時には何も考えていなかったけれど、こうして声に出してみるとなかなか良い考えだ。
私の利点だけでない。リーナも冒険者稼業に戻ったところであの衣装を着るのだとすれば、またしても体目当ての被害に遭いかねない。
エアハルト伯を捻じ伏せる実力の持ち主にそんな心配は不要だろうけれど、一度は捕まったこともあるし、性格自体は女傑と縁遠いと言うか頼りないと言うか、絶対に無事とは言い切れない。
それに手元に置いておけば彼女の口からクマ情報が流れるのも阻止できる。
冒険者は情報が命。
ダンジョンやモンスターの情報をそれこそ息をするように交換する彼らだからこそ、ポロっとクマの情報が洩れ出す可能性は決して低くない。
何処ぞの冒険者仲間とディナエルの安否について話題が出た時に〝全くの善意で〟『そう言えば~』と喋りかねないのだ。
だったら保護して手元に置くのも縁と言うものだろう。
「リーナは付き合いこそ短いけれどいい娘よ。私が保障するわ」
「義姉上に手放しに懐いてくる相手なんて滅多にいないでしょうから信用したくなるのもわかりますが、慕うふりで相手の懐に入り込むのは詐欺の常とう手段ですよ」
コンラートは鼻先で笑う。
詐欺ってなんだ詐欺って!!
『ディナエルが言った』と付けなければ信用してくれないのは相変わらずだが、つい先ほどまで『仲間にしてもいいじゃない』な雰囲気だったのに、それを言う!?
「ですが……まぁ、腕の立つ侍女のひとりくらいは必要でしょう」
しかし。
ディナエル保護のため、と言う理由に納得したのか、コンラートはリーナの同居にはあっさりと賛成した。
義姉をマコレッタと重ね、自身はその相棒アザミィになりきる痛い性癖の持主だが、エアハルト伯を捻じ伏せた実力とディナエルクマ化を知ってしまっていること、何より、ディナエルが振り回されながらも嫌っている様子がなかったことが決定打となったようだ。
「でしょう? それに今はペトラの負担もかなり大きいじゃない? 貴方だけでなくお兄様まで同居することになってしまったし、いくら身の回りの世話はしなくていいと言っても大変だと思うのよ」
だとすれば畳みかけるのみ。
兄の同意が得られていないが、その前に此処は学生寮。第三王子の護衛と言う名目で居座っている兄は兄である前に部外者だ。
私とコンラートが同意すれば反対はすまい。
現在、寮に連れてきている従僕はペトラひとり。
学生ひとりにつきひとりの従僕が認められているので、新たにひとり増える分には問題ない。
ひとりで三人分の世話をしているペトラにしても、仕事が分担できれば願ったり叶ったりだろう。同性なら話し相手にもなる。
と、思ったのだが。
「義姉上は出て行った先で必ずトラブルを起こされる方ですからね……」
コンラートはため息交じりにそんなことを言う。
うわあああああああ! 月下に咲く黒薔薇の貴公子の憂い顔でするんっ!! この顔だけでご飯が三食食べられるでするん!!!! ……ではなくて。
「どう言う意味よ」
「言ったとおりの意味です。授業に出れば巨大爬虫類に遭遇するわ、女友達と出かければ無頼な輩と口論になるわ、かと思えば素性の知れない冒険者の口車に乗って人身売買の囮になり、王城に呼ばれれば王子殿下に嫌われて帰って来る。
挙句、数ヵ月まで敵対関係にあった隣国の王子〝かもしれない〟男と密談までしてくるだなんて……護衛、と言うよりお守りですね。義姉上には暴走しそうになった時に止める誰かを付けておくべきだと思っていたところなんですよ。
リーナ嬢は一緒になって暴走するきらいがありますが」
要はオリヴィアやソフィアの役割をする侍女を持て、と、そう言っているのだ。
公爵令嬢ならいざ知らず、私に爵位持ちの取り巻きはお高い。が、学園内で身の危険にさらされることなどほとんどないから、リーナくらいでちょうどいいのかもしれない。
ちらり、と横目でリーナを見れば、自分の処遇について話していると聞こえたのだろう。ディナエルを胸に抱えて私たちをらんらんとした目で見つめている。
ディナエルは散々振り回された挙句に乳に挟まれた形で抱き潰され、ただのぬいになってしまったかのように動かない。
息は……多分生きているだろう。腹に穴が開いても平然としている種族だし。
「そう言えば、そのアロイス殿下と言う人は信用できるのですか?」
「できないわね」
ちなみに、リーナにアロイスの正体も聞いてみたのだが、『アロイスはアロイスですよ』と言う返答しか帰って来なかった。
