87 悪役令嬢、救世主に救われる。
前回の終盤に少し追加を入れました。
前回の分、長くなったので分割しました。
「しっかしさすがだな。あんたが何度も犯人は他にいるって主張していたのは、ゴビルンが怪しいって踏んでたからか! 俺ぁてっきり俺が犯人だって口走るんじゃねぇかとヒヤヒヤしてたんだけどさ」
アロイスが感心したように賞賛してくる。
どうやら私に喋らせたのは、私がエアハルト伯が主犯ではないと主張する根拠を知ることにあったようだ。もし私がアロイスルートを知っていて都合の悪い流れになるようであれば、私に懐疑的なランドルフたちを煽って潰すつもりもあったかもしれない。
主犯格のあてなど全く思い当たりもしないままの主張だったのだが、アロイスの懸念どおりにいかなくてよかった。
先見の明があったかのように思い込んでくれているものをわざわざ訂正することもない。
それよりも!
「クマだわ」
「クマ?」
ぽつりと呟いた私にアロイスが怪訝な顔をする。
「エアハルト伯のところに残されていたって言うクマがいたでしょう? あれを保護しなければ!」
そうだ。あの時は脱獄の共犯にされるわけにはいかないと見捨てたけれど、あのクマはトラウラではなくて、エアハルト伯のなれの果てだったりしないか?
エアハルト伯は捕らえられてから急激に衰え、喋ることもできなくなり、クマ化は力を失うと発現する。
カジウラがクマ化した時のように、誰かがチートクラッシャー(もしくはそれに類似する能力)を使ってエアハルト伯から力を奪った──その理由が『護国の英雄の力を手に入れたい』か『口封じしたい』かは定かではないが──のではないか!?
そしてもし後者が理由だった場合。
クマは喋る。
そのチートクラッシャーの能力者が〝力を奪った後の被害者はただ衰えて死ぬのではなくクマ化する〟ことを知っていたとしたら、後で必ず仕留めに来る。
「何でクマ」
「え、ええと……辺境では戦に出る方に安全を祈願して人形を渡す風習があって、」
だがそれをアロイスに言うわけにはいかない。
チートクラッシャーなんて能力、まず信用してもらえないし、信用してもらえたとしてもアロイスが悪用しない保証はない。タジャラの王子かそうでないかに関わらず。
私がその能力使いだと言うことも教える必要はない。
言えば私に〝エアハルト伯殺害未遂容疑〟、もしくは〝エアハルト伯の口から共犯者の名が出ることを恐れての口封じ実行犯の疑い〟がかかるだけだ。
「……先の戦でジークラムの捕虜を何人も見たが、誰も人形なんて持っていなかったように思うが」
「全員が持つわけではありませんもの。おほほほほ」
何度も言うが辺境に人形を持ち歩く風習はない。
ルブローデに限ってもない。
それを今回エアハルト伯領にまで勝手に拡大してしまったが……まぁどうにでもなるだろう。『そんな軟弱な風習などないわ!』と怒り狂いそうな御仁は喋ることもできないくらい衰弱しているわけだし。
「あのクマがエアハルト伯の持ち物だとして、何かあるのか?」
「あ、ええっと、ほら、肌身離さず持ち歩く人形に毒が仕込んであったとしたら、徐々に皮膚から吸収されて衰弱に至ったのでは、と思いまして」
「安全を祈願した人形じゃないのか!?」
「だからですわ。エアハルト伯もまさかお守りに毒が盛られているとは思いませんでしょう?
考えて御覧なさいませ。もし犯人がエアハルト伯に証言させないために仕掛けてくるとしたら。捕らえられた時点で仲間に害される可能性があるとわかっていたとしたら、食べ物と、そして食べ物を運んでくる世話人は警戒しますわ。変装している可能性がありますもの。
けれど元々の持ち物、しかもお守り代わりに何日も持ち歩いていた人形は警戒するでしょうか。むしろ他に気を張る必要があるからこそ、そうでないものへの警戒はおろそかになるはずですわ」
「なるほど。ましてそれが特殊な毒だったなら入手経路も限られる。犯人も割り出せる、と考えるわけだな令嬢は」
「ええ、そうですわ」
またしても勝手に納得してくれたから真相は黙っておこう。
ともかくあのクマがただの人形、と言うことだけは絶対にない。
貴重な〝エアハルト伯本人の証言〟が聞ければ犯人特定も容易いし、もし本当にマツリカが噛んでいるのなら逆にこっちから断罪してやれる。
「だから、」
チートクラッシャーなら私が代わりにクマ化を解くこともできる。
だから身柄を確保すれば──。
「あんた一体何者だ?」
だが。
ふいにアロイスは感心していた素振りを引っこめると、探るような眼を私に向けた。
「洞察力が鋭すぎる。あのクマも本当はただのクマじゃないんじゃないのか?」
「……何を仰っているのやら」
先走りすぎたか?
