85 悪役令嬢、作者と語る。
アロイスの話によると、攻略対象は推測どおり悪役令嬢の兄、悪役令嬢の義弟、学園で同級になる王子、学園の教師、勇者の五人。条件を満たせば出てくる隠しキャラとして隣国の王子。
この世界に当てはめれば順にユリウス、コンラート、クリストファー、テオルク、カジウラ、そしてアロイス、といったところか。
テオルク、アロイスの二人はマツリカよりも私のほうが好感度が高いし、クリストファー、カジウラはマツリカの推しではないことが判明している。
残るルートは兄と義弟の二つのみとなるけれど、多分攻略対象だろう、とあたりを付けて好感度上げを頑張った甲斐があった。
引き籠りコミュ障に攻略対象六人の好感度を同時進行で上げていくミッションなど無理ゲーが過ぎる。
「本で、と言うのは冗談だけど、コンラートルートは後で文書にして送ろう」
「助かるわ」
「なぁに。神の道楽に巻き込まれた、って点で俺たちは同士だ。あんたにはイグニートやリーナのことで貸しもあるし、それに」
「それに?」
「利害が一致する」
「利害」
「ああ、コンラートもしくはユリウスの通称〝ルブローデ兄弟ルート〟に突入されると俺は五十過ぎの婆さんと結婚しないといけなくなるんだ」
ルブローデルートで何故アロイスが五十過ぎの婆さんと結婚する羽目になるのか。
おおかたエアハルト領がルブローデ管轄になり、隣国タジャラとしては一時的に和平を結んでいるとしても窓口が変われば何時何時キナ臭くなるかもしれない、なんて懸念から、国境防衛戦用の資金提供と引き換えに財力のあるマダムへ放蕩息子を売ることにした、とかそんなあたりだろう。
そしてそれを回避するには聖女と結婚するしかないらしい。他にも策はいくらでもある気がするけれど、実に乙女ゲーム的な解決方法だ。
アロイスはその〝未来の嫁〟の好感度を上げるべく──と言うのはあくまでついでで、今回は本当に人身売買について調べに来ただけだけれども──ともかく、ジークラムに来たついでに聖女の面でも拝んでおこう、あわよくばお知り合い程度にはなっておこう、と思ったらしい。の、だが。
「悪役令嬢が実在してるって知って、だったら俺に惚れる聖女ってどんなんだ? って楽しみにしてたんだけどさぁ。ゴビルンはねぇわ。キャラ付けかもしんねーけど痛すぎるし、第一、語尾でどうにかしようってところが安直すぎねぇ?」
「わかるわ。私も初対面で嫌味を言ってしまったもの」
『キャラ』だの『痛い』だのと理解不能な単語が混じるが、それでもアロイスの愚痴には同意しかない。
彼の世界に存在する〝血塗られた叛逆(オリジナル)〟でもヒロインの語尾は普通だったそうだし、彼の世界の大多数が語尾に「るん」を付けて喋るわけでもないらしい。
やはりマツリカがひとりだけで特殊なだけだった。やはり何処ぞの少数民族の出なのだろう。
が、今ほどマツリカがゴビルンで良かったと思ったことはない。
語尾が普通だったらアロイスはマツリカに興味を持っていたかもしれないし、興味を持てば魅了にかかっていたかもしれないのだから。
「でもそれなら尚更マツリカを射止めなければいけなかったのでなくて?」
そしてそんな裏事情を聞けばこそ。
どれだけ好みではなくてもアロイスはマツリカを邪険に扱うべきではなかったのではないか? と思えてならない。
愛のない結婚など貴族には珍しくもないのだし、タジャラの王族と言う立場で言えば寵妃の五人や十人侍らせることは資金的にも対外的にも難しいことではない。とりあえずマツリカを王子妃に据えておけば五十過ぎの婆さんは阻止できたはずだ。
さらにマツリカはアロイスにも気があるように見えた。少なくともアロイスと出会うため何かしらの手順を踏んだ程度には。
これだけ知恵の回る男なら、彼女の尻の軽さに乗じて既成事実を作る程度のことを思いつかなかったとは思えない。
だが、そんな簡単な話ではないようだ。
「何処の馬の骨とも知れねぇ女を一族に入れるのは危険だろう? どんな危険思想の持主かも知れねぇのに」
「あら、『すっごい回復魔法が使える聖女』よ?」
「そういうのは使って見せてから言えっての。あとな、魅了? あれが危険すぎる。
寝てる間にゴビルンに操られた側近が俺の首を取りに来るかもしれねぇ、ってなったらおちおち寝てもいられねぇわ」
