7 悪役令嬢、求婚される。
しかし夢は夢のままでは終わらなかった。
その日の午後に惨事が四頭立ての馬車でやって来たのだ。
来ると言う知らせを受けていなかった我が家は突然の来訪者に上へ下への大騒ぎとなり、私も乱入して来たメイドたちの手によって登城する時にしか着ないようなドレスを着せられた。
このドレスは母が珍しく王都の職人を呼びつけて作らせたもので、生地も今では全滅したとさえ言われているデリーダム地方の絹を使っている。
『服なんて着られればいい』程度の関心しかない私だが、金儲けの種と言う点から見る分には興味深い。ただ、全滅した他地方の絹を復活させるのも、まして増産させることにもこれと言った案があるわけではないので、今のところは希少価値の高い服でしかないわけで。
だからこそ何度も着用して劣化させたくはないのだけれど、残念なことにこの点は母もメイドも共感してくれない。
そんな高いドレスに身を包み、髪もこれ以上ないというくらい気合いを入れて巻かれた。
下手に金髪だから縦ロールにすると悪役味が増すのだが、メイドの目にはそうは映らない。
「お綺麗ですわマルグリット様! この黄金の前では王城の宝物庫の中で眠っている宝石など河原の石同然ですわ!」
なんて壮大過ぎて想像しづらい誉め言葉を浴びせられること数十分。
何となくいい感じに洗脳されてしまいそうになるのを耐え、
「誰が来たの?」
と尋ねるも、
「それはお会いしてからのお楽しみですうふふふふ」
奴らの口は王城の宝物庫の鍵以上に堅かった。
何処までも隠し通す気満々の態度に辟易しつつ、身支度を整えた私は客間に向かう。
「突然の来訪痛みいる。今日はルブローデ辺境伯令嬢に用があってね」
客間で待ち構えていた惨事がキラキラオーラを撒き散らして振り返ったのを目の当たりにした私は、扉を開けた勢いのまま閉めそうになった。
何故奴が!?
いや、奴と言うのは失礼だった。幼い頃は天使のようだと称され、今は無自覚令嬢キラーと化して、あらゆる女性陣から熱狂的な熱い視線を浴びる男。ジークラム第三王子クリストファー。
けれど。
あんな夢を見た後では、お近付きにはなりたいとは思わない。
そんな彼が私に何用だ!?
ドアノブを握ったまま固まっている私にクリストファーは優雅な足取りで近付き、こともあろうに片膝をついた。
そして。
「今日はきみに婚約を了承してもらいに来たんだ。了承してくれるよね?」
と、口走ったのだ。
嘘でしょぉぉぉぉおおお!?
思わず叫びそうになって、物理的に手で押さえる。
途端、外野から黄色い歓声が上がった。
彼女たちの視界には私が驚きと恥じらいを隠すために口元に手をやっている光景が見えているに違いない。きっと背景に薔薇も咲き乱れている。
だが現実は違う。
花があるとすれば墓場に咲く曼殊沙華。
今の奴は、私にとっての死神でしかないのだ。
悪役令嬢を断罪するのはヒロインに心を奪われた〝悪役令嬢の婚約者〟。
そしてその婚約者は大抵が王子で、今朝がたの夢で断罪する役を担っていたのも他ならぬクリストファーだった。
なのに、お近付きになりたくないと思ったその数時間後に婚約だ!?
何の苛めだ!
何処の世界に自分に引導を渡す男と結婚したがる女がいると言うのだ!!
「……どなたかとお間違えではございませんこと?」
そうだ、間違いに違いない。
私はいずれ辺境伯を継ぐ身。
男受けも良くないし、令嬢がたからは疎まれているし、気の利いた会話もできない。
類まれなる教養や美貌にも縁がない。
以前、『淑女としてはギリギリ及第点』と言ったが、王族の嫁候補として見るなら二〇点あればいいほうだ。
そう自己評価を下している最中、今まで背景と化していた父が満面の笑みで口を挟んできた。
「謙遜することはないよマルグリット。クリストファー殿下はお前の良さがわかるお人だったと言うことだ」
「良さって」
『お前の良さ』って何だ?
