8 悪役令嬢、兄の秘密を知る。(☆)
ルブローデ城の庭は美観よりも戦闘に特化した形で作られている。
何代か前の当主が少しは見栄えのいい庭を、と手を入れたものの、その後の代で修正に修正を重ねられ、中途半端に残った〝見栄え〟がより一層空しさを感じさせる結果になってしまった。
こんなうら寂しい庭を散策したところで何が楽しいのか。
恋人同士なら周囲の景色など見えないのだろうけれど、私の場合、クリストファーよりも周囲の景色のほうがはっきり見える。
と言うか、クリストファーは視界から外したい。
ああ、〝クリストファー殿下と城内散策たっぷり一時間ツアー〟などと称して売り出せば、高値が飛び交うであろうこの時間を何と無駄に使っていることか!
しかし今私がするべきことは、ご令嬢がたにこの時間を売りさばくことではない。
「……殿下はよろしいのですか?」
手を取られたまま歩くこと十数分。
思い切って私は前を行く背に問いかけた。
彼自身は婚約に乗り気ではない。
憶測だがきっと正解だろう。私は彼の好みからかけ離れすぎている。
選り好みしない令嬢キラーだとしても、いや、なまじ多くの女性と接してきたからこそ好きでもない顔を毎日見、妻として接するのは苦痛のはずだ。
「もしルブローデの造反が心配での婚約なら、決してそのようなことはしない、と一筆書きましょう。少なくとも私が生きている限り、ルブローデはジークラム王国に忠誠を誓いましてよ?」
だからもっとかわいい娘と結婚してくれていいのよ? と言うか、しろ。金輪際私の前には現れるな!
ついうっかり込めてしまった念に限って伝わってしまう理不尽さ。これも悪役令嬢の仕様だろうか。
クリストファーは今まで顔に貼り付けていた柔和な笑みを引っ込めた。
なまじ美形なだけに、笑みが消えると凄みが半端ない。
「……ときにルブローデ辺境伯令嬢。ユリウスが今どうしているか、知りたくはないかい?」
「お兄様、ですか?」
どうやら兄が何かしたのは確かなようだ。
客間でも兄の話題が出た途端機嫌が悪くなった。もしかすると余計なことを口走るどころか、もっと収拾のつかないことをやらかしたのかもしれない。
クリストファーが来たのも、本当は兄の罪を私に償わせるために連れて行くつもりで。
ほら、時代ものでよくあるじゃない? 父親が作った借金のかたに娘が『体で払え』と連れて行かれるやつ。世の中には枯れ専だのデブ専だのと言うこだわりの性癖をお持ちの方もいらっしゃると聞くから、私でも需要はあるのかもしれない。
売られなかったとしても、『王子と婚約だーやったー♡』なんて浮かれて付いて行ったら最後、妻とは名ばかりの性奴隷か、死ぬまで下働きが待っているのだきっと。
でもそれならわざわざ跪く必要なんてない。
それこそ『引っ立てぃ!』と連行したって我が家は文句など言えまい。
あれか!? 若い女を前にすると体が勝手に動いてしまうのか!? 口が勝手に動くのか!?
さすがはマクシミリアン様のマナー教育! ってそれ、ただの結婚詐欺だから!
「お兄様が何か? もしかして、この婚約とも関係のあることですの?」
クリストファーは無表情だったが、説明は必要だと考えたのだろう。
ゆっくりと口を開いた。
「……ここだけの話だが、ユリウスは私の兄と関係を持ってしまってね」
「は?」
だがしかし!
内容は斜め上を吹っ飛んで行った。
私の兄?
男所帯だと男色もあるとは聞いたことがあるけれど、そりゃあうちの兄は傾国の美青年と言われるほどの顔だったりもするけれど。
でも中身はしっかり男の子なのに!?
それも重度のシスコンなのに!?
ってそれ本当にうちの兄ですか!? ええええええ!?
「ご冗談を」
「冗談で済めば良かったんだけどね。そう言うわけで兄に世継ぎは期待できない。しかし男の嫁……どちらが嫁なのかはあまり考えたくはないのだがそれは置いといて。男の嫁が出来たなどとは世間に公表できない」
わかる。わかりますわよ殿下。
うちだって世間様に言えません。そんな事実が表沙汰になりそうになった日には”王都勤めで一生を終えた”と設定付けて、密かに暗殺してしまいかねません母ならば。
「全く! 呪われているのか!? 王子がふたりも男と、」
クリストファーはぐっ、と拳を握り、宙を見据える。
空中に兄の幻でも見えているのかと思うほど憎々しげに。
わかる! わかりますわよ殿……
……待て。
「お待ちください殿下。王子がふたり、とは第一王子殿下も第二王子殿下もと言うことですか?」
「そうとも! きみの兄はこともあろうに僕のふたりの兄を手玉に取って」
「はあああああああ!?」
嘘だろーーーー!?