知恵が回るからこそマツリカは回避すべき、との結論に至ったのかもしれない。
言われてみれば彼女が聖女なのは自称でしかないし(例の薔薇の痣はともかく)、私欲のためにスキルを使っているのは言わずもがな。
マツリカの肩を持ちすぎて自身の王子としての資質まで疑われてしまったランドルフたちを目の当たりにすれば、近くに置こうという気が失せても(むしろ遠ざけたいと思っても)不思議ではない。
王族の考えとしては至極まともだ。
タジャラの未来はジークラムよりずっと明るい。
「それにさぁ!」
アロイスは声を荒げるとカップに残っていた紅茶を一気に飲み干し、ガチャン! と音を立てて置いた。
先ほど優雅に飲んでいたところからしてテーブルマナーを知らないはずもない。それだけ憤っていると思われる。
「思想云々の前にどうにも受け付けられねぇってのがあるじゃん! ゴビルンかババァか、って、なんでこう、両極端な選択肢しかねぇんだよ!」
「乙女ゲームに平凡を求めるのが間違いなのよ。まぁ年の差があっても気が合うかもしれないし、年齢だけで拒絶するのもどうかと思うわ。どんな女が来たってきっとマツリカよりましだから」
「あんたどっちの味方だよ!」
だが、どれだけ不本意だろうが私のせいではない。
憤りを私にぶつけることもしないだろう。なんせ私は情報を買ってくれるお客様なのだから。
私はカップを手に取り、お茶を啜る。
同じポットから淹れたお茶だ。アロイスが飲み干してなんともなかったのだから、私が口を付けても死にはすまい。
「貴方と私は単なる情報の売人と客の間柄でしかなくってよ」
五十過ぎの婆さんと、語尾とおツムがおかしい転移者のどちらかを選ばなければならないアロイスは気の毒だが、私に影響しないのなら心底どうでもいい。
むしろ兄やコンラートの周囲にあの女の影がチラつくくらいなら、是非ともアロイスルートを突き進んで頂きたい。
「いや! まだ回避はできる! あの女が誰ともエンドを迎えなければ!」
アロイスは拳を握ると、宙を見上げた。
と言っても空中にマツリカがいるわけではない。これはただの演出。この姿を止絵にして、『こうして決意も新たに旅立つのであった』なんてナレーションが入るやつだ。
「ああ、お友達エンドとか言うアレのこと?」
その決意が『みんなでヒロインを愛でよう。逆ハーレムの会』の設立だったら糞ほどどうでもいいことだけれども、と私は心の中で呟いた。
居並ぶ美丈夫の誰も選ばなかった時に現れる、通称〝お友達エンド〟。
引き分けで終わらせる皆仲良しエンドは勝負ごとのエンドとするには生ぬるい不完全燃焼の悪手でしかないが、昨今の優劣を決めない教育方針で育った者の間では選択肢のひとつになるらしい。
〝血塗られた叛逆〟も昨今流行りの乙女ゲームのひとつなら、そのルートがないとは言えない。
だが。
「どの攻略対象の好感度も低かった場合に限り現れるルートがあるんだ。向こうじゃバッドエンドって言われてたけど」
〝血塗られた叛逆〟はちょっと違った。
アロイスが呼ぶところの『バッドエンド』では、ヒロインがどの攻略対象ともルート突入するだけの好感度を上げることができず、彼女より高い好感度を持つ悪役令嬢がヒロインになり替わって攻略対象たちの心を射止めてしまう。
悪役令嬢ものではないのでヒロインへの断罪は行われない。
しかし皆が悪役令嬢を囲んでキャッキャウフフしている間にヒロインは静かにフェードアウトし、何時の間にか行方知れずになっていた、と締めくくられるらしい。
マツリカのざまぁ展開が見られないのは不満だが、あれだけ自己主張の強い女が誰からも見向きされずに行方知れずになる。
百歩譲ってそれでもいい。
だがしかぁし!!
「私にマツリカより好感度を上げろ、と言っているように聞こえるのは気のせいかしら?」
私を巻き込むな!
「造作もないことだろう? 俺はあんたに付くし、ユリウス卿は重度のシスコン。クリストファーはマツリカが相手にしていない。ってことは教師と勇者と義弟の三人をどうにかすりゃあいい」
「女子力がないと言われている私には無理でしてよ。やはりアロイス殿下は聖女ゴビルンと愛をお育みになって」
アロイスは知らないだろうが教師と勇者の好感度も既に私の方が高い。
実質、気にしなければならないのは義弟だけ。だ。が!!!!
