84 悪役令嬢、作者と出会う。
破滅フラグと言う単語自体はこの世界には存在していない。
〝血塗られた叛逆〟でも悪役令嬢マコレッタには断罪、追放、断頭台……とあらゆる不幸が降りかかったけれど、作中に『破滅フラグ』なる単語はなかった。
そもそも乙女ゲーム系の派生のひとつである『悪役令嬢だけれども幸せになりますわ!』的なストーリーで使われるものらしいし、だとすれば数年後には認知さている可能性も大だけれども、今現在、世の悪役令嬢は悪でしかなく、どの本でも断罪を逃れる術は用意されていない。
さらにこの世界はヒロインが幸せになるための話に成り下がっていると来た。
〝破滅フラグ〟なる言葉が公に周知されるのはマツリカがエンドを迎えてからになるだろう。
なのにアロイスは知っている。
どう言うものかも知っているように見える。
彼はただの攻略対象ではないのだろうか。
例えば〝血塗られた叛逆〟の数学教師のようにラスボスに抜擢されるほどの能力持ちなら未来が見えるかもしれない。
未来が見えれば──私がクマッティから悪役令嬢や乙女ゲームのアレコレを教えてもらったように、この先に起きるであろうことが予見できれば──破滅フラグを見極め、それを避けることも可能だ。似ている文献から推測するよりも確実に。
「……お話を聞かせていただこうかしら」
まぁアロイスが本当に未来が見えるかどうかは置いておくとして、破滅フラグの存在を──私が気づいていないであろうフラグの存在を知っているのなら是非とも聞いておきたい。
だがしかし。
「実は俺、数年前まで異世界にいたんだ」
「待って。これ以上設定をややこしくしないで」
アロイスの口から出てきた言葉はあまりに斜め上過ぎて、私は再度頭を抱えることになった。
異世界にいた?
アロイスもマツリカやカジウラ同様、転移してきた異世界人だとでも言うのか!?
いや、それはない。
彗星の如く突然現れたマツリカやカジウラとは違い、アロイスの存在は生誕した頃から知られている。敵国だったから出会う機会がなかっただけのことだ。
「異世界にいた、とはどういうことですの?」
「え? ああ」
私の問いにアロイスは目を瞬かせ、暫し視線を宙に向ける。
まるで私が知らないなんて解せない、とでもいいたげな素振りだが、これはどういう反応だろう。
自分が知っているから他人も知っている、と思い込んでのことなのか、私なら知っているはずなのに何故、と言う意味なのか。
長針が二歩ほど進むのを待って、アロイスはやっと口を開いた。
「数年前のことだ。俺はいきなり異世界に飛ばされたんだ。此処とは全く違う文明の世界で、それでもどうにか生き延びて……そしてまたいきなり戻って来た。信じがたい話だが信じてほしい。そうしないと話が進まない」
どうやら〝異世界転生や転移について私は無知〟だと言う認識に至ってくれたらしい。
良かった。
本来なら私も知っている前提で話をした方が進展を望めるが、アロイスが完全に私の味方だと言い切れない以上、こちらの情報──知っている、知っていないの類は特に──は知られないに越したことはない。
「異世界……」
「ああ。俺も経験するまで此処とは違う世界があるなんて思ってもみなかったんだけどさ。あの世界は人間が別世界に飛ばされるのなんか日常茶飯事な世界だった。
信じられるか? あの世界じゃ異世界に行く方法まで確立されてんだ。猫も杓子も〝トラック〟なる乗り物に跳ねられては異世界転生を果たすんだぜ?」
「まぁ!」
知らないふりをしながらも、想像が頭の中を駆け巡る。
彼の世界は神どもに目を付けられているのか?
だが思い返してみれば確かにクマッティは『向こうの世界に未練のない、こちらに来てもいいと承諾した者をスカウトする』と言っていたし、だとしたら未練を失った者ばかりが集う生き地獄だとも考えられる。
殺傷能力がありながら何度も人に突っ込んでくる乗り物の横行を放置しているなんて、その国の王は何をして……いや、もしかしたら裏で神と手を組んで、転生させても大丈夫な臣民にわざとトラックを突っ込ませているのかもしれない。
もしくは『楽々異世界転生』なんて謳い文句で金を取ってトラックをぶつける商売があるとか。
転生なら肉体は残るわけだし、綺麗に残せば臓器から髪の毛まで売れるのが人体。
被害に遭った者たちの第一声も、『此処は何処!?』『私は死んだはずなのに!』から『これはきっと異世界に転生したのだろう。こうなったら前世でできなかったことをやって人生を謳歌してやるぜ!』『スローライフを満喫してやるぜ!』と前向きなものに代わりつつあるそうだし……ああ! 金の匂いがプンプンするわ! って、違ぁぁぁう!!