私は口を噤む。
私の行動は〝血塗られた叛逆〟の悪役令嬢マコレッタとは似て非なるもの。
あの本を参考にして回避行動を取っているのだから当然の結果なのだけれども、他の人物は全て──兄王子たちが男色に走ったのも、クリストファーが私に婚約を打診してきたのも、急に学園が始まったのも、入学式がなかったのも、コーネリアがイグニートに堕ちたのも──ストーリーに沿うよう踊っている中で私だけが予想に反した結果を残していくのだから、作者からすれば違和を覚えないほうがおかしい。
だが人身売買の件は作中にはない。
マコレッタが遭遇しないイベントなのだから、私がどう動いても『原作と違う』とは言えなかろう。
マツリカのことを『キャラ付けが痛い』と蔑んでいたが、この手のトンデモストーリーに出てくる登場人物は総じて〝濃い〟。別世界で乙女ゲームだの俺TUEEEだのに首まで浸って来た男ならそれなりに理解はあるはずだ。語尾がおかしい女と全身に武器を隠し持った女のどちらが、と言われれば、どっちもどっちと言わざるを得ないくらいには。
だから、そんな彼の目に最も胡散臭く映るのは、キャラが濃い誰かさんよりも何を考えているか知れない私である率はすこぶる高い。
そしてクマも。
作中で登場人物の所持品まで事細かに描かれることはない
が、そのクマにさも返事がもらえるかのように語りかけ、かと思えば別のクマが降って来て、場所を移してもまたしてもクマ。しかもそのクマを保護しろと口走る……これで何もないと思うのならどれだけ注意力が足りないのか、と言わざるを得ない。
何かあると思わせてしまったのは間違いなく私の失態だ。
しかし。どれだけ信用されなかろうともどれだけ情報を積まれようとも、私が手の内を明かす義務はない。
アロイスは攻略対象。
乙女ゲームにおいて攻略対象とは〝ヒロインに振られても味方であり続ける、都合のいい男〟の代名詞。
先ほど彼はマツリカに興味がない旨の発言をしていたけれど、ツンデレのツン、もしくはわざと興味のない振りで相手の気を引こうとしているのではないと何故言える?
もし本当にマツリカに興味がないのだとしても、私の味方になるかは別。
原作がそうだと言うのならこの世界でもアロイス自身が人身売買に関わっていた可能性は捨てきれないし、惚れた女に関して言えば私は恋のライバルとも言える立ち位置にいる。
百合っているのではなく、リーナが悪役令嬢マコレッタに心酔していて恋よりも何よりも私を優先する、と言う意味で。
「確か予知能力があるってのはデマ、なんだよな? でもそれにしちゃあ先のことを知りすぎじゃねぇ?」
「〝血塗られた叛逆〟を読んだ者なら誰でも先の展開は知っていましてよ? 本で読んだものと同じイベントが起きて、本のとおりに進めば罪を被せられるのは己かもしれなくて、それで何もしない愚か者が何処にいると言うのかしら?」
「あの本に人身売買の話はなかった。バルトガー侯爵令嬢が口を挟まなかったらあんたは今頃牢に放り込まれていた」
「ええ。友情の素晴らしさを実感した瞬間でしたわ」
「あの本の中じゃ侯爵令嬢と悪役令嬢は親しくなかったはずだ。片や王子の婚約者、片やその王子を諦めきれない、となればな。けれど実際には悪役令嬢は王子の婚約者ではないし、侯爵令嬢が拐かされたら救出するために突っ込んでいくし、そのおかげですっかり信頼を得て……あの擁護はそんなイレギュラーの集大成だ。そうだろう?」
「巷に書物はどのくらいあるとお思いになって? 〝血塗られた叛逆〟しか参考にしてはいけない、なんてルールは何処にもございませんことよ?」
アロイスは知りたいはずだ。私がどうやって自分が悪役令嬢であることを知ったのか。どうやって先を見越しているのか。
しかしクマの存在を明かして、その後でアロイスが敵に寝返ったらどうする?