「言い値で買うって言ったじゃないか!」
「労働力で払うとは一言も言っていませんわ!」
私は攻略対象などどうでもいい。キャッキャウフフする気もない。
将来はのんびりと国境の塀でも見ながら余生を過ごすつもりなのだから!
「貴方はコンラートを知らないからそんな楽観的なことが言えるのよ」
「義弟と恋愛関係になれと言ってるわけじゃねぇ。ゴビルンより高い好感度を保ってくれればいい、ってだけだ」
「無理ですわ!」
確かにコンラートのマツリカに対する態度は一貫して塩だ。
だが、だからと言って私に勝機があるわけではない。私に対しても同じように塩だからだ。
出会った当初の作戦どおりディナエルが私の良さを布教し続けてくれれば多少は好感度も上向きそうなものだけれどもそれもなく、一方、マツリカの魅了に汚染され、対マツリカ好感度にブーストがかかる恐れは十二分にある。これでどうやって勝てると言うのだ!? な状態だ。
「それより例の人身売買のことなんだが」
なのに私の懸念には完全無視を決め込んで、アロイスの脳内では既に〝うちの義弟を誘惑しようぜ作戦〟は終わった案件に成り下がっているらしい。早すぎる。
「それこそ作者なら知っている案件でしょう?」
しかしだ。
犯人捜しこそ既に終わっていることではないのか? 特に作者の脳内では。
ああ、腹立たしい! 私はツン、とそっぽを向く。
王族に対する態度としては不敬どころではないが、私は悪役令嬢。ヒロイン不在の場での多少の不作法はシステム的に許される。
「それとも原作ではエアハルト伯は犯人ではなかったと仰るの?」
「あんた、最初はイグニートが犯人だって言ってたよな? なのにさっきはエアハルト伯は黒だって、どういうことだ?」
「聖女マツリカは先を見通す力があるようですの。あれだけ自信満々にしているところからして彼女の頭の中ではエアハルト伯は黒なのですわ。だったらやみくもに異を唱えたところで捜査を混乱させた、と罰せられるのがオチですもの、意見を変えることくらいございましょう?」
アロイスが行ったと言う異世界はマツリカがいた世界と多分同一だろう。
だったら彼にはマツリカが転移者だと言うことを教えてもいいのかもしれない。
なのにあえて隠したのは、アロイスがまだマツリカに寝返る、もしくはマツリカ派でいることを隠しているかもしれない、と言うことがはっきりしていないからだ。
マツリカが転移者だと私が知っている、と言うことは、どんな形であれ伝わらないほうがいい。
「彼女は前から先を知って動いているところはございました。
クリストファー殿下が召喚魔法を使った時も、あらかじめ木に登っておいて、あたかも召喚されたかのように魔法に合わせて落ちて。そのせいでクリストファー殿下はマツリカ嬢を真実の愛だと疑わないわけですが」
「なんだそりゃ」
「義弟と初めて会った時も、やれ『黒薔薇の貴公子』だのなんだのと恥ずかしい呼称を連呼していらっしゃいました。何でもご自分はニワカではないのだとか。初対面の相手と一方的に面識があるなんて、先を見通す力のせいでないのなら付きまとい変質者を疑わねばなりませんわ。
ああ、そうそう。
モンスターと遭遇した時も怯えたり逃げたりすることなく、勇者と王子の後ろで傍観なさっておいででした。聖女なら率先して前線に出てもよろしいでしょうに、それもなく。もしかするとあれも救援隊が来ることを見越していたのかもしれませんわね」
こうして並べたててみると、やはりマツリカの言動は尋常ではない。
転移者だと言う情報を持っていなければ、聖女だ特殊な力の持ち主だ、と納得してしまうだろう。
「だからこそ私も、マツリカ嬢のエアハルト伯が犯人だと言う主張は先を見た上でのことではないかと思うのです。
私はエアハルト伯が悪に加担するような方ではないと思っておりましたから、当初は『エアハルト伯は違う』と申し上げましたが……人というのは変わるもの。英雄であろうと何かのはずみで道を踏み外すことがない、とは言えませんものね」
言いながらふとカジウラのことを思い出す。
自分が主人公のストーリーで満足しておけば良かったものを、マツリカの甘言に乗ってこちらのストーリーにまで出張ってきたのが間違いだった。
救国の英雄もこちらの正解ではモブのひとり。攻略対象かもしれないが、マツリカにその気がないのだからヒーローにはなれない。
おかげで王子暗殺の容疑をかけられ、投獄され。クマ化した今となってはもう誰も彼を勇者だとチヤホヤすることもない。