兄と王子らにそんな性癖があったなんてにわかには信じられないが、その前に兄は二股ができるほど器用な人ではない。
モテる要素はあるけれど、あくまで剣の腕とか穏やかな性格とかの健全なほうで、なまじ顔が良すぎるだけに色恋沙汰の対象にされないと言うか、要するに縁には繋がらないのだ。
騎士団(の鍛練)で揉まれるうちに、男を惑わす妖しいフェロモンを出す体質でも開花したのだろうか?
確か男は半殺しにするとフェロモンを出すらしいと風の噂で聞いたことがあるけれど。
しかし兄が騎士団に入ったのはカジウラが東を平定した以降。
以降、国は平和そのものだし、騎士団が派遣される紛争もない。
鍛練が全国平均で見て半殺し並と呼べるほどに厳しかろうと、あの兄には児戯だろう。半殺しの目に遭う確率は非常に低い。
なのに何故。
ああ、暇すぎてすることがなかったとか?
ほら、未開の地の人たちがやたらと子だくさんなのは、って状態が騎士団で起きたと?
でもどうして王子なのよ!
相手はもっと選びなさいよ!!
「兄も兄もカムフラージュのために女の嫁を迎えるとは言ってるが、彼女らと関係を持つ気はないらしい。好いた相手に操を捧げるのは素晴らしい心掛けだが、しかしジークラムの血を絶やすわけにはいかない」
他の嫁と関係を持たないなんていかにも純愛だけれども、周囲にしてみれば迷惑でしかない。王族なら特にそうだろう。
「と言うことで私に白羽の矢が立ったわけだ。要するに世継ぎだけ欲しい、と」
クリストファーは貧乏くじを引かされたのか。
兄ふたりは好き勝手な恋愛をしたくせに自分はツリ目の不愛想な女をあてがわれるのだから、機嫌だって悪くもなると言うものだ。
「ご愁傷様です」
三人の息子の中で唯一まともに女好きなのはクリストファーだけになってしまったし、彼なら寄って来る女も多いから一〇〇人でも二〇〇人でも世継ぎを作れと、そう言われたのかもしれない。気の毒に。
そりゃあ貴族・王族の家に生まれた以上、政略結婚は視野に入っているけれど、子作りにしか価値がないような言い方をされたら凹むわよ。
そんな私に、クリストファーは凄みを浮かべた無表情のまま顔を近付けた。
「……秘密を知ったからにはそれなりの対応をしてもらうよ」
「ご安心ください。決して他言は致しませんわ! お兄様がたの名誉がかかっておりますものね!」
わかる。
『ここだけの話』と銘打って打ち明けた話って、あちこちで『ここだけの話』として拡散されてしまうものなのよ。
でも丁度いいことに、と言うと悲しくなって来るが、私には噂話に興じる友人などいない。
いたとしても、赤の他人のことならいざ知らず、実の兄のアレコレなんて面白おかしく喋れるわけがない。
他言無用、大いに結構! 私、この話は墓場まで持って行きますわ!
「違う」
しかしクリストファーは首を振った。
身内の恥を喋ってもいいのだろうか。と一瞬思ったが、きっとその意味の「違う」ではないだろう。コーネリアで訓練された私にとって、言外の意図を読むのは得意中の得意だ。
では何だ?
それなりの対応──やはり賠償金も払えと言うことか!?
世の中、何をするにも金がかかる。ここしばらくは平和だけれど、それまではかなりの国防予算が国庫を脅かしていたはずだし、取れるところから取っておこうと考えているのかもしれない。
でもそれなら私よりも父と交渉すべきだ。
いくら未来の女領主とは言え、私には今のところ何の権力もない。
ルブローデの財源には金貨一枚触れられない。
「それでは?」
「私は今日、婚約を了承してもらうために来ているのだが?」
「あぁ……そうでしたわね」
しまった。兄の件があまりに吹っ飛びすぎていて、婚約話なんて忘却の彼方に飛ばしてしまっていた。
しかしだ。
確かに『婚約を了承してもらうために来た』と言っていたけれど、どうにも今までの話の流れから、クリストファーが私を所望するとは思えないのだが。
世継ぎ云々の前にすることをしなければ子供はできない。
しかし好みでもない、それどころか顔を見ればその兄(と兄が兄王子たちとしでかしたアレコレ)を思い出す女と〝できる〟だろうか。
いくら命令とは言えクリストファーにとっては拷問でしかないし、メリットもまるでない。
それどころか身分に関係なく好みの女を集めてハーレムを作ったって、兄王子にも国王にも文句を言う権利はないだろうのに。