玉座に座っているアロイスを前にして同じことを聞けば〝冒険者アロイス〟と〝アロイス殿下〟が同一かどうかわかるのかもしれないが、やはり知り得ていない情報まで明らかにできるものではないらしい。
「でもアロイスもマツリカのことは嫌いなようだし、きっと仲良くなれるわ」
「義姉上の言う『仲良く』は『利用できる』の間違いでは?」
「言葉の綾の範疇よ。いいしゃない、向こうだって私を利用しているのだし」
だが、何もかも『疑わしい』と否定し続けたところで進展は望めない。
ともかくアロイスについては、くれると言う別ルートのシナリオ待ちと言ったところだろう。
〝血塗られた叛逆〟になくてシナリオに載っていることが現実で起きれば、少なくとも彼はマツリカが進めているストーリーを知っていることになる。
「それよりエアハルト伯よ」
私は改めて、ずっと放置してしまっていたエアハルト伯を見下ろす。
リーナの話では廊下で拾った、とのことだが、犯人の遺留品と思われているクマが何故廊下にいたのか。
って、クマは動けるのだから隙を見て逃げ出した以外に理由はないのだけれど、そうしてみると拾ったのがリーナだったのは幸運と言える。
一般的な動くぬいを見た反応は『呪いのクマだ』と大騒ぎになるか、跡形もなく消滅させられる(手段は問わない)かの二択。
童話やファンタジーカテゴリーによくある好意的な反応は、実際、自分の身に起きればまずしないと言っていい。
前日に白いクマぬいが動いているところを見(信じていなかった節はあるけれど)、且つ、鑑定スキルを持つリーナだったからこそ、私の関係クマだと思って黙って拾うに済ませたであろうことは想像に難くない。
今頃王城では遺留品が消えたと大騒ぎになっているだろうか。
いや、ランドルフたちの様子から考えるにきっと放置だろう。私と、私から受けた数々の侮辱(散々煽ったのは私よりもアロイスなのだけれども)を連想させるクマのぬいなど見たくないに違いない。
そう言えば、そのアロイスに私はエアハルト伯(クマ)を保護するよう唆して来たのだが……よく考えなくてもエアハルト伯(クマ)は私のところで保護するのが正解だ。
王城で保管するくらいなら、と思ったけれど、信用しきれない男にも重要参考人&重要機密なクマを預けてはおけない。
そしてそんな新たな重要機密なクマは。
「そうじゃ! 何故儂はこんななりになっておるのだ!? 理由を知っているのだろう小娘!」
怪奇もので異形にされた被害者が言うような台詞を吐いている。
気持ちはわからなくもないがベタすぎて面白みに欠ける。まぁ、エアハルト伯に面白さを期待する私が間違っているのだろうけれど。
「伯爵がクマになった理由は知らないけれど、なった原因はわかるわ。けれど、それが人にものを訪ねる態度かしら? 閣下」
「うっ……………………わ、わかっていることがあるなら教えてほしい」
捕らえられて以降、エアハルト伯は喋ることができないくらいに衰弱したと聞いている。
黒目ビーズの無表情からは体調も精神状態も推し量ることなどできないが。
「殊勝な心掛けは良いことだわ」
何にせよ、今は情報共有が大事。
隠しておくような情報でもないし、何より、自分自身に起きた問題を解決してくれる相手にはより深い信頼を寄せるもの。これでエアハルト伯を言いなりにできるなら安い。
「原因が疲労によるただの体力の低下なら放っておけばいいけれど、他人に力を奪われたのだとしたらいくら待っていても戻ることはないわね。
この件に関して心当たりはありますかしら閣下。塔にいる間に誰かに会ったとか、その誰かに奇妙な術を使われたとか、それ以来動けなくなったとか」
それに。
エアハルト伯がクマ化した理由がもし私の想像のとおりなら、マツリカを断罪する絶好の機会となる。
私がエアハルト伯を保護した第一の理由はそれだ。
民家で私と対峙した時、エアハルト伯は元気だった。
マツリカの痣を見たあと一時呆けたようになってはいたけれど、連行されるときは自分の足で歩いていたし、道中は馬か馬車に乗っていたはずだから極端に体力を消耗したとも思えない。
なのにクマ化した。
濡れ衣で捕らえられ、心痛のあまり衰弱したと言う線も、エアハルト伯の性分からしたら想像できるものではない。
希望的観測としては──
「日に二回食事を運んでくる世話人と……ああ、神殿の神官がひとり、部屋まで付いてきたな」
──チートクラッシャーで力を奪われた、と言う線だ。




