86 悪役令嬢、犯人と語る。
「そう考えると殿下が何故あの場で私に説明させようとしたのか、私はそちらが引っ掛かりますわ。殿下は犯人を知っていたのでしょう? エアハルト伯が黒だと。
それとも、原作では犯人は別にいて、だからとにかくエアハルト伯犯人説だけは覆したかったとでも?」
私は私の動きを封じるように両隣にピッタリと貼り付いて座っている半乳らを見比べる。
先ほどの握手の時には拘束も一旦解けたものの、そもそも私が座っている長椅子はそう広いものではない。三人で座るとかなり身を寄せ合わねばいけなくなるのだ。たとえ座っているのが若い娘三人でも。
つまり、自由にさせているようで身動きが取れない。
ペルフェンに例えて罵った女に密着する趣味など、彼女たちの今までの言動を見ればありえないだろう。今のこの両腕に華な状況は『アロイスの命令』か『アロイスの役に立とうとして』かの二択と思われる。
全く、こんな二枚舌野郎の何処がいいのだ。って金と権力だろうけども、そこまでして私の動きを封じる意味は──。
「ああ。俺だ」
「警備兵さんこっちで、うぎゃ!」
とっさに私は席を立……とうとして、半乳らに押さえ込まれた。
今まで密着していたのはこのためでした! と言わんばかりの勢いだが今ならわかる。このためだ!
「待て。正確に言えば〝血塗られた叛逆〟のオリジナルの中では俺が主犯格だった。が、今回、俺はやってねぇ」
そして押さえつけられた私を前に、アロイスのワンマンショーは続く。
話を続けたいからと言って、これが他人に話を聞いてもらう態度か!?
王族と言うのは何処まで自分勝手に生きれば気が済むのだ!!
いや、そっちがそんな態度なら、リーナに悪口ばかりを吹き込んでやるまでのこと。私の敵に回ったことを後悔するが宜しいわ!
と、顔には出さないけれど、心で誓って。
「……犯罪者は皆そう言うのですわ」
薄笑いを浮かべて私はアロイスを睨みつける。
口で笑って目で怒るなんて我ながら器用だと思うが、顔半分に笑顔と真顔を同居させたコーネリアには及ぶまい、ってそうではなくて。
同じ熱量で受けて立てばペルフェンの二の舞。二枚舌野郎でも攻略対象で作者。わざわざ好感度を下げる意味はない。
貴族令嬢ならば貴族令嬢らしい応対を。
私は昨晩、メイド長からその極意を学んだわ!
「考えてもみろよ。俺がやったらジークラムを出禁にされるだろうが」
「犯人が殿下だとわからなければ何の問題がございましょう? 第一、オリジナルの貴方はタジャラの王子でありながら犯人でもあって、それでもバレなかったのでしょう?」
「そりゃあオリジナルのクリストファールートじゃ俺は名前も絵も付いてねぇからな。無いもんは出せねぇって寸法よ」
そんな付け焼刃な極意が功を為したのか、悪役顔は見慣れているから気にならないのか、アロイスは我関せずと言わんばかりの涼しい顔で話を続ける。
アロイス曰く。
人身売買事件を起こすエピソードは〝血塗られた叛逆〟のクリストファールートで登場する。
クリストファーに一途な想いを持ち続けるコーネリアは、はっきり言ってヒロインと攻略対象が愛を育む障害でしかない。
しかもコーネリアは侯爵令嬢。マデリーン、ミラルダと言うランドルフとアルノートの婚約者の次に地位が高く、ジークラム貴族の間でも『順当にいけばクリストファーにはコーネリア』と暗黙の了解が為されているほどで、男爵令嬢のヒロインでは身分でも立ち居振る舞いでも勝てない存在として描かれている。
加えてクリストファーは生来の女好き、もとい令嬢キラー。ヒロインを真実の愛と呼びつつも他の女と距離を置くことなどしないクズだから、当然、コーネリアを遠ざけることもしない。
(何処ぞの真実の愛と呼ばれつつも他の攻略対象に色目を使う女によく似ているがそれは置いといて)障害は高いほど越え甲斐があるとは言え、どうにもヒロインに分が悪いストーリー展開が続くのだ。
そんな勝ち目のないライバルをどう蹴落とすか。
そのあたりがシナリオ担当の腕の見せ所なのだろうが、オリジナルはとんでもない策に出た。
コーネリアは突然人身売買組織に誘拐され、そのまま作中からフェードアウトしてしまうのだ。
その人身売買の首謀者とされるのが隣国の王子アロイス。
『王位継承権付きの女を消してしまえばジークラムは王太子がいなくなる。跡継ぎのいない国など簡単に滅ぼせるぜ!』と言う無茶苦茶な理論でコーネリアを手にかけるのだが……はっきり言って穴があるどころか穴だらけの暴論で頭が痛い。
王太子を立たせないつもりなら嫁候補よりも三馬鹿王子をどうにかするのが普通だろう!?
