83 悪役令嬢、冤罪をかけられる。(☆)
エアハルト伯のことを報告に来た武官によると、朝は確かにいることを確認していた伯爵の姿が、昼食を届けに行った時には忽然と消えてしまっていたのだと言う。
捕らえられたエアハルト伯は薔薇の塔に幽閉されていた。
名前だけ聞けば、薄幸の美少女と高確率で遭遇率すると古今東西の王子様方(二次元)に大人気なスポットを連想させるけれど、そんなかわいらしいものではない。
周囲を蔓薔薇に囲まれ、初夏には深紅の花で彩られる其処は、血で血を洗う後継者争いが激しかった過去に王族専用の幽閉場所として建てられたもの。平和になった今は門戸を広げ(?)、罪が確定していない貴族を入れておく場所になっている。
通常の牢とは違い、部屋らしい内装と簡素ながらもベッドが用意され、窓も鉄格子が嵌められているけれど日当たりは悪くない。
但し外壁は手掛かりも足掛かりもなく、脱獄には難しい。
しかもこの〝薔薇〟、噂では華やかな見た目で動物(人間を含む)を誘い、麻痺毒の棘で動けなくしてから粘液で溶かして食べてしまうのだとか。蔓薔薇の花が殊更に赤いのは犠牲者の血を吸ったせいだとも言われている。
当然のことながら、美丈夫の前でだけ蔓が退いて道ができるようなご都合主義設定などされていない。
其処でエアハルト伯は寝たきりになっていた。
『証言できない』と言う話だったが実際には刻々と悪化する一方で、直近では立って歩くこともできない状態だったのだそうだ。
そんな動けない老人が鍵のかかっている部屋を抜け出し、急な階段を誰にも見つからずに降りるのは至難の業。窓から脱出なんて論外。
なのに消えたのだから、武官が慌てふためくのも当然だろう。
「エアハルト伯がひとりで逃げ出せるはずがない! 手助けした者がいるはずだ!」
「探せ! それほど遠くには行っていない!」
慌ただしい指示が飛び交い、兄を始めとする近衛兵たちが飛び出していき……そんな中で悠長に聴聞会など続けてはいられない。
〝有耶無耶に終わった〟と言ったのはそのせいだ。
が、それだけで有耶無耶になったわけではない。
「犯人の遺留品と思われます!」
エアハルト伯のことを報告に来た武官が提示したブツが決定打になった。
それは白い毛並みに黒ビーズの目が付いたクマ。
そう。私にとってはここ数ヵ月でどれよりも見慣れてしまったmade in神シリーズの、あのクマだ。
もちろん私の知るクマではない。
クマッティとフォルッツは学生寮で留守番、ディナエルはコンラートに付いて学園に行っている。
カジウラは腕を修理したいとペトラが言ってきたので預けた。今頃は彼女と共に学生寮に戻っているはずだ。
つまり武官が持ち込んだクマと私は面識がない。
だが、それは第三者にはわからない。
「あれは……ディナエルちゃん」
オリヴィアの呟きを耳聡く聞きつけたアルノートが、
「心当たりがあるのか? バーミリオン子爵令嬢」
と食い下がった。
さすがに『マルグリット様のぬいちゃんですわ!』とやってはいけない雰囲気を察したのだろう。オリヴィアは否定するが、それで退く男ではない。
最終的には私が同規格のぬいを持っていることを白状させられてしまった。
Q:となればどうなるか。
A:脱獄を補助した疑いのある持ち主(つまり私)を捕らえようとするに決まっているではありませんか!