話を戻そう。
アロイスは異世界に飛ばされた。
時期的にはカジウラやマツリカが此処に来た頃と合致する。彼らの移動に巻き込まれて放り出されたのか、流行りに乗じた他の神がやらかしたのかは不明だが。
その転移先で彼は乙女ゲームだの転生だの転移だの俺TUEEEだのを浴びるほど摂取して帰って来て──。
「んで俺が書いた〝血塗られた叛逆〟とそっくりなことが隣国で起こってるんだもんな。驚いたわ」
「『俺が書いた』ぁ!?」
作者降臨!?
って、あの逆ハーレムものを書いたのが男!?
いや、性別で「書けない」って決めつけるのはよくないことだけれども!! でも!!!!
「それじゃああの恥ずかしい〝愛と欲望の課外授業24時〟って邦題を考えたのは貴方!?」
「いいタイトルだろ? お嬢様がたやご婦人がたは禁欲だ節制だって息苦しい暮らしをしてっから、ちょっとばかりエロそうな題名のほうが受けがいいのさ」
タイトルをツッコんでいる場合でもないのだけれども!!!!
「あ、正確には向こうで流行ってたからこっちでも流行るんじゃねーかな、って思って本にしてみたんだ。ソラとアウラも面白いって言ってたしさ」
「まさかのパクリ発言!!」
「言うねぇ。でもさ、向こうの作者が転生してきたら著作権は返すつもりではあるんだからそんな目くじら立てんなよ。だからアレも作者不明で出してるんだし」
「作者がそう簡単に転生するわけないで、……コホン、そのトンチキな想像を私に信じろと仰るの?」
勢いのままツッコみそうになって、踏みとどまる。
いけない。頭に血が上っては相手の思うツボ。
アロイスが何故いきなり暴露大会を始めたのかは知らないが、同情を誘うためではないだろう。
意図がわからないうちは迂闊なことは言えない。
だが。
「信じろも何も。知ってるんだろう?」
「何を?」
「此処とは違う世界があること。転生や転移で人が移動すること。さっきの作者云々も、あれは知ってなきゃ言えない返しだった」
当初の懸念どおり、アロイスは私が事情を知っていると思っているようだ。
異世界の説明を混ぜたのも私が隙を見せるのを狙ったに違いない。
人間、会話に自分が知っていることが出てくれば食いつきが変わるものだ。
「……私だって〝血塗られた叛逆〟は履修済みですもの。転生や転移と言う言葉に馴染みくらいありますわ」
「あの本は冒頭のヒロイン登場シーン以外は転生も転移もねぇんだけどな。馴染みがあるんだ、へーそうか」
アロイスが作者発言を切り出したのは、『この件の顛末を知っている』と仄めかすことで優位に立とうとする意図があるに違いない。
先の見えない五里霧中、導を提示されればどれほど心強いか。
しかも私は悪役令嬢。断罪される運命の女。
加えて彼は先ほどの諮問会もやたらと庇ってきた。常人なら絆され、味方認定してしまうところだろう。
私の懐に入り込んで、優位に立って、それで何をするつもりなのか。
私が異世界から転移してきたと思っているわけではないだろうが、『破滅フラグ』と言い、何かしらのカマをかけてきているのは確かだ。
「で、だ。マルグリット嬢が言うように、作者はそう簡単には転生してこないから訴えられる心配は無用だ。転生だの転移だのってのは何の成功体験もない第三者に起きやすい」
「私、何か言いましたかしら?」
ともかく、〝知っている〟と言う既成事実は決して作らせない。
私はそ知らぬふりをする。
しかしだ。
異世界とは言え何処かの世界で爆売れした実績がある作品なら、出せば利益が見込めるのは明白。
なのに作者はこの世界に存在せず、自分の作品が自分の知らないところで誰かの儲けにされていることもきっと知らない。
となればその収益は何処へ行く?
「作者不明で出します」なんて綺麗ごとを言っていても、他人の褌で丸儲けすることには変わりないじゃないか。
そんなもの悪の美学に反する。
悪でなければ尚更、許されるものではない。
「ま、登場人物の名前は変えてあるし、万が一作者様が降臨したところで難癖付けられても切り抜けられる魔法の言葉もあるから心配すんなって」
「心配などしておりませんわ」
「ここだけの話、『これはパクりじゃありません。オマージュです』って言やぁ大抵は不問になるのさ。『その作品が好きで好きで、だから似た感じになっちゃっただけなんです』って」
『作者不明にする』だの『著作権は返す』だのと言っておいて、その実、逃げる口実もしっかり用意しているのか。
『その作品が好きで好きで、だから似た感じになっちゃっただけなんです』と、作者当人の自尊心と同情につけ込むつもりなんだろう? 何処かのパクり作家の話ではなくて、自分がそうするつもりなんだろう!?
パクっておいて何がオマージュだ偉そうに。
いっそのこと転移してきた作者に刺されればいいのに。
「……最低な発想ね」
「いいねえ。悪役の蔑みは最高の誉め言葉、ってね」
だが私がどれだけ蔑もうとも、アロイスはノーダメージ。
これも乙女ゲーム脳が為せるわざだろうか。
攻略対象はストーリーの主人公たるヒロインに無条件に惹かれる。
第三者たる女性陣にも無条件におモテになる。
だからだろう。自分がモテる、女に心配してもらえる、と思い込めるのは。
その神経が殴りたいくらいにキモい。だが本当に殴れば断罪一直線。理不尽とはこのことだ!