コーネリアは貴族令嬢序列の第三位だけれどもジークラムには女が三人しかいないわけではないし、いざとなれば王には独身を貫いてもらって跡継ぎだけ親戚筋から貰ってくるとか、方法はいくらでもあるじゃないか!
魔力のある平民の子を貴族の養子に迎えるあの風習は、こういう時にこそ使われるべきではないのかーー!?
だがそれがゲームクオリティ。
ストーリー上に現れない部分──平凡な日常パートや主人公が絡まない部分で進行する第三者のイベント──は描写すらしない。
つまり製作陣にとってはコーネリアを消すことのみが重要で、モブの口実には価値も意味もないのだ。別の言い方をすれば、犯人はアロイスでなくても構わない。
新たな犯人役を作らずアロイスに割り振ったのは、シークレットキャラの有効活用── 姿絵 や声を犯人用に用意すれば費用が増えるが、使用頻度の低い登場人物を使いまわせば安く抑えられる、程度の理由だろう。
恋愛系ストーリーに求められるのは所詮攻略対象の顔と甘い口説き文句のみ。
それ以外は適当でも許されてしまう。
そうでなければ学園の入学式がなかったことの理由が思い当たらない。
しかしそれはあくまで二次元での話。
生きている私たちにとっては第三者であろうがなかろうが、ヒロインがエンドを迎えた後も人生がある。
一時の出番のために今後の人生を棒に振る愚かな真似はできない。
「俺だって犯罪者になんかなりたくねぇし、バルトガー侯爵令嬢にも恨みなんざねぇし、三馬鹿王子は余計な策を講じずとも自滅してくれそうだし。聖女を連れ帰るにはクリストファーが聖女と切れててくれないと難しいから、むしろバルトガー侯爵令嬢はいてくれた方が助かるくらいだし」
だからアロイスが持ち込んだこの世界の〝血塗られた叛逆〟にも人身売買事件は描かれていない。
創作は創作、と割り切って読む読者ばかりではないからだ。
登場人物と同姓同名同身分の男がお忍びでジークラムに来れば、踏襲して何か企てているのではないか、と疑う者は少なからずいる。
冤罪で攻撃されたり捕らえられたりされるくらいなら最初からなかったことにしておく、と言う発想は間違っていない。
「でも変だとは思わないか。ゴビルンが攻略しているのは義弟君なんだろう? なのにクリストファールートにしか出てこない人身売買事件が起きるなんて」
「見方を変えれば良いのですわ。この事件の筋書き通りにコーネリア様が消えたとして、誰が得するか。その得する者は何処でこのシナリオを知り得たか、と」
この世界で〝血塗られた叛逆〟内に登場する人身売買の話を知っているのはマツリカとアロイスだけ。
コーネリアが消えて得をするのもマツリカだけだ。
アロイスに関しては、今後クリストファーを捨てる際の修羅場回避用として利用価値があるのだから今消えられるのは損なのではないか? と思うかもしれないが……マツリカがそこまで知恵を巡らせることができるとは思えない。
『攻略対象が他の女にうつつを抜かすなんて許せないのでするん。美丈夫はみぃぃぃんなリカのものでするん☆彡』なんて発想でコーネリア退場を狙った、と考えたほうがずっと納得できる。
「マツリカ嬢にしてみればコンラートルートに進みたいけれどもコーネリア様は排除したい。排除したいけれどもアロイス殿下は手元に残したい。だからアロイスルートの人身売買部分だけを都合よく持ってきた……のかもしれなくってよ?」
「黒幕はゴビルンだって言うのか?」
「考えられないわけではないわ。〝血塗られた叛逆〟の全ルートに出てくるイベントが、本来この世界でも現れる可能性があったのだとすれば」
乙女ゲームの序盤はどのルートも共通。
攻略対象の好感度でルートが分岐していく。
コンラート最推しのはずのマツリカが真実の愛選定の演出を画策したのも、当時の彼女がクリストファールートをも選択できたことを意味する。
「……ってことはゴビルンの先を見通せる能力、ってぇのは俺と同じって考えていいのか」
「そうですわね」
「別ルートはいわば並行世界みたいなもんなのに、それまで見通せるって聖女ヤベェな」
確かに並行世界まで見通せる能力なんてものが本当にあったら『ヤベェ』では済まされないだろう。
だが実際のところは、マツリカもアロイスと同じで〝ルート選択があるストーリーを読んで内容を知っているだけ〟に過ぎない。
夕食会の時、マツリカはコンラートを見て『コンラート様が好きって子は4章くらいからチラホラ出て来るんだけど、その辺のニワカとは年季が違うって言うか』などと口走っていた。
加えて『ヒロインが捜索隊に参加し、水車小屋の男たちを倒して出会うのが蒼炎の獅子帝アロイスだ』とも言っていた。