思い当たるものと言えば、魅了を受けても卒倒すらしない図太い神経くらいしかない。
コーネリアの茶会で参加者が悉くクリストファービームに倒れる中、私だけが平然としていたのを『きみは何ともないのか?』とさも意外そうに言われたが……そんなところで興味を惹いたのだとしても、婚約・結婚となれば話は別。
美人は三日で飽きると言うけれど、珍獣が飽きられるのはもっと早い。
いや、第三王子がそんなペットを飼うノリで婚約者を決めるはずがない。きっと政治的な理由だ。
辺境伯領はその立場上、保有戦力が高い。爵位としても上の方だ。
加えてルブローデは土地も広く、領民も多く、通商も盛ん。いざとなればジークラムに反旗を翻すことも、隣国に与することも、独立することだってできてしまう。
だが娘の身柄がこちらにあれば、そう易々と敵にはならない──そのほうが理由としては自然だろう。
クリストファーは第三王子。上にふたりも兄がいては王位を継ぐことはまずない。
それどころか、後々は国内の何処かに領地でも貰って余生を過ごせればましなほうで、時と場合によっては”他国に婿養子”と言う名の人質役が回って来るともしれない。
それに比べればツリ目でかわいげのない辺境伯の娘と結婚するくらい大したことではないだろう。
かわいい嫁は側室を迎えればいいだけの話だし、ルブローデを手に入れれば、それこそ独立して一国の王になることも夢ではないのだから。
が。クリストファーはそれで良くても私は納得できない。
第三王子だか令嬢キラーだか知らないが、今の今まで私の人生に欠片ほども関わって来なかった奴に私の将来設計を邪魔をしていい権利などない!
第一、ルブローデは今までジークラムに反意を見せたことなどない。そんな心配はするだけ無駄だ。
第二にクリストファーに好意を寄せる令嬢はいくらでもいる。
私よりかわいい娘も両手の指より多くいる。
その背後には腹黒いことを考える輩も、利があるなら簡単に裏切りそうな〝世渡り上手〟も(要するにルブローデ以上に敵に回りそうな連中も)いないわけではないが、この婚約自体が政治的な色で染まっているのなら彼女らの中から選んだって大して変わりはないはずだ!
「ルブローデ辺境伯令嬢、婚約を了承してくれるだろうか」
「はいはいはいはいはい喜んでぇぇぇええ!」
「部外者は黙って頂きたい」
黙り込んだままの私の代わりに両親が返事をするものの、あっさりと一蹴された。
この世界、親が了承すれば子供に拒否権などない場合が多いが、クリストファーは私の気持ちを重視してくれるらしい。
いい男だ。だがしかし。
私が首を縦に振ることはない! 絶対にない!! ここはお互いの幸せのためにも考え直すべきだとは思いませんか殿下!
「申し訳ございません殿下。私は父の跡を継がねばなりませんの。ご存じかとは思いますが兄は王都に行ったきりで、」
「ああ。ユリウスには兄が大・変、世話になっている」
あれ?
妙に〝大変〟を強調したように聞こえたが、もしかしてこの婚約騒動には兄も一枚噛んでいるのだろうか。
例えば、クリストファーの女性関係があまりに目に余るから、婚約者を作って落ち着かせてしまおうと兄王子たちが画策したとか。そこに兄もいたとか。
あり得る。
なんせ兄は超がつくほどのシスコンだ。
私のことを誰よりもかわいいと思っているし、口に出すし、顔がいいくせに浮いた噂が全くないのは私以外の女がジャガイモにしか見えない呪いにかかっているからだし。
呪いで濁った目に映る私は唯一無二の完璧な令嬢。
兄王子ふたりの前で兄は私を絶賛し続けたに違いないし、だとすれば私とは面識のないふたりが『ユリウスがここまで言うのなら素晴らしい令嬢なのだろう』なんて悲しい錯覚をしてしまってもおかしくない。
しかしクリストファーは私を知っている。
彼にしてみれば全く範囲外の私を推されても、と思ったことだろうし、抵抗もしたかもしれない。
でも断れなくて、やむなく此処に来て。
だからこそ穏便に済ませるつもりだったのに、偶然耳に入ってしまった兄の名に、つい、抑えていた怒りが再沸騰したに違いない。
その証拠に、穏やかに微笑んでいるのに腸が煮えくり返っているように見える。夢の中で断罪を言い渡してきた彼にとてつもなく似ている。
何をやってくれたんですかお兄様。
あなたのせいで妹は無駄に王子の憎悪を買って断罪まっしぐらじゃないですか!
帰りたい。
いや、帰ると言ったって此処が実家だけれども、ともかく悪趣味な茶番には付き合いたくない。
だが、そんな思いに限って相手には伝わらない。
「ルブローデ辺境伯令嬢は恥ずかしいようだ。少し庭を散歩してきても?」
「ええ! ええ! あんな庭で良ければいくらでも!」
腸が煮えくり返っていることを隠した怖い笑みのまま、クリストファーは立ち上がる。私の手を離すことなく(逃げ出さないように捕まえつつ)、部屋を出て行こうとする。
そんな疑似”ラブラブなふたり♡”にメイドたちがまたしても黄色い悲鳴を上げる。
両親とすれ違いざま(特に母から)、絶対に逃すんじゃないわよ! 的な目線を頂いたが、今後のことを考えると断ったほうがいいと思うのですがお母様!
娘が断罪・処刑ルートを辿った日には、その家にも降格だの爵位剥奪だの賠償金だのがもれなく付いて来るだろう。
何もお咎めなしで済むとは思えない。