いいこと!?
単に〝他の女たちが放っておかない男たちから寵愛を受けるヒロイン──ヒロインの特別感を出す役割〟を担わされているからモテているだけなのよ貴方たちは!
「で本題だ。異世界発祥の〝血塗られた叛逆〟と同じことが此処で起きてるとくりゃあ、まず偶然の一致よりも疑うよな? 登場人物の誰かが異世界と通じてるんじゃないか、ってさ」
「そうでしたの」
アロイスが暴露大会を始めた理由は、自分以外の〝異世界と通じている誰か〟を見極めるためのようだ。
その〝誰か〟が万が一作者当人であるか否かを確かめるためかもしれない。
〝この世界でもベストセラー作家〟になってもらって印税をガッポリ貰うつもりか、死人に口なしとばかりに抹殺するつもりかは知らないが。
だがそうなら、 あくまで私の知る情報の源は〝血塗られた叛逆〟だと、そう思わせておかなければ。
「悪役令嬢のあんたじゃねぇのなら、ゴビルンか?」
「さあ? 彼女も〝血塗られた叛逆〟を参考にしただけかもしれなくってよ?」
作者を抹殺するため、以外の理由だとすれば何だ?
攻略対象らしくマツリカに取り入るつもりか?
それともアロイス自身がマツリカ以外の第三勢力になるつもりなのか──本当に転移していたかどうかはともかく、その知識を利用してジークラム侵略を狙っているとか、夢はさらに大きく世界征服とか──である可能性もないわけではない。
「そうさな。ま、予備知識としてアレのもとになってる媒体は本じゃなくて乙女ゲームって言う娯楽なんだわ。主人公の選択肢で未来が何通りかに分かれるってやつで、」
「あら? 出回っている〝血塗られた叛逆〟の結末は一種類ですわね。ラスボスと化した数学教師と悪役令嬢マコレッタをヒロインと攻略対象の王子が倒して終わりって言う」
マツリカのハッピーエンドを叶える世界に成り下がった此処が乙女ゲームなるものを参考にしている、と言う話はクマッティから聞いている。
選択肢が分かれると言うことも。
私が〝血塗られた叛逆〟を似て非なる参考文献としか思わなかったのは、エンドがマツリカが目指しているであろう結末と違うからに他ならない。
あの本では最後に敵を倒した聖女と王子が結ばれる。
しかしマツリカの最推しはコンラートだ。彼女自身、何度も距離を縮めようとしている。
クリストファーから真実の愛と認定されているにも関わらず、『聖女だから国を背負って立つクリス様のお仕事上のパートナーとしての運命、ってことで』と逃げたのも、〝王子妃に収まりつつも最推しを愛でる二股路線〟ではなくコンラート一択を選ぶつもりだと窺える。
つまり、〝血塗られた叛逆〟とは違う分岐に入ってしまうのだ。
だがあの本が選択肢の分かれるゲームシナリオの一部だとすれば話は違ってくる。
辻褄が合う。
「愛読してくれているようで嬉しいぜ。だが俺なら本になっていないルートも知ってる」
「本になっていないルートが顕現しているわけね」
「そうさ。察しが良いな」
アロイスは口角を上げる。
その別の分岐を知っているのは、この世界ではきっとマツリカ以外にはアロイスだけだろう。
クリストファールート以外のルート。その中にはマツリカがなぞっているコンラートルートも存在する。
「ご希望なら本にして進呈するぜ? 愛読者サービスってやつだ。有料だけどな」
「でしたら口頭で構わないわ」
「ふっ、おもしれー女」
どこかで聞いたぞその台詞。と言うのは置いといて。
有料でも、と言うか、金でその情報が手に入るのなら安いもの。特に手の内を明かさずに金で解決できるのなら。
こういうところにこそ投資しなくてどうする、と商売人の勘が言っている。
だが。
だが、だ。
私が『おもしれー女』だからと言っても、情報を無償提供する理由にはならない。
他に理由があるはずだ。
何か。
何か──
「宜しくてよ。言い値で買いますわ、その情報」
いや。
アロイスの思惑が何であれ、私が情報提供を断る理由にはならない。
それに言い値で買うことは私が転移者ではない証明にもなる。どのルートであろうも、転移者なら当然知っているはずなのだから。
「商談成立だな」
アロイスはニヤリと笑うと片手を差し出してきた。
空気を読んだのか、何時の間にかソラとアウラの拘束は解けていた。私たちはガッチリと握手を交わす。
攻略対象なのに恋愛ではなく商取引で好感度を上げるだなんてどうにも乙女ゲームらしくないけれど、女子力のない私にはこっちのほうが性に合う。