「それは本当か!? 衛兵!」
アルノートが嬉々としているように見えるのは決して気のせいではないだろう。
自分たちの裁定に異を唱え続けるばかりか、そのせいでアロイスに『残念』と言われ、コーネリアにいいところを見せることも婚約を確定させることも叶わないのはこの女のせいだ、と逆恨みしているのは間違いない。
しかし私とておとなしく拘束されてやるほど暇ではない。
先ほどの拘束も自分では暴言のつもりはないけれど、『マツリカに暴言を吐いた』と訴えられるきっかけを与えてしまったせいで起きたことは否めない。
悪意を抱いている者の耳には殊更悪く聞こえるものだと言うことを失念していた私にも落ち度がある。
だからこそ同じ失態は冒さない。
「それは私のものではございません。私の所有するクマは全て学園にございます」
数ヵ月前なら見分けられなかったが今ならわかる。
あのクマはクマッティでもフォルッツでもディナエルでもカジウラでもない。
考えられるのはトラウラだが……今此処で知り合いアピールをすれば脱獄の共犯にされることは間違いない。
私はずっとこの部屋から出ていないし、アリバイもバッチリある。けれど、それを覆してでも理不尽に罪を着せられるのが悪役令嬢の宿業。
私が回収しなければあのクマは唯一の証拠の品としてバラバラに分解され、呪いや魔法の残滓が残っていないかを検査され、元通りに直されることもなく廃棄処分の道を辿るだろうが、それでも、奴のために自ら進んで破滅フラグを立てるほど私はストーリー展開に優しい登場人物ではないのだ。
「何度も冤罪をかける前に、まずご確認くださいませ」
「何だと!? 罪人風情が!」
「お待ちください殿下。この部屋から一歩も出ていないルブローデ辺境伯令嬢にどうやったらエアハルト伯を脱獄させることができると仰られるのです?」
「そうですわ。これは横暴ですわ!」
私とアルノートの間で火花が散る。
そんな中、すかさずアロイスとコーネリアが私の援護に回った。
特にコーネリアが自国の王子に反論する姿は、先ほど私とコーネリアの友情に胸を打たれたナイスミドルたちの目には戦うヒロインさながらの勇姿に映ったに違いない。
「で、ではルブローデ辺境伯令嬢の指示で動いた者がいるに違いない。従者とか」
「従者が脱獄の手助けをするためにわざわざ主人のぬいぐるみを持って行くはずがございませんわ。落としでもしたらこのように主人が疑われるのですもの」
そうでなくともナイスミドルたちは今までの問答で散々凹まされた兄王子たちの姿を目の当たりにしている。
コーネリアを後押しするように、あからさまに冷めた目を兄王子たちに向ける者もいる。
場の流れは未だ私に好意的だ。
「しかしルブローデ辺境伯令嬢のものではないと言う証拠も、」
「世界に一体しかないオーダーメイド品ならともかく、何故それだけしかないとお思いなのでしょう? 現に私はその規格のクマを三体、義弟も一体所有しております」
心の中では『made in神が何匹もいてたまるか』と思いつつも、それは顔には出さない。
ディナエルのようにカジウラの犠牲になった冒険者は他にもいる。今までの経験からして彼らは一様にクマ化している。
さらには力を失った神までもが同じ仕様と来た。
そう考えればあの類のクマがこの世界に何十匹といても不思議なことではない。嫌だけど。
「どちらかと言えばルブローデ辺境伯令嬢を陥れるために置いた、と言うほうが自然でしょう。彼女を良く思わない方もこの国には多いようだし……そう思いませんか殿下?」
当てつけのようなアロイスの言葉にアルノートが狼狽える。
つい今しがた、本来のクマの持ち主であるかどうか確認する前に私を拘束しようとした彼は確実に『彼女を良く思わない方』だし、この場にいるナイスミドルたちからもそう見られている。
そして『彼女を良く思わない方』は『陥れるためにわざわざクマを置いた』可能性があるわけで。つまりは『脱獄の手助けをした真犯人かもしれない』わけで。
アルノートはずっとこの部屋にいたから無理?
何方かが仰っていたように、従者に指示したに決まっているではありませんか!
「そ、そうだ。義弟だ! 義弟が怪しい! 同じ人形を持っているのだろう!?」
「コンラートがエアハルト伯の脱獄に手を貸す理由がありませんわ」
「理由など当人にしかわかるものか! 誰か! 学園に行って、ルブローデ辺境伯子息の身柄を」
アルノートは最後まで足掻いた。
しかし『彼は一限から今まで授業に出席している』と学園から一蹴され……私ばかりか義弟にまでいわれのない罪を着せようとしたことへの謝罪の意味も込めて、『ルブローデ辺境伯令嬢の提案を採用することで決着とする』と相成った次第だ。
漁夫の利のような展開だが、結果は結果。
犯人に仕立て上げられそうになったことについてはアロイスを見習い、後々強請る時のネタとして大事にとっておくことにしよう。
と、言うわけ……で済ませたくはないのだけれど。
聴聞会も終わり、各々帰路につき。
何故か私は、王城のとある一室でアロイスと向き合っている。
前にもあったぞこの展開。
頭を抱える私の前で、アロイスは両脇に半乳たちを侍らせ、優雅にお茶を啜っている。
「──いやぁ、あんたには種明かししておかないと夢見が悪いだろうしさ」
口調には優雅さの欠片もないけれど。
「私の夢見が悪いのは今に限ったことではございませんもの。気にしないでさっさとタジャラでも何処でも帰って頂いて結構ですわ」
「つれないなぁ。俺の服を熱っぽく一枚一枚脱がせてくれたあの夜のきみは何処に行ったんだい?」
「あのボロ小屋にいるのではなくて?」
何の種明かしをしたいのかは少し気になるが、今更『実はタジャラの王子ではありませんでした!』とやられても私には何も響かない。
彼の利用価値は諮問会閉会と同時に終わりを告げた。頼んだわけでもないのに〝タジャラの王子〟として私を擁護し、兄王子たちをけん制してくれたことは褒めて遣わすが、だからと言って見返りを求められても困る。
だって私が頼んだわけではないのですもの!