クマたちを取り上げられたら私のフラグ回避率は格段に落ちるし、その前に喋る人形を持っているなんて魔女認定間違いなし。
マコレッタと違う形であろうとも、世界の歪みとマツリカは私が断罪されて終わることを望んでいるのだから、何があろうとフラグだけは立たせないようにしなくては。
秘密を知る者は少ないほうがいい。
攻略対象のひとりでもあるコンラートとは既にこの秘密を共有しているが、コンラートはディナエルの身の安全を真っ先に考えるだろうから、私の断罪のためだけに喋るクマの存在を公にすることはない。
が、アロイスはそうではない。
「あのクマも」
「ただのクマですわ」
しつこい男は嫌われるわよ、と言ってやりたいが、言ったところでこの不毛なやりとりが終わるとは思えない。
思えないが帰りたい。
エアハルト伯やマツリカのことならいくら議論しても構わないけれど、自分のことを根掘り葉掘り探られるのは好かない。
ああ、思えば昨日の昼頃オリヴィアたちに酒場に連行されてから約一日半、まともに休めていない。
それを思い出すと一気に今の状況が針の筵に思えてきた。
すっかり暮れた窓の外に目を向ける。
そろそろ門限が心配だ。私がこうしてアロイスに捕まっていることを誰かが知っていて連絡のひとつでもしていてくれればいいのだけれど、コーネリアたちは寮生ではないし、クリストファーは兄王子たちと何処かに行ってしまったし、実の兄もそれに付いて行ってしまったしで私が此処にいることを知っている者はいないに等しい。
さらに男女が同じ部屋にいると言うことで扉は開け放ったままにしてあるのに、先ほどから誰も廊下を通らないのはどういうことだ?
もしかしてソラとアウラが誰も通らないように妨害工作でもしているのではあるまいな!!
このまま〝全部吐くまで帰れません〟イベントに突入されたら困る。
王城の人たちもこの男が本物のアロイス第一王子かどうか疑わしいんだから、野放しにしないで監視したらどうなの!? 現在進行形でジークラムの貴族令嬢を拘束しているのよ! と念でも送ってみようか。なんて思った矢先。
「おや。マルグリット嬢ではありませんか。まだお帰りになっていらっしゃらなかったのですか?」
開け放ったままの扉から救世主が現れた。
「テオルク様! どうして此処に!?」
テオルクだ。
宰相の息子だが今は魔法省の職員で学園計画責任者でしかない彼と、王城で会う日が来るとは。
だが誰であろうとも第三者の登場は有難い。
王族に対してもずけずけとものを言う〝空気を読まない奇人〟ならなお有難い!
ほら見て!
こんなに暗くなっているのに、私、帰らせてもらえませんのよ!
「なに、王子様がたに文句を付けに来た帰りですよ」
念が通じたのだろうか。
テオルクは立ち去るどころか部屋に足を踏み入れると、やれやれとばかりに両手を広げてみせた。
「何の証拠もないのにうちの学生を犯罪者呼ばわりして兵士を送り込んで。彼らは学び舎をなんだと思っているのでしょうね、ってね」
クマの持ち主だからとコンラートに疑いの目を向けたことを言っているのだろう。
『ずっと学園にいた』と門前払いを食った、と聞いていたけれど、食うまでにひと悶着あったであろうことは、テオルクの顔を見れば想像がつく。
そしてそうなると、いきなり犯罪者呼ばわりされたであろうコンラートが何を思ったか……『義姉上が私を売った』なんて思い違いをしていなければいいのだが、乙女ゲームの悪役令嬢は攻略対象からどんな理不尽な理由で恨みを向けられることもあり得るから恐ろしい。
「あの、コンラートは」
「ご安心下さい。王子様がたにはきっちり釘を刺しておきましたし、学園で義弟君にあらぬ疑いを向ける者もいないでしょう」
テオルクは私たちのところまで歩み寄ると、此処に私しかいないかのような調子で話を続ける。
タジャラの王族を前にして挨拶をしない。それどころかあからさまに無視している。
テオルクはアロイスのことを知らないのだろうか。
紹介すべきだろうか。
それとも挨拶をしない理由があったりするのだろうか。
宰相の息子が挨拶をしない……ずっと国交のなかった他国の王族だ。顔を知らないこともあるだろう。テオルクの反応だけでアロイス偽物説に舵を切るのは尚早だ。でも。
と、私が考えあぐねていると。
「今から学園に戻るところなのですが宜しければ同乗なさいますか? 私と一緒なら門限より遅れても誰も文句は言いませんよ?」
相変わらずアロイスはスルーしたまま、テオルクはにこやかにそんなことを仰った。
笑顔がやけに清々しい、と思うのはきっと私の気のせいだ。
が。
「是非お願いしたいですわ!」
渡りに船とはこのことだ!
私はさっと立ち上がると、
「では殿下ごきげんよう。義弟も心配しているでしょうから私はこれでお暇させていただきますわ!」
テオルクに負けないくらい清々しい笑顔で(と言ってもツリ目悪役令嬢ではちっとも清々しく見えないかもしれないが)その場を後にしたのだった。