その言い方から察するに彼女はかなりやりこんでいるし、まず間違いなく全ルートは制覇している。
情報量の点では警戒すべきだが、アロイスからルート情報を手に入れれば問題ない。
「時に、そのオリジナルではエアハルト伯はどんな立ち位置なのかしら」
私は思いついたように尋ねる。
突然の話題変換に眉を寄せながらもアロイスは、
「アロイスルートの彼は人身売買の共謀者だ。いかがわしい衣装で男に媚びる女が許せなかった、としか描かれていない。他のルートでは総じて護国の英雄として名前が出るだけだな」
と説明してくれた。
「と言うことは、エアハルト領が消滅するのはアロイスルートだけなのね」
「そうだが、それが何か?」
「マツリカ嬢はエアハルト領を使って何かするつもりなのではないかしら、と思ったのよ。管轄を何処にするかで彼女はヨルム配下に置くことを主張していたでしょう?」
クリストファールートでは人身売買が起きないように、エアハルト伯も人身売買に関わることはない。アロイスが犯人ではないことと同じように。
なのにマツリカは彼が犯人だと言い切った。
過去の私は『転移者の彼女が言うのならエアハルト伯=犯人説は覆らない、だから白だと主張しても負けるだけ』と思い込んでしまったけれど──
「もしマツリカ嬢が無理やりエアハルト伯を犯人に仕立て上げようとしたのだとしたら話は違ってくるわね」
アロイスを犯人にしないために他の誰かを代役に立てる。
ストーリーの流れを知っていれば不可能ではない。
ただ聖女とは言え、つい数日前までは一男爵令嬢でしかなかったマツリカにエアハルト伯とイグニートを接触させるのは難しい。そのあたりを取り持った協力者がいると思われる。
「おい、ちょっと待てよ。エアハルト伯を犯人にしてゴビルンに何の得が」
「エアハルト領が手に入りますわ。あと、全責任をエアハルト伯に擦り付けることも」
正直なところ、エアハルト領を手に入れてどんな得があるのかは知らない。
領地が増えれば税収UP。これでヨルム男爵が陞爵でもすればマツリカの身分も上がる。
私やコーネリアと張り合うまではいかなくても、貴族社会で蔑まれない程度にはなれるし、子爵以上なら一代限りではない。マツリカはヨルム家に大恩を売ることができる。
今のところ思いつくのはそれくらいだ。
「だけどエアハルト領はルブローデ管轄になったわけだろう?」
「そもそもルブローデはエアハルト領の所有は主張しておりませんわ。ランドルフ殿下が勝手に押し付けてきただけのことで。……まぁ、こう考えるとヨルム領にならなかったのは良かったと言えるかもしれませんわね」
貴方も五十過ぎのマダムと結婚せずに済むものね、とまでは言わないけれど。
黒幕がマツリカだとして。
とにかく彼女が主張する権利を片端から潰していくしか対処法がないのが歯痒いが、何もわからないまま憶測で対処しようとするよりは効果が期待できるはずだ。
「だとしたらエアハルト伯が証言できないくらいに弱ったのもゴビルンが関わってるかもしれねぇってわけか。こうなってくるとイグニートも危険だな」
アロイスの呟きに、ふいに風通しが良くなった。
ソラとアウラが消えている。
話の流れから言って、イグニートの身柄を確保しに行ったのだろう。
「第一王子たちは平民だから証言をさせる気もないようだが、それでも黒幕と何らかの接触があったのはイグニートだけだしな。タジャラで確保させて貰うがいいよな?」
「構いませんわ。エアハルト伯のようなことになっては困りますもの」
仕事の早い男は好きよ♡
と、私は心の中でほくそ笑む。
私がイグニートの身柄を確保すれば、マツリカは私と犯人の関係をでっちあげて触れ回るだろう。
だがアロイスなら──ソラとアウラを使って身柄を確保すると言うことは、公的ではなく内々にそれをする、と言うこと。
もしタジャラに連れて行ったのが知られてもそう簡単に手出しはできないし、元々平民の証言に価値を置いていないランドルフたちならイグニートを取られたところで片付ける手間が省けた、くらいにしか感じない。
イグニートが黒幕を知っているとして、自分ひとりを犠牲にして仲間を守る気概があるとは思えない。証言できる機会を得れば、一蓮托生共倒れを望むか、黒幕の情報を流す代わりに減刑を求めようとするだろう。
残しておけばきっとエアハルト伯のように口封じされる。
どうせならエアハルト伯が喋ってくれるのが一番良いのだが……。
……。
……。
……。
……ちょっと待て。
聴聞会終了間際に衛兵が持っていたクマ。
あのクマは犯人の遺留品などではなく……。
脳内で片腕のクマが踊り出す。
あのクマは。
あのクマは?