「まぁそんな顔するなって。聞いておいてよかった、って後できっと思うぜ?」
「思いませんわ。今までの経験上、押しかけて来た方がもたらす話は厄介ごとばかりでしたもの」
この男が本物のアロイス第一王子なら、親しくなったせいでタジャラとの面倒ごとに巻き込まれる恐れがある。
タジャラ外交の担当にされ、都合よく働かされるのは御免だし、王子妃や王妃の侍女になって外交面を補助しろと言われるのも困る。
コーネリアならそれなりに教育も受けているだろうけれど、好感度0の相手よりは1でも2でも高いほうが交渉ごとには効果がある。知り合いの頼みは断りづらい、と言うアレだ。
もし王子妃がマツリカならなお酷い。対タジャラの席どころか全ての交渉ごとに呼ばれるだろう。冗談ではない。
そしてそれより最悪なのは、王城務めどころか〝両国の友好の証として〟縁談に発展することだ。
貴族と言うのは特に〝婚姻による繋がり〟に走りやすい。個人よりも家を重んじているからだろう。
だけれども。
人身御供はマデリーンだけで十分だ。
偽物ならなおのこと親しくするわけにはいかない。
〝偽物と結託して王族を謀った〟なんてことになれば断頭台まっしぐら。本当に偽物ならボロが出る前に退散してくれ。私の夢見など気にせずに。
そう! 私は貴方の思い出の中に生きる女。
過去は過去。貴方は今を生きていくのよ!
……とカッコよく言ったところでツリ目悪役令嬢ではミリほどの感動も与えられないだろうけれど、正直な話、ルブローデ領(仮)になってしまったエアハルト領に隣接し、長年闘争関係にあったのがタジャラ国。
未来のルブローデ領主としてはタジャラとは〝大都会のお隣さん(隣に住んでいるけれどまったく関わりを持たない人)〟的な関係でいたいのだ。
「まぁまぁ、そう言うなって。結局何も解決してねぇじゃん? 言いたかないけどお前んとこの王子、三人もいて使えそうなの一人もいなくね?」
「彼らは世界の歪みに踊らされたかわいそうな人たちなのよ」
「世界の……? あー、まぁ、かわいそうではあるわな。ある意味」
兄王子たちの無能っぷりは乙女ゲーム仕様になったせいだろう。
元から無能なのか、クリストファーの当て馬役として欠点ばかり目立たせられているのかは知らないが、王位継承権の序列は決して年功や血の濃さで決めたわけではないはずだ。
だがしかし。
「ともかく。何か知っているのならもったいぶらずにあの場で証言なさるべきでしたし、今でも教える相手を間違えているのではなくて? そういう話題こそ殿下がたと話し合うべきだわ」
アロイスの話が人身売買についてならなおのこと、私に言ってどうなる。
言いたいことがあるのなら最初から私に話を振らずに、自分の手の内を明かせば良かったのだ。
おおかた私が掌を返してエアハルト伯犯人説を支持したことが自分の意図するところとは違ったとか、責めるつもりでこんなところに連れ込んだのだろうが。
それにあの時『知っていることは後で書面にする』と言ったじゃないか。前言どおり〝後で書面で〟タウンハウスなり寮なりに送ってくれればそれでいい。今更、顔を突き合わせる必要性を感じない。
書面と口伝では字面も意味も全然違う。
「俺を偽物かもしれないと疑っている連中がまともに取り合ってくれるとは思えねぇし、その前に何であいつらに情報流してやらねぇといけねぇんだ?」
「クリストファー殿下なら聞いて下さいますわよ多分」
今回の事件はコーネリア誘拐だけではない。
後ろには平民の女性を主に狙った人身売買組織が動いている。むしろそちらが主軸だろう。
兄王子たちはコーネリアが戻ってきたから終わりと思っているようだけれども、だったらクリストファーに言えばいい。攻略対象らしく進んで渦中に飛び込んで行ってくれるだろう。
「クリストファァァァァ? ああ、綺麗に右から左に聞き流してくれるだろうな。会の間も一っ言も喋んねぇし、あれならさっき見つかったクマに聞いてもらっても同じだわ」
「まぁ! クマもきっと名誉なことと喜びますわね! では私は帰らせて頂きますわ」
「だー---!! ちょっと待てっつーの!」
立ち上がりかけたところを、サッと寄ってきた半乳らに取り押さえられる。
寄生する先を変えたのかと思うほどガッチリ両腕を固定され、私は再びソファに沈められた。
なんて重さだ。こんなものを毎日両腕にブラ下げていたら肩凝りどころじゃない……じゃなくて、この動き。ただ乳が大きいだけの女の動きではない。
かなり名が知れた冒険者か。隠密か。
少なくとも王城に忍び込む実力はあるようだし、何にせよ、そんな彼女らが従っているアロイスも〝ただの偽物〟ではなさそうだ。
再び向き合うことになった私に、アロイスはニヤリと笑う。
「巻き込まれた縁とでも思って聞いておきな。情報を嗤う者は情報に泣く。破滅フラグをへし折れるかもしれないぜ?」
「……破滅フラグ」
何故知っているのだろう。
今まで、どの攻略対象ですら知らなかった言葉なのに。




